四十九日目 ニキ
「あ、ここじゃない………」
「女の子……?」
毛布から顔をだした瞬間に目に入ったのは小さな女の子だった。扉に手をかけたまま固まっている。
俺と目が合い、一瞬目を逸らしたがまた俺をまっすぐ見て、
「あの、ここはどこですか………?」
「えっと………」
それは俺が聞きたい。
「ごめん。俺もわからないんだ」
「そう、ですか。ごめんなさい」
「いや、いいんだけど………君、ここに住んでるの?」
「違い、ます。今日、ここに、買われて……」
首輪を見せながらそう言った。
………奴隷か。話には聞いていたが、本当に黙認されているとはな………。
「俺もそうなんだ。今日ここにつれてこられて、なにも知らない」
「奴隷、じゃないですよね? ここ、綺麗だし……」
「多分ね。……君、年は?」
「8さい」
「そっか。俺は17歳なんだ。宜しくな」
「よろしく、お願いします」
名前よりも先に年齢を聞いた。こんな小さい子でも怯えながらも話しかけてくれている。……俺が投げ出してどうするんだ。
「あの、ここにいていいですか? 道が、わからなくなっちゃって……」
「いいよ。その内誰か来るだろうから」
その子は床に座った。椅子があるのに、だ。座ったら? って聞こうかと思ったけどこの世界では奴隷が椅子に座ることがあり得ないとされている。
俺が買ったのなら兎も角買ったのは他人だ。俺が決めていいことではない。こっそり絨毯には浄化をかけておいたから綺麗な筈だ。
「君、名前は?」
「ニキ」
「ニキか。俺はブラン」
「ブラン、さん」
「さんなんて要らないよ。俺はここの家の人じゃないからね」
「そう、なんですか」
妙に辿々しく話す子だな……あ、敬語が苦手なのか。
「別に俺には敬語使わなくていいよ。無理して話されるのも苦手だからさ」
「本当、ですか?」
「ああ」
「わかった」
やっぱり子供には笑顔が一番似合う。俺? 家ではほぼ笑った覚えがないな………学校ではあるんだが。
っていうか親がいたら基本真顔だった気がする。
「どうしたの?」
「いや、やっぱり笑顔が一番だなって思っただけだよ」
そう言うと、スッと体が軽くなったような気がした。
俺は自分が思っていた以上に緊張していたようだ。現実逃避はあまりいいことではないけど、たまには目を背けるのも必要なのかもな………
「遅くなって申し訳ありません………? 人間の子供?」
リコッタさん(メイド)が扉を突然開けた。……心臓に悪い。せめてノックしてくれ。
この子のことをなんとかしてもらおうとリコッタさんの顔を見ると、異様なまでに驚いていた。……いや、なにか感情を押し殺している、のか?
「これは、どういうことです?」
「………道がわからなくなったそうです」
俺が説明するとリコッタさんはニキをまじまじと見てすぐに興味のない目に戻った。
「そうですか。ではそこで待っていなさい。私がつれていくので」
「は、はい………」
ニキの表情が見てわかるほどに強張った。
「こちらでよろしかったでしょうか」
いつもの服を渡された。さっきエルヴィンが言っていたみたいに洗濯してあるみたいだ。俺が頷くとリコッタさんはニキの手をつかんで立ち上がらせ、俺の前に皿の置かれたカートを置いて部屋を出ていった。
「こちらを冷めないうちにお召し上がりください。では、逃げられませんよう」
「………全身怠くてそんな気にもなりませんよ」
「そうですか。では」
俺の皮肉にも眉ひとつ動かさずにリコッタさんは去っていった。ニキの手を掴んだまま。
扉が閉まり、鍵がかけられた。ガチリと響く硬質な音は俺がこの部屋から出られないことを物語っているようだった。
この服は形状を変える機能があるから羽根があっても着ることができた。こうしないとキャラメイクで獣人種にした人が着ることができないからだ。
怠い腕を動かしながら服を着る。それだけで相当な時間がかかった。料理は半分冷めていた。そして何も食べていない筈なのに食欲がなかった。
けど、食べないと口の中に食べ物直接ぶちこまれそうなので食べ始める。
でもスープを掬って飲むことは出来たけどフォークで肉を刺すことが出来なかった。
「っ、うっ……!」
ここまで弱っていたなんて思いもしなかった。スプーンを持つ手すら震えて中々食事が進まない。
毒やらなんやらを少し心配したが鑑定してみてもその辺りは問題無さそうだった。
……そういえば、俺って毒で殺されそうになってたんだっけ。体を調べてみるが、もうすでに毒は見つからなかった。何を使われたかもわからないが、恐らく食事に混ぜられていたんだろう。
「……そんなわけない、よな」
ほんの少し、心当たりがないわけじゃない。けどその可能性は考えたくなくて頭の隅に追いやった。
どの料理も日本にいたときと合わせても食べたことのないような高級そうなものばかりだったが、何も入っていない筈の胃が空腹を訴えることはない。
そしてそれがわかっているかのように料理はいつも俺が食べている量の10分の1くらいしかなかった。それでも限界まで食った気がする。
「御馳走様でした………」
置いてあった水を飲む。が、喉に通っていっている気がしない。やっぱりだ。この乾きを何とかするためには血でなければならないんだろう。
自分で自分を吸血鬼だと認めたような気がして、ちょっと嫌だった。
「そうだ……スキルの確認しないと……」
確認する前にニキが入ってきたんだよな。
スキル欄の一番下には暴食と節制がちゃんと追加されていた。
節制のスキルをタップして詳細を見る。
=====節制=====
あらゆる物の消費を少なくする。これを使用しているときは全てのステータスが10分の1に減少し、魔法の威力が半減するがその間はほぼ不眠不休で動くことができ、また食事や水分補給などのエネルギー摂取も極限まで抑えることが可能となる。また、発動中は五感が鋭くなる。
============
……成る程。これを使えば吸血衝動も抑えられるかもしれんな。
勘だったがこれを選んで正解だったかも。
もうひとつ、暴食の方は?
=====暴食=====
体の何処かに穴を出現させ、いかなるものも吸い込むことができる。これを使用しているときは全てのステータスが三倍になり、その間消費も三倍になる。吸い込むものに限度はなく、ためておくことも可能であるが中の時間が止まっているわけではないので生き物を入れ、それが暴れた場合は使用者に直接ダメージがいく。また、穴の中に入れたものを消化した場合、使用者に還元される。
============
これ、俗に言うチートじゃないか?
吸い込むものに限度はないってことは魔法とかそういうのも食ってしまえば全部無効に出来るってこと?
使用時間も回数も指定がないということはいつでも好きなときに使えるのか。特に節制は有り難い。
普段節制を発動し、戦うときだけ解除、もしその状態でもキツそうな相手だったら暴食を使えばいい。
これ、ちょっと凄い。
デメリットは小さくはないが、その対価としては充分過ぎるほどに凄い。
語彙力が無さすぎだな、俺。
とりあえず試しに節制を発動してみる。
「っづぅ⁉」
巨大な注射針が刺さったような痛みが腹部に走った。だがそれも一瞬ですぐに痛みは引き、代わりにあらゆるものがハッキリと知覚できるようになった。
風の音、食べ終わった皿に残るパンの香り、呼吸で生じる小さな空気の流れ。それらが一瞬で理解できるようになった。
背中を見てみると、翼が消えていた。舌で確認してみるとあれだけ鋭いと思っていた牙もただの歯に戻っていた。
解除してみる。急に感じていたものが感じられなくなり、背中が重くなった。その分また翼が生えている。
………どうやら俺はステータスの殆どを封じれば人間に戻ることができるようだ。
化物から超人レベルにまで落ち着いたんじゃないだろうか。それくらいであってほしい。




