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吟遊詩人だけど情報屋始めました  作者: 龍木 光
異世界探索記録 二冊目
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五十日目 都合のいい人

 ここにいる間は下手にスキルを他人に見せない方がいいだろうから節制は解除しておく。


 正直ずっと発動していたいところだがまだ時期が早い。


 その時が来るまで待っていた方がいいだろう。


 今の俺はどちらにせよ動くことができないのだから。








「これで、良かった?」

「ああ。有り難う。悪いな、手伝ってもらって」

「ううん。いいの」


 ドサドサと積み上がっていく本をパラパラと捲って眉を潜めている。


「わかんない」

「読み書きは?」

「出来るけど、これは読めない」


 そっか。……まぁ、これこの世界の言葉とはいえ妙に言い回しが堅苦しくて読みづらいよな。感覚としては古文読んでいるみたいだ。


「なんでこんなの読むの?」

「どうせ今動けないからさ。覚えられることは覚えておいた方が便利だし、俺の探している魔法も見つかるかもしれないし」

「ふぅん」


 大分回復してきたとはいえ歩けるほどではない。エルヴィンから言い渡された規則は『逃げない』『連絡をとらない』『魔法を使わない』の三つだ。


 後は結構自由だ。けど体が動かないから精々本読むくらいしかやることがない。


 唯一俺が気を許せる時間はニキと過ごしているときだけ。ニキは労働奴隷としてここに連れてこられたんだけど、俺が話し相手に欲しいと言ったら命令権まで俺に渡された。


 ニキと一緒に逃げるかもとは思わないのかな。


 因みに、ここはエルヴィンだけが住んでいるけど実際はここを借りているだけらしい。一ヶ月でここを出るらしいからそれまでに逃げ出さないといけない。


 一ヶ月を過ぎたら俺は確実に、そしてニキも恐らく連れていかれるだろう。


 それだけはなんとしてでも避けなければならない。どこに行くかわからない以上、あまり悠長にしていられない。


 驚いたのはこの家……っていうか屋敷の図書室がとてつもなかった。


 この世界では本は貴重品だから相当な金がかかっている筈だ。流石は貴族と言うべきだろう。


 あ、ちなみにここはメノン家の家じゃないのにエルヴィンがここを使ってるのは、この家の元の主人がエルヴィンの家の分家にあたるらしく探し物をしている今だけ借りているらしい。


「これも違うか………」


 そのでかい図書館で俺は日本に帰るための魔法を探していた。少なくともこれだけの本があるならその手がかりくらいは、と思ったんだが。


 これがまた中々見付からない。


 自分の足で本を取りに行けないのもまた面倒なところだ。歩けない俺には車椅子を動かすしかない。あ、車椅子がこの世界にあったのはちょっと驚きだった。木製だけど。


 何処かに行きたいときはニキに手伝ってもらわないといけない。地球にあった車椅子は自分でタイヤを動かして進めるけど、ここのやつはそんなこと出来ない。そもそも俺が逃げ出せないようになってるのにそんな状況を作るほどバカなやつはいないだろう。


 でもここにある書物のお陰で色々知れたのは確かだ。


 この世界はクリスタッロ・ディ・ネーヴェという名前で、空気中にはマナと呼ばれるものが漂っている。魔素とかいてある本もあったからどっちでもいいみたいだけど。


 で、このクリスタッロ・ディ・ネーヴェっていう名前、俺たちのやっていたあのゲームのタイトル名だ。何となく予想はしていたけどな。意味はイタリア語で雪の結晶だ。


 で、マナっていうものを体に空気と一緒に取り込むとそれは魔力(MP)に変換される。それを俺達は魔法とかとして使い放出、それがまたマナに還って、と循環するシステムのようだ。


 このマナが無ければこの世界の生き物は生きられないらしい。酸素と同じくらいに大切なんだそうだ。俺とソウルはどうかはわからんけど。


 マナには種類があって場所により異なる。


 例えば砂漠には土のマナと風のマナが多いが、水のマナは極端に少ない、みたいな感じだ。


 これを理解できていればMPの消費を抑えられるようになる。


 MPを使えば使うほど今の俺は吸血衝動が強くなるようだから、これを意識しておかないといけない。


 血の補給目安は喉の乾きのようだ。勿論動けば動くほど喉は乾くしなにもしなくても喉は乾く。その代わりなのかなんなのかは知らないが食事の量が極端に少なくなった。


 胃が小さくなった気がする。エルヴィンは食べ物でも栄養がとれないことはないと言っていた。ただ、恐ろしく効率が悪い上にそう体が作られてないから血を飲んだ方がいいと言っていた。


 ここ何日かはなんとか吸血中も意識を保ってはいるが、血の臭いを嗅ぐと我慢できなくなるせいか体の自由はほぼない。


 正直、逃げ出そうとしたところで血を見せつけられたらそっちに反応してしまう自信がある。もしそうなったときは節制のスキルも効力がなくなるかもしれない。


 節制なしで我慢できるくらいにならないと………


「――ん? ブラン?」

「え?」

「どうしたの?」

「あ、いや、なんでもない……これ、しまってきてくれるか」

「わかった」


 分厚い表紙の本を数冊抱えて持っていくニキ。あの子結構力あるんだよな……


 それと、前から気になっていたんだけど、リコッタさん含めここで働いている人たちはほぼ全員ヴァンパイアだった。だからニキが俺と初めてあったとき、人間・・って言っていたんだ。


 屋敷内で人間なのはニキともう一人使用人がいるだけらしい。………俺はもう人間じゃないしな。


 吸血鬼とヴァンパイア。この二種族は混同されやすいけどそもそも亜人種の鬼族とアンデッドの上位種は全くの別物だ。


 鬼族は獣人種と同じような扱いだがヴァンパイアはほぼ魔物と同一視されている。だから迫害は勿論、討伐されることも珍しくはない。


 ニキはそれのせいで屋敷内で孤立している。だから俺は自分の世話役をニキに指定した。俺の近くに居るときは苛められることもないだろう。


 ソウル………今何してるのかな。









 軽い衝撃と共にベッドに倒れこんだ。


「もう一回」

「くっ……!」


 俺は最近日課になっているリハビリを開始した。勿論ニキも一緒だ。


 ベッドの上にニキに立ってもらい、ニキの手を借りながら歩く練習をする。ただ、それだけ。


 だが全身が弱っている俺にはかなりきつい。足はガクガクと震えるし直ぐに息が切れる。けどこれのお陰で数歩は自分の足で歩けるようになってきた。


「どわっ⁉」


 まぁ、転ぶ確率の方が圧倒的に高いけど………。


「でも、いま四歩歩いた。もう一回頑張ろう」


 ニキに励まされながら、今日は七歩歩くことに成功した。三日前では上体を起こすのすら苦戦していたことを考えれば凄い進歩だ。


 それが終わると夕食。この世界ではエネルギー消費の激しい冒険者以外は基本朝と夕方の二食のみしか食べない。


 胃が縮んだ今なら問題ないけどこの前までは無理だな。腹へって仕方無いだろうし。


 ニキの夕食も俺と一緒だ。俺は自分のものの質を落としてもいいからニキと同じものにしてくれとエルヴィンに頼んだ。だからニキの食事もとても豪勢なものになっている。


「いただきます」

「神の恵みに感謝を」


 ニキの食事の前のお祈りは滅茶苦茶長い。


 神に与えられしなんとかかんとかがどうたらこうたらで~って言うのが数分続く。よく覚えてるよなって最初は思ってたけど食事毎に言われるもんだから俺も覚えちゃったよ。


 どうやらコミナリア教という宗教の信者らしく、朝と昼と夜に一回ずつ太陽に向かって五体投地をしている。最初見たときは焦ったよ。死んでるかと思うくらいに動かないんだから。


 コミナリアという名前の女神がこの世に光をもたらしてくれる、みたいな話らしい。ニキに一回説明されたんだけど寧ろ長すぎて忘れた。


 ニキの長い長い食事前の感謝の言葉を聞き、豪華な夕食を摂る。俺の量は相当少ないけどね。


 その後で皿を下げにリコッタさんが入ってきて、そこから風呂の時間だ。勿論俺は風呂さえも自分で入ることが出来ないのでニキに手伝ってもらう。


 なんかこの時間が一番申し訳なく感じる。トイレは最近頑張って行けるようになったんだけどな。それより前は移動だけ手伝ってもらって用を足した後だけ魔法を使うことが許された。


 ニキは毎回風呂に浸かっているときに俺の羽を一枚一枚なぜか数えてくる。これが好きらしい。よくわからなんだ。


 一枚一枚が割りとデカイからな、俺の羽。


 羽ペンに使ったら綺麗な字が書けそうだね、って言われたときはちょっとゾッとした。なんかこう……ぷつっと持ってかれそうな気がした。抜かれるの割りと痛いからね? 血も出るし。


 風呂から出て部屋でストレッチをする。これはニキが教えてくれた。故郷で古くから伝わる体操で、魔力の通りを良くし、凝りを解す効果があるんだとか。


 それをやっていると、大抵その時間にエルヴィンが来る。


 ニキは俺の部屋の横にある小部屋に行く。俺がそう頼んだ。こんな姿見せられないしな。


 エルヴィンは入ってきて直ぐに上の服を脱ぎ、俺の首筋に噛み付く。俺は吸われてる分以上の血を吸ってやろうと食らい付くがどうも血の吸い方が下手なのかどうしても先にこっちが貧血になって倒れて寝てしまう。


 で、なぜかは知らないがエルヴィンも俺のベッドで寝るから朝までなぜか一緒だ。本当に何でかは知らない。


 俺はエルヴィンという一個人としては嫌いではない。寧ろ好感を持てるタイプだ。でも初対面であれだったし今のこの状況を恨んでいない訳でもない。


 エルヴィンは仕事もできるし結構優しい。俺のリハビリに付き合ってくれたりすることもあるし帰りたいという頼み事以外なら大抵は聞いてくれる。


 傲慢不遜にみえたのは外面だけで内側はかなり女々しいというか、ソウルにどこか似ているところがあると思う。


 少なくとも性格は俺かソウルかでいったらソウルに近い。


 目を開けるとエルヴィンがこちらを向いて規則正しい寝息をたてている。ソウルに負けず劣らずのイケメンだ。なんで俺はこういうやつらに好かれるんだろうか。


 ソウルもエルヴィンも変態なんだろうな。多分。


 こいつはきっといいやつだ。けどそれじゃあ俺は好きにはなれない。いいやつ、っていうのは自分にとって都合のいいやつって意味ともとれるから、エルヴィンはきっとそっちなんだろう。


 俺もエルヴィンも、都合のいいやつとしか思っていないんじゃないだろうか。


 でも、やっぱり俺はこいつのこと嫌いじゃないみたいだ。本気で逃げたいって、そう思わないから。


 ……ソウルさえここにいればここにいてもいいかな、って思ってしまうくらいには。

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