五十六日目 三時間以内に
俺は馬車の御者をライトと交代し、赤い色をしたカプセル薬を水と一緒に喉の奥に流し込む。
「なっ!」
「飲んだんですか⁉」
エルヴィンとソウルが同じ反応をする。
「飲まんとやってられん。俺は避難が完了していない人の補佐に回る。お前達はなるべく沢山の人を乗せてウィルドーズへ向かえ」
「でも」
「寧ろ人数が多いと動きにくくなる。こいつをうまく使うには俺一人の方がいい」
試作品7号を叩いて見せる。立体○動装置を元にして作った俺専用の移動機器。
「頼む」
目を向けると、二人とも諦めたような目線を返してきた。
「三時間以内に帰ってこなかったら一週間腫れ顔の刑ですから」
おっそろしい刑だな。
あれはもう勘弁してほしい。多分エルヴィンを連れて帰ったときのことの再現をするつもりだ。
顔面ボッコボコにされたあれだ。
「あれは勘弁してくれ」
「じゃあ早く帰ってきてくださいよ」
「ああ」
リリスを収納して月光と包帯やら薬やらを取り出す。
「これで怪我人を。治癒魔法は危なそうな人優先でな」
「ブランも気を付けろ」
無言で頷いて外に出る。ゴーグルのマップには逃げ惑う人々の点がハッキリと表示された。
「いってくる!」
馬車の後方を蹴ってワイヤーを発射、引っ掛かったのを確認してから一気に巻き上げる。
視界の端に女性を引きずるオークが見えた。
「ふっ!」
上から飛び降りて首を切断する。オークの手が弛んで女性は地面に叩きつけられた。
「きゃっ⁉」
「大丈夫ですか⁉」
「え、ええ……」
「歩けますか」
「足はなんとか」
「じゃあウィルドーズへ向かって走ってください!」
悪いけど、このままこの人とは一緒にいられない。もっと危険な状態の人もいるんだから。
直ぐにまたワイヤーを飛ばして巻き上げる。
「血の臭いでクラクラする……」
窓から男の子と女の子が抱き合っているのが見えた。ちょっと恐いけど………よっ!
「「わあああああ⁉」」
窓ガラスを割って部屋の中へ侵入。これ普段だったら強盗にしか見えないけどな。
「大丈夫⁉」
「だ、大丈夫」
「逃げられる?」
「「………」」
今すぐにでも泣き出してしまいそうだ。でも俺がこの子達を担いでいくのは限界がある。
「君、お兄さん?」
「………うん」
「そっか。妹を守って走れる?」
「無理………」
「大丈夫だ。俺が何があっても守る。いいかい、俺は今から道を作る。そこを沢山の人に走ってもらって逃げ道を確保するんだ。そして君はそこに来た人にこの道は安全だと教えるんだ」
俺はその道を死守すればいい。
「無理だよ……!」
「できるさ。妹を、村の皆を君が守るんだ。君は走るだけでいい。周りの人にこの道は安全だと教えるだけでいい。たとえ横から狼が襲いかかってきても、魔法が飛んできても俺が全部なんとかする」
絶対無理だって顔してるな。
「俺はやるよ。これでも俺結構強いんだよ?」
「絶対に、守ってくれる?」
「ああ。約束だ。ほら、行くよ」
まだ不安そうな二人を抱えて石畳の地面に戻る。
「グルルルル!」
「ヒッ!」
「大丈夫。俺に任せて」
月光に力を込めて一気に振り抜く。
「はああああっ!」
白い軌跡が真空刃になって直線上に魔物を切り裂きながら深い道を作った。
「この溝に沿って走って!」
そういった瞬間に反射的になのかはわからないけど、男の子が妹の手を握って走り出した。
俺は直ぐに家のなかに隠れている人を無理矢理連れ出してその列に加えさせる。
意味がわからず反対方向へ逃げようとする人もいたけれどあの男の子が説明してくれているみたいだ。
「キャアアアッ!」
どこかから悲鳴が上がり、光点が消えた。
「っ!」
もう、間に合わない。
俺が、遅かったから。
【確りしなさい‼ 今生きてる子を守るのが最優先でしょ‼】
「………! わかってるよ!」
頭に響くリリスの声に叫びながら俺の作った道に群がる魔物を排除していく。
ギリギリまで接近されても俺がすべて対処しているのが全員に理解できたのか、言った通りに全員が走ってくれている。
足の悪い老人を若者が背負って、走り疲れた子供を急かしている。
「ッ!」
魔物に魔法をぶつけ、月光で切り裂く。いつの間にか俺の白い服は全身真っ赤に染まっていた。
「手出しなんかさせるかよ‼」
回転を利用しながら超低空飛行を続け、道の妨げになる魔物を片っ端から真っ二つにして行く。
後方の魔物を斬ったときだった。
「門が閉まるぞ⁉」
「嘘だろっ⁉」
「早く! 子供だけでも先へ‼」
もう、門が閉まり始めたと大騒ぎになってしまった。列が崩れ始める。
「頼む、バラバラになれば守りづらくなる! なるべく固まってくれ‼」
叫んでも俺の声じゃ届かない。
打ち漏らしが、急にスピードをあげて列に突っ込んだ。
「ッ! 『暴食』!」
鋭い衝撃が腹部を襲う。が、その瞬間に力が一気に増加した。
まるで、周りの時間が止まっているかのように感じる。そのなかで一気に加速して大型犬くらいの針鼠のような形の魔物を一気に後方に蹴り抜いた。
ミシミシと嫌な感覚が足を伝わり、それと同時に針鼠が空の彼方へ消えた。
「「「…………」」」
「はやく、いってください。俺もそろそろ限界が近い……」
恐ろしいものを見るような目でこっちを見て、それから全力で走り出した。
「それでいい………」
俺は、道を死守するだけ。それだけに集中しろ。
全身に力が漲ってくるがそれと同時に魔力が滝のように流れて消費されていくのを感じる。
喉も、カラカラだ。
門が閉まっていく。最後の一人が駆け込んだのを見て俺も中へ飛び込んだ。
「あだっ⁉」
一回転してようやく止まった頃には完全に門が閉じていた。あぶねぇ………死因;門の下敷きになるところだった………
「ブランさん!」
「ソウル………っつ、すまん、最後の最後で……暴食を使った……」
「あれは仕方ないですよ。歩けますか」
「ちょっとキツいかな……」
レイジュが座り込んでいる俺の服をくわえて自分の背にのせてくれた。けど、血で汚れちゃってるよ……
「クルルルル」
俺に負担をかけないよう、ゆっくりと揺らさないように歩き始めた。
ああ、情けねぇ……今の俺じゃ喉の渇きに耐えるのが精一杯だよ。
ソウルが浄化をかけてくれた。そして一言。
「三時間十分ですよ、ブランさん」
「ゲッ……!」
マジか………?




