五十二日目 契約
早々にバレた‼
早すぎない⁉ 実行すらしてないよ⁉
「なんでそう思う?」
そう聞くと、
「勘だ」
とてつもなく素晴らしい勘ですね、はは………。
もうこれ逃げるの無理だよ。少なくとも今日は。警戒心Maxの相手にバレないように逃げ出すのって相当きつい。特にここはエルヴィンの指示だけで動かせる屋敷だ。
それがどれだけ難しいだろうか。
「そうだとしたら、どうするつもりだったんだ?」
「決まっている」
ズシリ、と肩が重くなった。殺気だ。最初にあったときと同じ。あ、俺殺されるんですね、はい。
いや、もしそうだったら今ここでエルヴィンを殺すしかなくなる。人殺しはしないと決めているけど、それしか選択肢がない。
幸いにも俺には暴食のスキルがある。エルヴィンを食い殺すことは簡単だ。暴食を発動させようと呼吸を整える。
「貴殿と共に行こう」
「…………は?」
え? ん?
ん? どういうこと? へ?
……いかん、頭が回らへん。貴殿と共に行こう? それどういう意味?
「すまん、意味がわからん」
エルヴィンが俺の羽を触った。ニキが風呂場でやるように一枚一枚撫でるように触っていく。くすぐったいんだけど………
「貴殿は不思議には思わなかったか? 私と同じ種族になったのに私と容姿がまるで違うことに」
まぁ、確かに。エルヴィンには羽もないしな。俺とエルヴィンの共通点って牙くらいだ。
「私にも以前は翼があった。黒く、それはそれは美しいと話題になったものだ」
なんか語りだしたんだけど………
「だが、私は人間に幼い頃捕まった。その時飛んで逃げられぬようにと翼を切り落とされた」
…………え?
「私は奴隷として二十年働かされた。気付けば大人になっていた」
吸血鬼は長命種だ。寿命は大体400年ほどで30歳くらいに成人し、そこから先はほぼ老いることはない。
だからその性質を狙われて老いを恐れるエルフ等に実験材料として吸血鬼狩りが行われたとここの図書室の本にあった。
「主人が不慮の事故で死に、開放されたものの故郷の名前すらも覚えておらず途方にくれていた。そこで私を救ってくれたのは偶然出会った冒険者だった」
エルヴィンの目には涙がたまっていた。濡れた紅い目が伏せられる。
「その冒険者は私を故郷まで送ってくれたのだ。……だが、次に私が彼のもとを訪れたときには彼は既に亡くなっていた。星の名狩りにあったのだ」
………! その人も俺と同じ星の名を……
「彼には娘がいた。だが、その娘はどこかに連れ去られていったと聞く。私は恩人の娘を探して各地をまわっていたのだ」
でも、星の名狩りって確か大分前の話なんじゃ………
「その娘さんって今………」
「生きてさえすれば大人になっているはずだ」
生きてさえすれば。か。
「貴殿はこれから様々な町を回るのだろう?」
「………ああ。やりたい仕事もある」
「それに私も同行してはいけないだろうか」
紅い目が俺を突き刺すように見てくる。………不思議と嫌ではない。エルヴィンの言ってた探し物って、その子のことだったんだ……。
「俺は、いいよ。けどソウルに確認しないと」
ぽろっと口から言葉が出た。同情した訳じゃない、けどここでいいと言わなければ後で後悔する気がした。
「それでいい。貴殿は彼と良く似ている。物事を成し遂げる力がある筈だ」
そんな大袈裟な力があったら俺、いまこの世界にいないと思ううよ。
……問題は俺の仲間だな。拉致って軟禁した相手をあいつらは許すだろうか。
「気になったこと、聞いていいか?」
「なんだ?」
「なんでそれを早く言わなかった?」
「私が臆病だからだ。数日軟禁されている状況で貴殿がどう動くか見せてもらいたかったのだ」
俺を試すための10日間というわけだったのか。
「なんで俺なんだ?」
「あの挨拶に平然と対応できるほどの者で、それでいて周囲からの信頼もあったからだ。それと」
「それと?」
「貴殿に、惚れてしまった」
「………はい?」
また良くわからない単語が出てきたよ?
「惚れた………俺に?」
「そうだ。1目見てピンと来た。私は貴殿と結ばれるのだと」
「ええ、ええええ……?」
それで実際に求婚してしまう辺り、説得力が半端じゃない。っていうか一目惚れって本当にあるんだ………
「それ以前にパッと見て女だってわかったのか」
「殺気が女の気配に近かったからな」
気配に女とか男とかあるのか。すげぇ。
俺も初めて知った。
「頼む。恩人の娘を探すのを、手伝ってくれないか」
膝をついて頭を下げるエルヴィン。俺はいいんだけどね……
「同行するかどうかは俺の仲間に聞いてくれ。ただ、約束する。俺はお前の恩人の娘さんを探すことを何らかの方法で手助けはする。それは、絶対に」
近くの紙に今言ったことを書き、サインをする。この話が口約束で終わらないように。
「これは契約書だ。エルヴィン。俺はお前のその目的が果たされるまで俺はお前のフォローをすると約束しよう」
俺は約束を守る。この紙は絶対の契約の証。
ちょっとやり方は強引だったけど命を救われた。エルヴィンは俺の恩人にあたる。そして恩を受けたら恩で返すのが俺の流儀。
これが俺に出来る最大の恩返し。もしソウル達がエルヴィンを受け入れなくとも、俺はその子を探す努力をしよう。
「助かる……!」
エルヴィンは目の端に涙を溜めながら契約書を握りしめた。エルヴィンは少しずつ話してくれた。どれだけ星の名の冒険者に助けられたかを。守ってもらったのに、守ってあげられなかった後悔を。
もし、ソウルが俺の知らぬ間に殺されていたりしたら。そう考えると恐ろしくて仕方がない。
エルヴィンはその恐怖に耐えて今、その恩人である人と同じ星の名を持つ俺に救いを求めた。
これで答えてやらなきゃ俺は人間失格だ。
きっと俺はその子を見つけてみせる。何年かかっても、エルヴィンがその子を一目みるくらいの事ができるように、俺がその道を作ってやる。
これは俺の自己満足で、我が儘だ。
だからこそ成し遂げたい。
エルヴィンの願いを叶えて見せる。
俺が死ぬか、その子が見つかるまで、俺は探す努力を怠ることなんてしない。
それに、これは俺の為でもある。俺のやりたい仕事は、まさにこれだからだ。
トレントの群れや前線の話もそうだけど、国の情報が国内に知れ渡るのが遅すぎると思う。ラジオもテレビもないから当たり前かもしれないけど。
この世界じゃ情報を集める手段って噂しかない。噂なんて信憑性に欠けるし、そもそも悪い噂ほど広まりやすいからその話題の中心にいる人は悪く言われがちだ。
だから、俺は………
「エルヴィン」
「………?」
「俺、情報屋になる」
確実な情報を集めて売る、そんな仕事を。
学校が……学校が始まってしまう……
春休みが三ヶ月くらいあればいいのに……




