六十七日目 死ぬか、停戦か
かなりギリギリに思われた交渉だが、俺が言いたいことは全部言い切った。
後はこの人次第で決まる。
俺が死ぬか、条約が締結されるか。
「貴様、何者だ?」
「吟遊詩人の情報屋。白黒のブラックと呼ばれております」
「二つ名持ちか。何故そのような名か?」
「名前がブランで渾名がブラックですので、恐らくそれで。知らぬ間についておりました」
気づいたら白黒のブラックと呼ばれていた。まぁ、それほどまで変じゃないしいいかなと。
「そうだな……貴様が先程提示した書類のことを鵜呑みにするのなら、こちらも構わない。だが、できない理由があるのだ」
「議会制だから、でしょうか」
「それだけではない。裏切られる可能性があるからだ」
………やっぱり、そこは考えるよな。
俺からしたら信じてくれとしか言えない。双方利のある条件を提示したつもりだが、それでもやはり信じられないものは信じられない。
それは誰だって同じ。
「貴様にその信頼に値するものがないのだ」
「それは十分理解しております。しかし、私は人間国の王族にも打ち明けていないことを話しました。もうこれ以上魔王様に信頼の証を見せることは不可能です」
「王族にも打ち明けていないこと、だと?」
「はい。この世界ではない別の世界からきたという話で御座います」
信じていない顔だ。だが、俺は嘘も言ってないし隠し事もしていない。
「………では、こちらの条件も聞いてもらおうか」
「それは私では判断ができかねますが……」
「いや、貴様だけで判断ができることだ」
俺だけで判断ができること……?
「人間国側の王族を裏切り、こちらにつけと言ったら貴様はどうする」
「……決まっております」
そう言うことか。確かに俺一人判断できるな。
「私は契約を破らないと心から誓っている身。もしもそのような事態になれば今ここで命を絶つ覚悟があります」
「ほう?」
「私は自分に恥じない生き方をするとこの世界に来たとき誓いました。自分の力がどれ程のものか、わかりません。志半ばで命を落とすこともあると思います。ですからせめて悔いなくとはいかなくとも自分に、自分の未来に恥じない道を進むと決めたのですから」
もしこれで交渉が決裂したら即座に戻るか、俺が自決するしか道はない。早く死ねばあの氷の城は中の人ごと壊れ、皆俺の異常に気づく。
だからもし死ぬなら、急いで死なないといけない。
皆に危険を報せるために。
「貴様、命は捨ててきたな?」
「……元よりこの交渉が決裂した場合、私に未来はありませんので。残してきたものには悪いですが、これが私の立場なのです」
長い沈黙。その後に、
「……面をあげよ」
え、今? 確かにずっと下向いて喋ってたけどさ。
言われた通りに顔をあげると目の前に剣が突きつけられた。
「……!」
「貴様の話は信憑性がない。よってこの件は無かったことにさせてもらおう」
「……私を殺しますか」
「ああ」
「……どうぞ、ご自由になさってください。魔族領に足を踏み入れた時点で覚悟は決まっております」
眉を潜めて魔王が聞いてくる。
「連絡しなくてよいのか?」
「いえ、私が死ねば人質としてとっている者が全員死にます。それを見れば交渉が決裂したことは嫌でもあちらに伝わるでしょう」
首にピタリと冷たい感覚が突き刺さる。
研がれた刃は、俺の肌に食い込んでいく。鉄臭い、血の匂いがした。
皆……ごめん、俺これまでだ……
「……貴様、情報屋と言ったな?」
「………? はい」
「ならば情報を私に売れ」
「……それは、どういうことでしょうか」
「簡単だ。この国の政治体制を知っているだろう?」
………どうしよう、この人なに考えてるのか全然わからないんだけど。
「はい。地方魔王の中から更に選挙で中央魔王が選ばれ、議会制の政治をとると……」
「そうだ。だがやはり私を支持しないものもいる。民衆の不安を煽りたくはない。私が何を言いたいかわかるな?」
「……ですが……私は」
何を言われているかわかった。
ここには俺のネットワークが張られていない。情報を集めるのはほぼ不可能。
「では交渉決裂を選ぶか?」
「っ!」
そうだ。迷ってる暇なんて、ない。
「…………承知、致しました……」
兵の命が俺の我が儘より軽い筈がない。
その日、即座に魔王軍が撤退。中央魔王と人間国側の王族で条約が締結された。
俺は戦争を止めたことにより、また名前が広がって、その名前だけが一人歩きしている。そのせいで無駄に縁談の話が舞い込んできたりした。
……え? 全部断ったに決まってんだろうが。俺にはソウルがいるし。あとついでにエルヴィンも。
正直、魔王と話をした直後辺りから記憶が曖昧であまりハッキリとは思い出せない。
それだけ緊張していた。ただ、条約がなんとかなったという話だけは一目散に走って伝えに言ったらしいことは確かだ。
あ、それとゼインの息子のレクスが剣術と魔法を本格的に習い始めたらしい。なんでも戦争を俺が止めたことで内乱が起こりやすくなるからだそうだ。
簡単に言えば人間国同士の争いが増えると言うことだ。
勿論そうならないように俺がフォローするつもりだが。
今まで人類共通の敵認識されていた魔族が人間と手を組むような事が成ってしまったからな。
軍人を多く排出している貴族からしてみれば功績をあげるチャンスが減ったと思うかもしれん。
俺が条約の内容として持ち出した魔族大陸と人族大陸の無関税貿易はうまくいっているようで、俺が調べあげたレートをもとに互いの国の貨幣を交換、行き来することが可能になった。
今までは大陸にわたることすら危険とされていたのに、けっこうな進歩だよね。
勿論それで問題は色々起こっている。
だが、それもまぁそのうちなんとかなるのではと思っている。楽観的だと思うかもしれないが、ちゃんとした根拠はあるんだぜ?




