五十八日目 レクス
「先ず、東側に戦力を半分ほど割く」
「それくらいで良いのか」
「過去の例からして後ろからの奇襲もないわけではない。勿論情報が入り次第伝えるつもりだが、あっちの警備が固くてな……」
小型のドローンをいくつも派遣しているが中々バレそうで近付けない。彼奴等耳が良いからな……プロペラに反応してくるんだ。
「全体的に散らす感じで良い。それとなるべく多くの人を瞬時に避難させられるように避難経路をハッキリさせた方がいい」
「地下通路を広げるか?」
「いや、それよりも増やした方がいいだろう。地下は落盤しないように周囲を基礎で固める。これは後で俺がなんとかしよう」
「助かる」
こっちは金もらってるからな。それに、犠牲者を一人でも少なくしなければ。
「上部結界の二段目の方、少し手直しした方がいい。今のままじゃ一段目を解除されたら二段目も多分すぐに解かれる」
「………解いたのか?」
「………解いた」
「「…………」」
目を逸らすしかない。だってわかっちゃったんだもん。
解除してないからいいじゃないすか。
「……その話は後にしておこう。それで、騎竜部隊は出した方がいいか」
「いや、連絡伝達を任せた方がいいかもしれないな。魔法があたったら元も子もないから。それと、内通者がどう出てくるかわからないからフェイクの文書も必要だ。やり方は俺が教えよう」
なんかサービス精神旺盛だな俺。この前の亜人戦争で目の前で人が沢山死んだからかな。
「それと―――」
「ブラックが来ているのか⁉」
扉がとてつもない勢いで開かれた。鼓膜が破れるかと……って、
「ゲッ……レクスかよ……」
「レクスだぞ!」
まだ話し合いの途中なのにレクスは俺の膝の上に乗って抱き付いてくる。あ、レクスっていうのはゼインの子供だ。現在5歳。
「ブラック」
「なんだよ」
「いつになったら余と結婚してくれるのだ」
「しない。そもそも俺には婚約者がいる」
「妾でもか」
「もっと嫌だ!」
このガキ………! 王子だからって好き勝手しすぎなんだよ!
「また前みたいにビューンってしてくれ!」
「勝手にやってろ」
後方に魔法で吹き飛ばして下がらせる。
王子の扱いが雑すぎ? もうこうでもしないと剥がれないんだよ。ゼインから許可は貰っている。そもそも俺はゼインとは雇用関係でもなく、どちらかといえば友人関係だからな。
「すまぬな」
「いや、もう慣れたよ。それより………」
「ブラック、もっともっとー!」
「ああもう煩いっ!」
こいつがいるからここに来るのが面倒になるんだよ、まったく。
「そうはいいつつ相手しやっているではないか」
「だって煩いし」
ほら、押して駄目なら引いてみろっていうじゃん?
レクスを魔法で色々と適当に相手しながら話を終えた。
「約束の11ウルクと800イルクだ。確認してくれ」
「ん。ちゃんときっかり入ってる。じゃ、また何かあったら来ることにする」
そう言って立ち去ろうとしたらレクスが服の袖を掴んで離さない。
「レクス」
「頼みがあるのだ……母上に、その……歌を」
そう言われ、ゼインの方をみる。
「奥さんそんなに悪いのか?」
「今はお主の薬で大分安定しているが………いつまたあの状態になるか」
「………」
ゼインの奥さん、まあこの国のお妃様だな。その人は俺がこの国に来たときは病で昏睡状態、回復魔法でなんとかもっていたようなものだった。
俺が知ってる病気だったから治したはいいものの、免疫が下がってしまって直ぐに病気にかかる。
これ以上の介入はあまりよくはないと思ったからなるべく奥さんのことは見に行かない方がいいと思ったんだが。じゃないと、医者に目で殺される。
「………ったく、しゃーねーな」
奥さんの部屋に引っ張られ、扉を開ける。薬の臭いが中から漂ってきた。
中にいた薬剤師が一瞬俺を睨み、外へ出ていく。
俺の薬、効き目はいいんだけどどうも胡散臭いってんで嫌われてるんだよね。だってゲームの知識やもん。
「……お久し振りです」
「その声は……ブラックさん?」
「はい。お加減はいかがですか?」
「お陰さまでもうかなり楽になりました」
「失礼しますね」
手や足を触らせて貰って、凝りがどこにあるか確認する。
「……どうだ?」
「目、それと筋肉が固まってる。耳も少し……」
ツボを押すだけでなんとなくどこが悪いか判る。背中を見せて貰って軽くマッサージする。
「ぁあんっ、ひゃ……!」
この人、声が一々エロいんだよな………
しかも終始これ。聞き流してアロマオイルの小瓶を幾つか置いておく。
「これを全部一滴ずつ、毎晩寝る前に教えた通りに渡した機械を使ってください。気休めですが効果はあります」
アロマテラピーって割りと効果がある。ちゃんとした医療機器がないこの世界は呪いなんかもれっきとした医療だ。
精神を安定させるのにも役に立つ。
……歌もな。
あまり大きな声を出すと不味いので子守唄くらいのものにしておく。体力増加のバフを無詠唱でこっそり歌に混ぜながら、昔から伝わる民謡を少しアレンジして歌った。
あまり思いっきり歌えないから歌唱力が下がっている気がする。いや、自分ではよくわからんけど。
歌い終えると奥さんが小さく笑みを浮かべて、
「ありがとうございます。とても楽になりました」
バフ効果に気付いてるな。
「効いたのなら、良かったです。また何かあればお呼びください。では」
貴族の礼をして外に出る。
……寒いなぁ。今日のご飯はなんだろう。
【綺麗ね】
「………ああ、綺麗だ」
星が一際強い光になって地上を照らしてくる。
この一年で地獄を見た。それを見てみぬふりをした。
そんな自分が耐えられなくて、でもそれでも綺麗なものもちゃんとあって。
情報屋として何よりも先に確実な情報を正確に届ける。その為に犠牲も出してしまった。
辛かった。戦火に焼かれて死ぬ子供を目の前で見殺しにした。助けられるはずだった命も、助けなかった。
冷酷に、心を殺して、見ないように蓋をして。それの何がいけないのだろう。そう思っている。そうわかっているのに。
俺自身が俺を許せない。
「我ながら面倒な性格してるよな………」
この世界は冷酷に物事を切り捨てる。それは命でさえも。だが、それを耐え抜いたものは………とても綺麗なんだ。
だから俺はこの世界に………




