五十九日目 疲れ
この世界には大きく分けて人間、獣人、魔族、魔物、吸血鬼を含めた希少族がある。
希少族とは鬼族や妖精、霊獣とかを纏めてそう呼ぶ。絶対数が滅茶苦茶少ない。吸血鬼は実質俺とエルヴィンだけだしな。
まぁ、吸血鬼の話は今はいい。問題なのはほぼ全ての種族が排他的なんだ。
要するに、他種族とは関係を持たないようにするんだ。
だから人間の町には他の種族はほぼいない。まぁ、他種族が混在している町もあるけどな。俺の拠点は大抵そういう町にある。
俺の正体バレたら危険だしな。
あ、でも国王とかそれくらいの地位の人には数人知らせている。ゼインもその一人だ。俺が信頼した人にだけ教えている。
裏切られたら? もう二度と情報を売らないだけだ。
ま、俺の情報を頼りにしてくる人にしか教えてないけどね。俺がいなくなったら困るっていう人にだけ教えてるんだ。
「ふぁ……」
書類の整理をしながら欠伸。眠い。
「血不足ですか?」
「んー、かもしれない……増血剤の副作用もあるかもしれないけど」
このコーヒーにがっ!
「あ、それ目が覚めるようにしときましたんで」
「苦すぎるわ!」
飲めんわ!
そう思った瞬間に横からミルクが入る。
「丁度一対一でお入れ致しました」
「あ、ありがとう……」
「いえ」
今カップにミルクをいれてくれたのはキリカ。家のメイドって言うか何て言うか……。
ほら、この前に人身売買で儲けてた人を自爆させて……とかそんな話したじゃない? その時に助けた人なんだけど……
その、なんていうか。
「お茶菓子はル・アメールのセルパフリッタをお持ち致しました」
「それ、今大行列になっているっていう……」
「はい。以前お話しされていたのを耳に挟みまして」
あれ、確か五時間待ちでは……?
「苦にもなりませんので、どうぞ」
「あ、ありがとう……一緒に食べる?」
「いえ。マスターの為に買って参りましたので」
………わかった?
なんか、その………信仰対象として見られているような、そんな感じがするのは気のせい?
そして助けた女の子皆こんな感じなんだけどそれも気のせいなの? ねぇ。
【キリカが教育してるからよ】
え、そうなの? っていうか俺の心読まないで………
【顔で判るわ】
………俺そんなに分かりやすいのか?
最近リリスが恐ろしい。無言で会話が可能になるというとんでもないスキルを身につけた。以心伝心っていうやつらしいけど、まさか武器がスキルを新しく身に付けられるとは思わなかったよ。
【聞こえてるわよ】
………俺なんにも考えれんやんけ。
まぁ、それは置いといて。今は書類整理に没頭しよう。
全国各地から情報網の人達が逐一情報を送ってくれる。俺はそれを全て目に通して、出来れば暗記しなければならない。
どんな情報が武器になるか分からないから覚えておいて損はない。まぁ、俺の頭が死ぬんだけど。
あ、ちなみに俺に情報を届けてくれる人を白黒ネットワークと読んでいる。ダサいけどネーミングセンスない俺からしたらわかりやすくていい。
「国境、若しくは大陸線に近い国の情報を優先して流してくれ。全部見ておきたい」
「マスター、その」
「どうした?」
「少し休まれた方がいいのではないでしょうか? 自分から休んでいるところを見たことがないと思うのですが」
「今はちょっと難しいかな。戦争が始まりそうだし、なにより早く俺が動かないと人間国家の国が動けないしね」
ちょっと目は疲れたけどまだまだいける。
心配してくれるのは有り難いけど、休んでばかりもいられない。
「家のこと全部任せて悪いね」
「いえ、そんな。もっと色々と出来ればいいのですが」
「十分だよ。俺もこっちに掛かりきりになっちゃうからさ。助かるよ」
「労いなど、要りません。私共はマスターの所有物ですので」
所有物って………。
「いや、キリカはそう言うけど皆もう奴隷じゃないよ?」
「はい。ですがこの名を戴いた時から私はマスターのものですので」
解放したはずなのに自分から一ヶ所に留まるっていうね……。
俺としては助かるんだけど、折角自由になれたんだから好きに生きればいいのに。
俺達は基本奴隷を見つけたら持ち主に解放できないか交渉するようにしている。
エルヴィンが嫌なこと思い出すからな。
ニキはエルヴィンが解放するために買った奴隷だったらしい。それを俺が使用人に選んだもんだから嫌な人キャラを演じていたエルヴィンは解放するに出来なくなっていたらしい。
エルヴィン自身20年も奴隷として働かされていたから思うこともあったんだろうな。
「アニマ村のネットワークから情報がきました」
「ああ、ありがとう」
アニマといえば直ぐ近くに魔族領がある村だな。一応人間国所属だけど他種族もいる。
……成る程。ただこれひとつだと信憑性に欠けるな。
アニマル型ゴーレム『ネズミ君1号』を村に走らせて俺の方でも直接情報収集してみるか。
【その名前ダサいわよね】
「うっせ」
ネズミ君1号だけじゃなく小鳥ちゃん2号とか亀君3号とかあるぞ。ゴーレムだってバレないように作るの大変だったんだから。
あ、各町に設置してあります。
俺の監視の目はどこでもあるのだ………ハッハッハ。
【恐ろしいわね】
別に白黒ネットワークの監視をする訳じゃないんだけどね?
「ああ、暑い……」
「上着を脱げばよろしいのでは……?」
「いや、これ寧ろ温度調節してくれるやつだから着てた方がいい筈なんだけど……おかしいなぁ? 魔力切れか……?」
流石に暑すぎるのでマフラーは腰に巻いている。しまっちゃうとセット装備が発動しなくなるからだ。
このシステム面倒だよな……。
吸血鬼になってから陽射しに弱くなった気がする。気のせいかもしれないけど。
暑いんだよね………なんかこう、紫外線当たってます、みたいな感じがする。当たってるけどさ………。
あぁ、あっつい………溶ける……日本よりは涼しいけど……。
日本アスファルトだらけで上からも下からも熱されてるもんな……まさにヒートアイランドって感じだわ。
【暑苦しいわよ】
お前はいちいち突っ込んでくるな……。
城についてからもぐだっているとゼインも、
「一族の長なのだからもう少し礼を持った方がいいと思うぞ」
とか言ってくるし。
「一族の長とか言われてもわからん。そもそも俺とソウル以外にもエステレラはいるかもしれないし」
「恐らくいないと思うぞ。星の名狩りが行われた時期からそれほど経っていないからな。それで生き延びた者がいることがまず奇跡だからな」
「奇跡って言われてもよくわかんないし……」
無駄話をしながらも互いに情報をやり取りする手だけは全く止まっていない。
「職業病ってやつなのかな、これ」
「なにがだ?」
「なんかこう……口は動いてるのに手は仕事してる、みたいな」
「……なのかもしれんな」
ゼインの手が書類を受けとるために俺に触れる。
そして何故か手を掴まれた。
「なに?」
「……暑くないのか」
「暑いよ?」
「いや、そういうことではなく……」
ゴーグルを外された。なんで持ってくの? と思ったら額を合わせられた。
いや、ヒメノ以外にはときめかんわー。ヒメノでもいけるかどうかは定かではないけど。
「お主、風邪ではないか?」
「……へ?」
風邪? え、でも暑いよ? 風邪って寒くなるもんじゃないの?
【そうなの?】
あ、時と場合によるか……そりゃいくら冷房機能のついてる服でも暑いわけだ。
え、どうすんのが正解なの?
風邪ってちゃんと治す薬ないんだっけ。こっちの世界でもないし。そもそもこれ風邪か?
なんか違う気がする……。
「休んだ方が……」
「とりあえずこれの説明してから休む……」
「いや、今すぐ休め。他国との会議もしなければならないのだから、お主が回復する時間くらいはあるだろう」
そうかもしれないけど……あれ、なんか突然暗くなった。
目元にお湯で温めたタオルが巻かれている。
キリカか……? あ、眠い………。
ではでは。また人物紹介始めまーす。
今回は吸血鬼のエルヴィンです。
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エルヴィン・メノン・エステレラ
吸血鬼の名家、メノン家の一人息子。吸血鬼とヴァンパイアはまた別の種族で、吸血鬼は鬼の一族。
十年前に家族、その他の吸血鬼が全員殺されているので実質最後の吸血鬼。
大体30歳ごろ成人し、そこから先は例外はあれど老いることなく数百年生きられる。
エルヴィンは10歳頃に人間に拐われて20年奴隷として過ごし、エトワール家という星の名の一族の一人に助けられた。
その後、星の名狩りで殺されたことを知り、彼の娘を探している。
主人公の強さに一目惚れしたが性格も好きなようで、たまにソウルとよくその話で盛り上がっている。




