五十三日目 白黒の情報屋
ーーーーーーーーーー《???サイド》
「なぁ、本当にここであってるのか?」
「その筈だ。ま、いつ来るかも判らないんだ。気楽に待て」
不安だ………。お婆を早く見つけないといけないのに………。
「じゃ、俺は行くからな」
「はぁっ⁉ 案内してくれんじゃ……!」
「案内はした。白黒が来るかどうかは運次第だ。後はただひたすら待つしかない」
「そんな………」
早く、早くしないといけないのに………!
いつ来るかもわからない相手をただボーッとして待てといってるのか⁉
「あんたは白黒と繋がってるんじゃないのかよ!」
「……どこからそんな話が出たんだ? 仕事を何度か頼んだだけだ。深い関係でもない」
「嘘だろ………じゃあせめて、せめて白黒の背格好だけでも!」
「無理だな。あいつは変装のプロだからな。男の時もあれば女の時もある。子供にも年寄りにもな。種族すら不明だ。ま、後は頑張れ」
そう言ってあいつは出ていった。
……これからどうする?
村から出るために金も使いきってしまった。帰る金すらない。
一刻も早く何とかしないといけないのに………!
「おっちゃん、リュークトルある?」
「おお、あるぞ。なんだ、久しぶりだな」
「いやぁ、ちょっと間引きが長引いちゃってね……でも金はできたよ」
「流石だな。ほれ、600アルクだ」
「えっ、また上がってるな」
「干ばつで木がやられた。知ってるだろ?」
「うーん、知ってるけどここまで酷いとは知らなかった」
………隣に突然、へんなガキが来た。
リュークトル(柑橘系の果実汁)を頼んで足を組んで座っている。背丈が微妙に届いていないせいで足が浮いている。
フードで隠れていて顔は良く見えない。
「この人は?」
「客さ」
「ふーん」
俺のことを言っているのか……? 視線を感じる。
睨んでみると、思っていたより確りとした目でにらみ返してきた。
「………お前はここに、何しに来た?」
「あー、仕事ですよ。これでも腕は悪くないって言われるんですよね」
ははは、と高い声で笑う。そんなに大きな声ではないが良く響くせいで酒場に響き渡っている。
「それで、お兄さんは?」
「……人を探しに来た。だけど、会えないかもしれないと言われてな………」
「大変ですね」
本当にそう思っているのか、いないのか。リュークトルを口に含んで出されたつまみを囓る姿はまるで俺んちの親父みたいだった。
「因みに、誰に?」
「白黒だ。名前くらいは知ってるだろう?」
「ええ。嫌でも耳に入ってくる名前ですね」
「そいつに、頼みに来たんだ。村長を見付けてくれと」
顔を少しあげたら、目の前にそいつの真っ直ぐな目が見えた。なにもかも見透かされているような気がした。
小さく笑った。すこし不気味だ。
「そうですか。じゃあ話を聞きましょうか?」
「なんでお前なんかに……」
「おい、お客さん」
店主がグラスを磨きながら呆れた目でこっちを見ていた。
「会いに来たのに、知らねーのかよ? 酒場の左端でリュークトルを飲んでるんだぞ?」
「それがなんなんだ」
「そのちっちゃいのが白黒だって言ってるんだよ」
「ちょっとおっちゃん! ちっちゃいってのは余計だろ」
すかさずそう言っている。一切否定しない。
「こんなガキが、白黒? あの?」
「あの、ってのはわからないんですけど。一応自分は白黒と呼ばれていますね」
「嘘だろ………」
すこし不機嫌そうにそう言ってきた。
………こんなガキが、あの情報屋『白黒のブラン・ブラック』なのか?
「じゃあお前が白黒のブラックなのか?」
「それあだ名なのにな……」
苦笑いをする白黒は一瞬の内に手のなかにメモ帳を取り出した。どこからかは、わからない。
「それで? どんな情報をお求めですか?」
鋭い犬歯をみせながらニッと笑ってきた。ちょっとおっかない。
「俺の村……ベセット村だ。そこの村長を探してほしい」
「行方不明ということですか?」
「ああ。5日前から帰ってこないんだ」
「出来る限りのその方の情報を教えてください」
「歳は……70くらい。薬屋をやっている。もうババアなのに足腰も強くてこの前なんかフラッと森に行って猪を仕留めて持ってきたくらいだ」
元冒険者だったらしくて魔法が滅茶苦茶上手いんだ。村一番の使い手と言われている。
「外見は?」
「見たまんまのババアで髪は薄い紫に染まっている。元は青だったらしい。それと……若い頃は土壁のリータと呼ばれていたらしい」
「ふむ………その情報でしたら………金貨12枚でどうです?」
………⁉
金貨12枚だとっ⁉
「⁉」
「高いですか? かなりお安く提示したつもりですが」
嘘だろ? そう思って店主の方に目を向けたが、店主も頷いて、
「いつもなら倍はかかるぞ? 白黒の情報はいつも高い」
「魔物狩ってるだけで生活費稼げるし、こっちは副業みたいなもんなんだよ」
「それでこの値段はたちが悪いな」
「ハハッ、それで売れるんだよ。名前だけが独り歩きしてる気もするけどな」
白黒は白いフードをとった。襟に大量のピンがついている。噂ではこのピンが身分証明のものらしいけど。
「で、どうします? おにーさん?」
「……見つけられるか?」
「確証はできません。が、契約してくださればほぼ100パーセントの確率で見つけ出しますよ?」
……しかたない。これしか見つける道がないんだ。
「頼む」
「毎度♪」
もうこれで完全に帰る方法がなくなった。暫くこの辺りで働いて金を稼ぐしかない。
金貨12枚とか俺の全財産だ。もうあと銅貨と銀貨が数枚しかない。
「それじゃあこれにサインを」
またどこからか取り出した紙をペンと一緒に俺の前に置く。だが、
「俺は字が読めない」
「お、これは失敬。じゃあ親指にインクをつけてここに押し付けてください。これは契約書です。読み上げましょうか」
スラスラと読み上げていく様は慣れているようだった。きっと俺みたいに字の読めない相手には毎回説明しているのだろう。
・どんな結果でも受け入れること
・時間がかかっても難癖をつけないこと
・可能な限り白黒の情報を漏らさないこと
・代金は依頼完了後に必ず渡すこと(内容によっては前金をいただきます)
というのが主なものだった。
白黒のいう通り、俺は契約書の端にインクをつけた自分の指を押し付けた。
「では早速。覚悟はよろしいですか?」
「か、覚悟⁉」
「ええ。私は絶対に嘘をつきません。どのような結果になっても、それは絶対に」
白黒は一冊の本を取り出してなにかを書き始めた。その直後に本が光り出す。
「⁉」
「ああ、もう情報が出てきました……きっと見つけやすかったんですね」
「それ、どういうことなんだ⁉」
「詮索は禁止です。では結果の前に代金をいただきましょう」
金貨が12枚、白黒の指のなかに入っていった。
「では結果ですが。その方は今盗賊に捕まっているようです。見たことがないのでまだ無名の盗賊団でしょう。三日後、人身売買の商人に引き渡される予定のようです。場所はインステグリアの山、ドレッドという人が盗賊団の頭だと思います」
…………?
「え?」
「そうですね、今ならまだ間に合いますよ。後5時間後にある見張りの交代に合わせて突入すれば上手い具合に助け出せるかもしれません。まぁ、今から急いだところで間に合う距離ではないですが」
インステグリアは隣国だ。どれだけ急いでも三日は掛かる。
あの婆さんが捕まるなんて………
「嘘だろ……?」
「これが結果です。で、どうします?」
「どうするって」
「追加料金をいただければこちらで処理しますが、いかがなさいますか?」
処理?
「人身売買は犯罪ですからね。私のほうでお手伝いしましょうか? そうですね、金貨50枚でどうでしょう」
「無理だ………そんな金、無いに決まってんだろう」
そもそも間に合わない。
くそ、なにもかも無駄足だったのかよ……!
「では、こういうのはどうでしょう」
「……?」
「自分の情報網に加わってくだされば無料で助け出しましょう。まぁ、必ずとは言えませんが」
………それは、白黒の手先になるってことか……?
「危険なことはさせません。噂を教えてくださればいい。少しお願いしたことを軽く手伝ってくださればいいだけです。ちゃんと給料も出しましょう。一月金貨10枚、場合によってはプラスします。拒否権も与えます。どうです?」
金貨10枚? 王宮で働くような高給だな。
「怪しいな」
「ははは。自覚しています。これくらい金にがめつくないとこんな商売やっていられませんよ。犯罪者とだって取引するんですから」
軽く笑う。どうする、頼めばなにされたかわかったもんじゃないが………。でも、ババアが助かるなら。
「……いいぜ。お前の手先になってやるよ」
「おお。決断力がある人、嫌いじゃないですよ」
クスクスと笑う様は悪魔にしかみえねぇな。
「それではお願いしますね、ロドスさん♪」
…………なんで俺の名前しってるんだよ、こいつ………。




