五日目 ワールドマッチ(後編)
嘘だろ。
手が震える。鈴菜は、この人は、俺の全てを持っていく気か………!
「ちょっとタイム! 連戦続きだから少しだけ!」
客席の方から声が上がった。見ると、俺のギルメン……変人のルートベルクだ。
『トイレですかな? それも勿論大丈夫です! 白熱した試合に忘れておりました! 十分間の休憩を取ります!』
そういや毎年一回入るトイレ休憩今年はなかったな。忘れてた。
俺も………少し休憩したい。スズナは俺の方を見てキョトンとしている。これは気づいてないな。キャラメイクを本物とはかけ離れたものにしておいて良かった。
「ちょっとギルマス!」
ステージにヒメノが上がってきている。大丈夫なのか、これ。運営に止められない?
と思ったけど司会者も普通にお茶飲んでるしいいのか?
「こっち来なさいよ」
「え、ちょ、何?」
「あの人知り合いなの? どう見ても顔色悪いわよ」
「マジで?」
鏡で確認してみると確かに顔色はよろしくない。こういうところまで再現しなくてもいいんすよぉ、運営さん………。
「もしかして、リアルの方?」
「違うけど」
「当りね。家族ってとこ?」
「いや、違うって」
「あんた嘘へただもん。5年も一緒にいればわかるわよ」
俺は嘘が下手らしい。今まで隠したことが全てバレるくらいには。
「いや、本当に違うかも知れないんだよ。名前も顔も一緒だけどたまたまキャラメイクがそんな感じなのかもしれないし」
「そこまで一致するってそうそうないと思うけど?」
「ウッ………」
このゲームは自分の本当の姿から徐々にアレンジしていくようなキャラメイクの仕方をする。勿論滅茶苦茶に弄れば俺みたいに性別までも変えられる。
けど、たまにいるんだよね。元の姿のまんまプレイする人。
『そろそろ休憩終了しまーす』
そう司会者から声がかかった。みんなのお陰でリフレッシュできた。手の震えも止まっているし、これだったらスズナ……ゲーム歴の短いド素人くらい殺ってやる。
「ヒメノ、ありがとう。頭冷やせた」
「そう」
ぐいっと体が持ってかれて、気づいたら唇と唇が触れ合っていた。
……………え?
意味がわからない。え? え? ん?
数秒、そのまま俺は固まって動けなかった。完全に受けいれ体勢になってたって後で気づいた。
ヒメノは俺にキスしたのだ。公衆の面前で! 中身女のネナベと!
「…………お、おま」
「好きよ、ギルマス。頑張ってね」
…………………頑張れるかぁぁぁアアアア!
意味わかんないよ! ここバーチャル! オーケィ?
俺のファーストキスが女だなんて……いやまぁ別にヒメノならいいんだけど、あいつ俺の中身見知ったらきっと……
『えー、よろしいでしょうか』
「え、あ、はい! その前に武器だけ」
あー、もう知らん‼ 知らんぞ!
こうなったら滅茶苦茶に暴れまくってやらぁ!
顔が真っ赤になっているのが解る。そんでもってヒメノも真っ赤だ。恥ずかしいならやらなきゃいいのに。ああ、もう‼
俺の持ってる武器の中で一番火力が高い、俺の知るなかで最強の武器。――――魔神の魔石を嵌めた、最高性能の武器を!
世界初公開、仲間にも見せたことのない俺のとっておきの武器、その銘を『魔神』
俺が取り出したそれを見て会場がざわつく。俺のそれはトンファーと呼ばれる打撲武器だからだ。
俺は今まで大会では刃物しか扱ってこなかった。何故かというと、一撃で相手を倒せる可能性が一番高い武器だし周囲への被害も少ないから。
俺が一番得意なのは…………殴り合いだ。
『レディ、ファイト‼』
真っ白で陶器のように滑らかな表面のトンファーから喜ぶようなそんな感覚が伝わってくる。こいつは俺が今までで一度目で勝つことができなかった唯一の相手。
死に戻ったの初めてだったから滅茶苦茶驚いたよ。昔の癖でこまめにセーブしてあったから最初の町に戻るとかにはならなくて済んだけど。
「行くぜ、リリス!」
唯一のライバルから出た喜びにも殺気にも似た感情の波が直接空気を伝って振動する。
地面を蹴り、体勢を這うような低さまで一気に下げてスライディングし懐に入り込んで一撃を喰らわせる。
反応しきれていないスズナを嘲笑うようにそれは一気に加速し大爆発を起こした。
「わっ⁉」
俺まで弾き飛ばされた。気づいたらHPが半分無くなっている。リリス。自重してくれ。
やってしまった感が凄い。だってステージ半壊してるもん。俺のせいじゃない。俺じゃないぞ! リリスが張り切りすぎたのがいけないんだ!
【あら、貴方の心に答えただけよ?】
「それが過剰すぎるんだよお前は………」
悪びれもなくそう言うリリス。ごめんなさい運営スタッフ達。頑張って修復してくれ。
『ちゃ、チャンピオンの勝利だぁー‼』
おい。司会がビビってどうする。
「リリス。収納庫に入ってくれ」
【もう少しいいじゃない】
「持ってるだけでHPとMP減るのは勘弁してくれ」
【はいはい。じゃあまた、ね】
全く………強すぎるのがたまに傷だな。
俺はゴーグルを外して最後のブローチを頭上に掲げる。さっきのあり得ない攻撃で静かになっていた観客が、一気に爆発したような歓声をあげた。
…………リリスのこととヒメノのこと、どうしよう。リリスは隠し通すとして問題はヒメノだ。俺の中の人女なんだけどその辺本当にどうしよう。
賞金だったりをもらってる最中もずっとそればっかり考え続けていた。
「ギルマス! あれ最後どうやったんだよ⁉」
「いやー、なんかやったらできちゃったって言うか? その、うん。内緒」
リリスの事は話せない。それがあいつと俺の約束だしな。
今日は宴会なのでいつもより高い蜂蜜酒……ミードを飲んでいる。俺未成年だからゲーム内でしか飲めないんだよね。
「そういやいつも酒飲んでるけどギルマスって飲兵衛なのか?」
「ちゃんと理由があるんだよ。酒飲んでからクエスト行くと経験値上がりやすいんだ」
「初耳なんだけど」
「ま、一人でプレイした時のみだけどね」
それに気づいてからから俺は毎回酒場で酒を飲むようにしている。この酒場そのものを買い取っちゃったんだからもとはとらねぇと。
昔はパーティも組まずにずっとソロでやってたからな。あの頃が懐かしい。
「ステータスに酔いのマークついたら頃合いだ。いい感じに酔ってると状態異常のボーナスが入りやすいんだよ」
「恐ろしいやり方だな、それ………下手したら直ぐに死ぬじゃん」
「まぁね。だから勝てる自信のあるところへ行くのがお勧め」
ちびちびとミードを飲みながら適当にギルメンの相手をしていると、案の定あの話が出てきた。
「ギルマスー、ヒメノさんと付き合ってるんすか?」
「ブッ―――付き合ってねぇよ!」
「酒かけるのやめて欲しいっす………」
「俺だって好きで吹いたわけじゃねぇよ!」
あのステージ上のやり取りが物凄いことに発展していきそうな気がするのは俺だけなのか?
いや、無問題、無問題だ! 俺は女、ヒメノも女。女同士のキスなどあれだ! 愛情表現だとかそう言うんじゃなくて、こう………その………挨拶! そう! 挨拶さ!
「今までにないほどテンパってますね、ギルマス」
「うっせぇ! 俺だって混乱してんの! 煽るな!」
「へぇー? 意外とと女々しいとこあるんですねぇ?」
「止めろ! 寄るな!」
そもそも俺は女だ! レズじゃねぇ! 残念ながら異性愛者だ! いや、男好きになったことないから知らねぇけど………。
「っていうかギルマスとヒメノさんってリアルであったことあるんすか?」
「いや、多分ない。そもそも俺オフ会にも顔出さねぇし」
「なぜに?」
「なんでもいいだろ」
ギルドのオフ会にギルマス出ないのはおかしいと自分でも思ったりするけど、俺は行けない。だってこんな格好してるのに、中身女子高生ってなんか引かれそうだし。
それ以前に家を抜け出せないかもしれないし。父さんが家に帰ってきてるから最近飯食ってないしな……腹へった。
「そういやヒメノさんもオフ会来ないっすよね」
「そうなのか?」
「見たことないよねー」
ヒメノはちゃんと参加してそうだけどな。っていうか最古参二人いないってオフ会大丈夫なのだろうか。
ヒメノが仕切ってるイメージがあった………っていうかそれ以外に仕切れるやついるか?
「ぎ、ギルマス」
ふ、不意打ちでヒメノが………この場合俺どうするのが正解?
「ちょっと、来てくれる?」
「あ、ああ………」
二階に上がっていくヒメノと俺の大分後ろで野次馬がぞろぞろ群れ作ってるんだけど聞かれてもいい話なのかこれ。
「ギルマス。ワールドマッチの防衛お疲れ様」
「あ、ああ。サンキュ」
「「…………」」
話題………なんか話題を…………間が持たん。
あのキスはどういう意味? ………って聞けるかこのヤロー‼ 俺はなんだ、自意識過剰系女子なのか⁉
えっと、なんか話すこと……話すこと……
「あのキスなんだけど………」
え、今それ話しちゃう?
「ちゃんと顔を見て話したいの」
「今、顔見てるだろ?」
「ゲーム越しじゃなくて、現実で」
……………それは、あれか。今度のオフ会に出ろってことか。
「再来週の、か」
「ええ。勿論、嫌だったら、いいの。全然」
「…………」
どうしよう。スズナの件はヒメノ以外には話していない。俺の家庭環境はどこかで話さなきゃいけないとは思ってたけど、まさかリアルへのお誘いが来るとは思ってなかった。
「………ヒメノの」
「?」
「大切なものって何?」
風が辺りに吹き、火照った頬を冷ましてくれる。後ろで積み重なるようにしてこっち見てる品のないギャラリー共がいなきゃロマンチックなんだろうな。
俺の持っているグラスの氷が二つに割れて琥珀色の酒のなかを浮き沈みする。
………ずっとこのままだと思っていた。
顔も名前も性別すら知らないこの生温い夜風みたいな関係がずっと続くと思ってた。けど、俺も後数年で大人だ。こんな関係その内自然消滅する。
それぐらい判る。こんな女々しく考えられるのは今だけなんだって。
所詮ここはゲームのなかで、現実じゃない。これが現実だったらどれ程楽しいだろうか。
毎日みんなで集まって、馬鹿みたいに騒いで。俺の事を尊敬してくれる人だって居る。そんな世界が現実であればいいのに。
俺は氷の欠片を口に含んで噛み砕く。ここは現実ではないし現在の科学技術でも人間の舌が感じる味を完全に再現するのは無理だ。
未来ではどうなっているのかわからないけど。
それでも口のなかで砕け散って徐々に溶けていく氷はほんの少し蜂蜜の味がした気がした。ほんの少し甘くて、口の中に残る香り。
「ギルマス」
「………ん?」
「私が一番大事なものはギルマスの隣」
…………そっか。俺のことを知らないからそう言えるんだろうな。
「ギルマスの中の人がどんな人でも、多分私はあなたが好き」
「どんな人でも?」
「ええ」
俺もヒメノのことは好きだ。けど、その好きって多分俺とヒメノではベクトルが違う。もしヒメノがネカマだったら付き合ってもいいかもね………なんて。
結局は全部俺の妄想に過ぎない。この世界だって偽りで俺のこの姿だって偽りだ。詐欺だ、詐欺。
でも、この話だけは嘘にしたくない、かな。
「………わかった。俺、今度のオフ会行くよ」
「本当に?」
「ただ、俺の中身見てビビるなよ。滅茶苦茶これとは違うから」
ヒメノには悪いけど、本当のことを明かしておいた方がいいだろう。こういうのは長引かせるのは駄目だってよく言うし。
後ろの方で野次馬共がギャーギャー言ってるけど知ったことか。俺の中身見て引くがいい。
カラン、と氷と氷がぶつかって涼やかな音色が響いた。