六日目 誰でもいいから俺を殺してくれ……
ゲーム機を外していつもの場所に隠す。画面に映った俺のアバターを見た瞬間、何故か顔が一気に火で炙られたような熱を発した気がした。
「なんだよヒメノのやつ………! 滅茶苦茶恥ずかしい、ってか恥ずか死ぬだろあれ‼」
バンバンとベッドに向かって手を叩きつける。埃が舞ってるかもしれないけどそんなの今はどうでもいい。
っていうか反応が可愛すぎるんだけど………いや何考えてるんだ俺は。
俺は女。俺は女、俺は女、俺は女、女、女、女、女、おんななんだってぇええええ‼
マジで死ぬ! いっそ殺せ‼
誰でもいいから殺してくれ!
一世一代の告白を断るしかない薄情な俺を誰か殺してくれ!
「はぁ………」
なんか暴れたら一周回って落ち着いたかも。それにしてもあいつなんであんなこと言ったんだろ………?
「まるで、俺が女だってわかってるような言い方だったな………?」
いや、気のせいか。気のせいだよな? 誰か気のせいだって言ってくれ。
もし、もしだ。もしヒメノが俺を女だと分かっていたと仮定するとあの言葉は滅茶苦茶意味深だろ。
中の人がどんな人でも、多分私はあなたが好き………か。
「ミャアアアアア!」
俺ってこんな声出たんだ。勿論外には聞こえないように布団に向かって喋ってるけど。
よくあんな台詞を素面でサラッと言えるな。俺は無理だわ。……いや、ゲーム越しなら行けるかも。
それに、行くって言ってしまった。どうしよう。俺洋服壊滅的にヤバイ。ほぼ売り払ってそこから面倒だったから買い足してないし、休みの日でも学校のジャージ着てるような人だぜ?
ファッションセンスなどあるはずがない。気を抜くとTシャツにジーパンスタイルになる。
どうしよう。オフ会ってことは勿論ヒメノ以外も来るんだし、あの野次馬共も俺の話を聞いていたから、下手な格好はできない。
友達に頼んで服買いに………いや、なんでって聞かれたら上手く躱すことができる気がしない。
なんだかんだで話してしまいそうだ。
「一人………居るっちゃ居るけど」
俺のとなりの部屋にモデルなら居る。けど極力話したくねぇ………。だって姉ちゃん滅茶苦茶空気読めないし。姉ちゃんにゲームしてることバレたら父親にバレるのも時間の問題になる。
それだけは絶対に避けなければ。俺の人生が終わる。
「どうすっかなぁ………」
枕を抱きながらベッドで一人ぼうっとする。暇だなぁ。ゲームは脳への負担だとかそういう理由で一日限られた時間しかできない。
それ以外のものは全て売ったし、暇を潰せるものは何もない。精々携帯くらいだけど、俺はゲーム以外の機械には明るくないし、家はWi-Fiとんでないから下手に使ったら直ぐに料金かかって親にバレる。
本当に面倒くさい。
「あー……貯金でなんか買おうかな………」
今までの賞金は部屋の防衛の分以外、全て貯金してある。………いくらあるか覚えてないけど。
バンッとなにかが破裂したような音がなる。うとうとと寝始めていた俺は一気に覚醒した。
「な、なに⁉」
「ちょっとおねぇちゃーん? 起きてる?」
「す、鈴菜か…………」
マジでびびった。さっきの音は扉を叩いた音だったらしい。
無視を決め込もうかと思ったけどさっきのゲームの方のスズナが気になってほんの少しだけ扉を開けてみる。
「寝てたの?」
「寝かけてたんだけど、なに」
「お姉ちゃんってゲーム得意だったよね?」
「得意じゃない。以上」
直ぐに閉めた。不味い。これはバレてる感じかもしれん。独り暮らしをしなきゃゲームができないかもしれない………あ、いや。それはそれでいいかも。今度不動産屋行ってみよう。
金なら賞金の残りがたんまりあるし、自分ルールでゲームには課金しないっていう事決めてるから使いすぎてるってことも無いだろうし。
「なんで閉めるの。ちょっとー」
扉の前で叫び続けている。めっちゃ煩いな。黙らせよう。
またほんの少しだけ扉を開ける。さっきの半分くらいしか開いてないけど、目なら見える。
「もう、話聞いてよ」
「聞いたら帰ってよ」
「もう………お姉ちゃんってゲーム得意だったでしょ。教えて欲しいの」
「何言ってんの? お………うちのゲーム機ぶち壊されたの覚えてない? いつやる時間あるんだよ」
あっぶねぇ、俺って言いそうになった!
「友達に貰ったの。で、なかなか面白いんだよね、これ」
「ふーん。そんだけなら寝るから」
「ああ、違うって!」
扉を向こうから引っ張られる。俺も引っ張る、あっちも引っ張る。なんでドアで綱引きやってんだろ、俺………。
「さっき凄い人見つけちゃったんだって!」
「何が!」
「セドリックっていうそのゲームの世界チャンピオン!」
「どうでもいい!」
「聞いてよ! で、その人に勝ちたいの!」
「練習すれば勝てるんじゃないの⁉」
互いに引っ張りあってるから腹筋に力が入って叫んでるようになる。そんなことより早く扉閉めたい。俺がセドリックだよっていっそのこと言ってやりたいけどそれ言ったら詰むよな。
「そんな普通の事じゃ勝てないんだって! 世界大会って言いながらチャンピオン一回も攻撃受けてないんだよ⁉」
「知るかー‼」
いや知ってるけど。そういや俺一回も受けてないな。ナイフ刺さりかけたけどあの防具のお陰で無傷だったし。
「あの人異常なんだって! 勝てる気がしないもん!」
「それをなんでうちに言う⁉」
「だから、ゲーム教えてって!」
「やったこともないやつ教えられるか!」
「貸してあげるから!」
「結構です!」
持ってるしな。
いつまで続くんだよこの綱……もといドア引きは! その瞬間、誰かが階段を上ってくる音がした。
この軋み方は………父だ。
「っ!」
鍛えてる俺を舐めんなよ! ぐいっと一気に引っ張って扉を閉める。勝手にロックがかかった。
「あ、ちょ、お姉ちゃん‼」
「………何やってるんだ、そこで」
「あ、お、お父さん………」
「中に、あいつがいるのか?」
いつの間にかあいつ呼ばわりですよ。ま、俺もあいつって呼んでるけどな。
「おい! 一体いつまでそうしてるつもりだ! 早く出てきなさい!」
やだね。あんたにとってはゲームごとき、だけど俺にとっちゃこれが人生みたいなもんなんだよ。
もしも扉を壊されたときのためにベッドと机を扉の前に起き、鞄にゲーム機を入れて外に出る。まぁ、流石に壊してまでは来ないと思うけど念のため。
窓を閉めて屋根に上る。下ではドンドンと俺の部屋をたたく音がしている。
「俺の人生、どうしてこうなっちゃったんだろう………」
………寒いなぁ。暫くしたらドンドンが止んであいつが下に降りていく音が聞こえた。もう、大丈夫かな。
バルコニーに飛び乗ってこっそり部屋の中へ戻る。流石に壊しはしなかったようだ。キーも無事だし。
俺は元の場所に家具を戻してからゲーム機を取り出す。
パソコンに繋がっていないそれを耳に嵌めてみた。なんかこうしてるとギルドの皆と一緒にいるようで、嬉しくなった。
ああ、俺は生きてるんだなって。必要とされているんだなって、そう思えるから。
俺はいつもの場所にゲーム機を仕舞って、ベッドに倒れ込むようにして寝た。
再来週、どうすっかなぁ………とか考えながら。