六十五日目 俺のやるべきこと
あー、こわいこわい。
「ブラック。これは一体……」
「捕縛用の氷魔術。氷のルーンを基として火で形を整え時と空間も使うことで中の時間と空間すらねじ曲げて固定する。俺の切り札ってやつだ」
「しかしそれで一回分の血を飲み干した、と」
「う……」
だってあれ相当魔力使うし……
これからは節約すればいいし。
「まぁでもゼインとラルの兵はここを何人かで見張らせればいい。俺が死なない限り多分壊れることはないと思うけど」
「わかった。一団ずつ残そう。他の兵は?」
「他国の手助けか足止めに参加してくれ。俺は魔族領に……?」
「どうした?」
なにか、聞こえる。それと、
「……生き物の臭いがする」
「お主は犬か?」
「いや、鬼だけど。そうじゃなくて……人か?」
ゴーグルを嵌めて確認してみると、さっきまで無かった筈の光点が視界の端に映っている。
「おい、ブラック⁉」
走り出した俺をゼイン達が追ってきた。
森の奥に、なにかがいる……!
ガサガサと茂みを掻き分けていくと、それはいた。いや、それという表現はおかしいだろうか。何故なら……
「子供だ………」
まだ歩くことすらできない、赤ん坊だったから。
「ブラック、突然どうした」
「そこに……」
「……捨て子か」
「だな」
状況的に見てそうだろう。だが、タイミングがどう考えてもおかしい。
「捨てた人は瞬間移動でもできるのか……?」
このタイミングでこんな戦場に子供を捨てるとかマジであり得ないんだけど。
「ブラック。一先ず戻った方がいい」
「……ああ」
抱き抱えると、黒い目でこっちをじっと見てきた。まるで観察しているように。
……いや、今考えるべきはそこじゃないな。早く戻らないと。一応俺が指示役なんだから。
テントまで戻ると全員すでに集まっていた。
「遅いぞ、総司令官殿」
「だから止めろって言ってんだろうが」
「その手に持っているものはなんだ?」
「多分捨て子。後で孤児院に預けに行こうと思ってる」
「その赤子が罠でないという保証は?」
「ない。が、もしそうだったら俺が対処してるだろう?」
皆俺の方を見てから小さくため息をついた。
「……お主の言葉は毒だな。理由もなく信じてしまう」
「毒とか言うな」
情報屋としては絶対に嘘はつかないと契約している。余計にそんな気にはなるだろうな。
「それで、これからどうする」
「魔王軍に乗り込んで中央魔王に直接交渉する」
「それを誰がやるのだ」
「………俺がやる」
全員の手が止まった。
「貴殿がか?」
「正気か」
「正気だ。ここにいる中で自由に動けるのは俺だけだし、何より情報を集めたところによると死人も出始めている。早く締結させるにはなるべく互いの事情を知っているやつの方がいい」
最初からこれは俺の仕事だと思っている。単騎で敵軍のど真ん中に突っ込んでいけるだけの頑丈さと人間だけでなく魔族側の事情を熟知していることというのは大きなアドバンテージになるはずだ。
「白黒よ。お主、つい先日まで病で死にかけていたのを忘れたか」
「今そんなことを気にしている時間はない。幸い体力は回復している。病み上がりだとかそんな言い訳は通用しない」
正直、本調子とは言い難い。でもこれは俺の仕事。
吟遊詩人としてでも情報屋としてでもない、俺の仕事。
「今こうやっている間にも死んでいるやつらがいる。俺の指揮でな」
「それは皆わかっていたこと」
「俺にはわからない。俺は軍人でも戦闘屋でもない。ただの吟遊詩人だ。歌うことしか能がない、付け焼き刃の知識と技術でなんとか持ちこたえてる一般人だ……だからこそ俺に任せてほしい。付け焼き刃がどこまで通用するかわかんねぇけど、それで助かる命があるなら俺は自分の命くらいいくらでも天秤に乗せてやる」
こいつらは王だ。
国を率いる立場の人間だ。
俺は平民。ちょっと力があるだけの足元を崩されたら立つことすらままならない弱い生き物。
だからこそ俺に任せてほしい。
俺はこの一年で色々なところを見てきた。
この弱い立場でどう生き延びるか、何となくだが理解できているはず。人の在り方も知った。人の営みも学んだ。目の前での死も見た。見てきた。
「人が死ぬのって簡単だ。生きることはもっとずっと大変だ。だからそれを見てきた俺が今やるべきことは………!」
頭を下げていて気付かなかった。
皆、俺に向かって拳をつき出していた。
「………全く。世話の焼ける小童だ」
「本当にな」
「儂らの未来をこれに託す、か。中々恐ろしい決断じゃ」
「ここで我らがお主に任せるのは命令ではない。友人であるから話に一度のってやるというだけだぞ」
「危険だと感じたら直ぐに逃げるのだぞ。貴殿が居なくなったらかなわん」
………お前ら……
「本当に馬鹿だよ、全員……!」
「「「お前には言われたくないな」」」
拳を合わせ、全員自分の首に突きつけるようにして手を開いて胸に当てる。片足を一歩引いてお辞儀をする。
貴族の敬礼のようなもので、『貴方に自分の全てを任せる』という意味がある。
王族が一介の情報屋にこれをやったとバレたら大問題になるだろう。王族はそもそも他人に命を預けてはいけない立場にあるからだ。
だが、俺を除いた全員が王族の癖に皆同じことをやりやがる。
「……俺の意地と命を懸けてこの戦争を終わらせる!」
魔王の位置はすでに判っている。準備も出来ているし全員からの許可も取った。
無謀も無茶も、そんな言葉は聞きあきた。
無理だろうが俺は必ず停戦条約を締結させてみせる。
それが、俺に全てを託してくれたこいつらや今前線で戦っている兵士たちへの希望に、未来になるのなら。
俺が戦うことに意味がある。意味を作る。
……ここから先は俺の戦いだ!




