六十六日目 停戦交渉
今俺は、人生の転機を迎えている。まさに今そう思う。
こんな風に感じたのは小学生の時、ゲームというものに出逢った時以来だろうか。
エルヴィンが俺に運命を感じたってのもこんな感じだったのだろうか。
今この時。俺の口に、喉に、目に。沢山の兵と信じてくれたあいつらの命がのし掛かっている。
俺がしくじれば全面戦争に発展し、多くの兵士がその短い人生を散らすだろう。
理不尽な死に方をした俺だからこそそれがわかる。
電車が落ちてくるなんて誰も思わないだろ。電車に撥ね飛ばされたとき、自分が死ぬんだってことは何となく理解した。そう思えば思うほど一人でいるのが怖くなった。
辛くても苦しくても、大切な人が隣にいる。ただそれだけで和らぐものはある。
なんでこんなことになっているのだろうとか、理不尽な考えはすべて捨てる。
俺は今までゲームで戦うとき、相手を自分のフィールドに誘い込んで倒すという手法をとってきた。一方的な攻撃、それでなんとかなっていたから。
だけど論争は違う。相手からの攻撃も等しく受けなければならない。だが、戦いの本質は同じ。
要は、俺の間合いに誘い込む。自分の出せる情報をどう使うかによって勝敗は変わってくる。トランプの大富豪みたいに強いカードの枚数が決まっているわけではない。
最大が2である保証はない。
だからと言って出し渋ってはいずれ相手の手札が全てなくなり結果的に自分が負ける。
情報は出す時間によって価値が黄金よりも高くなったり空気よりも低くなったりする。それを見極めるのが俺の仕事。
如何に高い値段で相手が有益だと思える情報を売り付けるかというのが最大の鍵。その値段というのはアルク単位であったりウルク単位であったり、人によって様々だ。
………今回は、命だ。命の値段を俺が決めることになる。
「お初にお目にかかります、第82代中央魔王ドラクロワ殿。私はブラン・セドリック・エステレラ。今回の戦争においての人間国の総司令官で御座います。以後、お見知りおきを」
運命の交渉のスタートだ。
「人間国の総司令官……?」
「はっ。ですが私は軍人ではございません。ましてや貴族でもございません。今回の戦争で各国の仲を取り持ったというだけの一般人で御座います」
跪いたまま応える。武器は全てしまい、抵抗の意思がないことを一番に知らせた。
「何故、こんな場所に……」
「……私の救いようのない願いに、各国の王族の方々が手を差し伸べてくださったからで御座います」
「して、その願いとは」
「罪無き者の理不尽な死を止める。ただそれだけで御座います」
この物言いは、正直かなりギリギリだ。上から目線に近いからな。だが、止めるわけにはいかない。
皆………死んだら、ごめん。
「失礼ながら魔王様、人間国が今どんな状況にあるか、ご存知でしょうか」
「いや、知らぬな。此方は閉鎖的な環境故に」
「人間国は魔物の増加に手痛い被害を受けております。作物は根こそぎ食い尽くされ、村を破壊され、スラム街が徐々に大きくなり、それに追い討ちをかけるかのように感染症が蔓延しております。それは、魔族の国でも同じではございませんか?」
魔王が唸った。多分肯定なんだろう。
魔物が増えているのはどこの場所でも変わらない。
「うむ……我が国でも魔物が確かに増えている」
「魔物の生まれる直接的な原因はご存知でしょうか」
「マナが瘴気に侵された状態であろう」
「その通りでございます」
………ここから先は、一か八か。
幸いにもこの辺りには俺と魔王のドラクロワさんしかいない。話すなら今だ。
「私はとある世界で死に、この世界、クリスタッロ・ディ・ネーヴェの破滅の危機を脱するため送り込まれました」
信じてもらえなくて構わない。俺は嘘を話さない。
「それ故にこの世界の者とは逸脱した考えを持ち、魔物を殲滅しうるだけの力を手にいれました」
「貴様……そんな作り話をして、生きていられると思うのか」
「いいえ。ですがこれは全て真実です。これから話すことも、全て」
ここから先が本題だ。
「私がこの地に参ったのは魔族の国と停戦条約を締結させる為で御座います」
「停戦条約だと……?」
「はっ。先程も申したように私は死人を増やす戦争というものが許せないのです。和解の道もないわけではない筈です」
俺は今、安全第一何てものは一切ない。危険と書いてあるフラスコに体を半分突っ込んでいるようなものだ。
たとえ今毒に身を委ねていようが、俺はそれで構わない。
この毒に沈んでしまうかなんとか上がることが出来るかどうかはこの人に懸かっている。
「貴様、名をなんといったか」
「ブラン・セドリック・エステレラで御座います」
「エステレラ……星名の一族か」
「……! ご存知でしたか」
「あれほどの大騒動になったのだからな。知らぬ筈はなかろうて」
「それは失礼いたしました」
星の名狩りは人間国のみで行われたはずだから知らないと思っていたが……そうか。
「貴様はそれの生き残り、と考えていいのか」
「それは……よくわからないのです」
この一ヶ月でとても長い夢を見た。あれが頭に過る度、懐かしさを感じる事さえある。
だが、俺の故郷は日本で、子供の時からそれに違和感など無かった。違和感なんて持つことがない。日本以外を知らないんだから。
「私はここではない世界で何不自由なく暮らしてきました。争いのない、平和な国です」
「では何故貴様は死んだ」
「事故です。電車という馬車よりも数倍速い乗り物があるのですが、その交通事故に巻き込まれ……」
あれは痛かったな………
生きた心地がしなかった。いや、実際死んだんだけど。
「この世界に来て感じたのは、純粋に命を平気で奪えてしまう人々の恐ろしさと……人々の温かさでした」
対照的だけど、人は誰しもその二つを併せ持つ。
「私がこの世界に来て一年と少し経ちますが………この世界の人は皆戦いかたを覚えていて、子供でさえ遊びの一貫で戦いを身に付けている。私の国では考えられなかったことです」
魔王様は、黙って俺の話を聞いている。
「そして数ヵ月前、戦争というものを初めて目の当たりにして……自分が死んだときのことを思い出しました。痛みと呼吸のできない苦しみで泣いていた、あの時の私がそこにいたのです」
そして俺はその人達を……
「私はその人を、その方々を……助けられなかった。全力を尽くして魔法をかけ続けましたが消耗が激しく、もう二度と息をすることは叶わない屍になっておりました」
数人は救えた。だが、大多数は救えなかった。俺は……無力だった。
「これほどまでに自分に怒りを覚えたことはありません……私は誰よりも自分が許せなかった。救えるはずの力を持ちながら、その努力を怠ったのですから」
俺はその時、何度も魔力の枯渇と回復を繰り返していた。
無くなれば血で増やし、またなくなれば血で……
そんな無茶苦茶な回復方法で治癒魔法を使い続けた。
「無理が祟って、一ヶ月間マナが体内で暴走する病に倒れました。回復したのは本当に数日前で御座います」
首筋に残る痕を見せる。
あの病気は魔力の消費と回復がなんどもなんども行われることで発病する。
俺達は空気中のマナを吸い込んで体内で魔力に変換して魔法を使う。
だが、俺はその回数と量が半端ではなく、一部マナが変換されることなく俺の体にとどまった。
自動車にガソリンではなく原油を給油したらどうなるか。結果は火を見るより明らかだ。
俺の体ではそれが直接起こったと考えてもらえばいい。魔力量が多いから体にとどまったマナの量も多く、それで体力を限界まで消費したのが中々目を覚まさなかった原因だ。
「私はもう……あのように苦しむ人を一人でも少なくしたいのです」
俺の体験談が混ざっているから、余計に。
「だが、条約の話をそちらに持ちかけられたとしてもだ。本日攻めた筈の第一陣から一切の連絡がない。それは貴様らが皆殺しにしたということではないのか?」
「いえ。少将さんが率いていらっしゃった軍は……私が捕縛しました。あのままでは人間国が襲われそうでしたので」
「捕縛しただと……一団まるごとか」
「はい」
魔王様の目が険しくなった。
……俺、また死ぬかも。冗談じゃなく、ガチで。




