四十七日目 夢であってくれ
目を開くと、目の前に綺麗なユリっぽい花があった。その隣には赤くて細い………彼岸花みたいな花があった。うん。縁起悪くない?
体が怠い。指一本動かすだけで息がきれるくらいには疲れている。
体を起こさずに視線を巡らせると品のいい調度品の置かれている小部屋だとわかった。窓にはステンドグラスが嵌まっていて、色とりどりの光が降り注いでくる。
それと、今気づいたんだけど。
俺今素っ裸だった。下着すらないってどゆこと。ってかなんで。
よーし、落ち着けー。うん。落ち着くんだー。
状況を纏めよう。
アレックスさんと口喧嘩して、ギルドから出て、目眩がして、多分倒れて、裸でベッド。うん。これで状況が理解できたら素晴らしい理解力だと思うよ。
どうなってんだ。
倒れたのはわかる。で、誰かに助けてもらったとしよう。何故に裸。あ、そう考えると布団汚いか。浄化しとこ。
「どこなんだよここ………」
一言喋っただけでもう大分疲れた。っていうか喉乾いた……
あ、ピネ。そうだ! ピネ! ピネなら何が起こったかわかるかもしれない!
即座に震える手で空中にルーンを書いていく。書き終わりMPを注いだ。が、
「間違えてないよな………?」
一向に繋がらない。もしかしてとライトとレイジュも呼び出してみたが反応がなかった。というか、空間系魔法が全滅してた。
空間魔法の初歩、影結びでさえも発動しなかった。影結びってのは影と影を移動する魔法で、目に見える範囲なら使える。見えない範囲まで使おうとなるとそれは影渡りだ。
そんなことより本題だ。通信系の魔法も全て駄目、普通の攻撃魔法とかは使えた。さっき浄化も普通に使えたし。
そう、悶々と考えていると、
「起きられましたか」
「ひっ⁉」
突然扉の方から声が聞こえてきて、マジでびびった。
入ってきたのは、め、メイドさんだ………生メイド。
ゲームじゃメイド衣装はあったけど、あれパラメーター低めだから使ってる人あんまり居なかったしな。
「お加減はいかがですか」
「あ、えと…………ここはどこですか?」
「ここはルクシオ卿の別宅でございます」
「ルクシオ卿………? すみません、無知なもので」
「いえ、構いません。それよりお加減は?」
「あ、大分楽にはなりました………」
倒れたときよりはな。
「それは良かったです。これはお召し物です」
「え」
お召し物です、って、それ。
「メイド、服?」
「ここで貴女も働くのですから、当然でしょう?」
「いや、当然でしょう? って言われても! 自分何がなんだか理解できてません!」
「一人称は私にしてください」
「いや、そんなこと言われても」
っていうかなんでこんなことになってんの。
「すみません、頭が悪くて理解が追い付かないので1から10まで説明していただけませんか」
「その説明は私からしよう」
また扉が開いた。今度は見覚えがあった。
「あっ!」
「昨晩ぶりだね」
「えっと、あ………名前忘れた………」
「なんだって………」
忘れるよ。忘却の彼方だよ。特に忘れ去りたい人だから余計にだよ。
「………エルヴィンだ」
「ああ、そう。そんな名前」
「貴殿は忘れっぽいのか」
「人の名前は覚えられないですね。服変わったら気づけない程度には」
顔と名前が一致しないんだよな。病気じゃないのって言われた時期もあったけど。
「ではもう一度名乗ろう、ブラン。私はエルヴィン。メノン家の嫡子で貴殿を嫁に迎える予定だ」
「お断りします」
「なんだと」
「いや、だから恋人がいるって言ってるじゃないですか。それになんか、こう、そこはかとなく胡散臭い気が」
言ってて自分でも酷いなと思う。けどやっぱりこの人胡散臭い。……なんか、俺にとっては悪い人ではない気がするけどね。勘だけど。
エルヴィンはガックリと項垂れて、
「胡散臭い………」
「馬鹿だけど顔だけはいい姉に常々言われてたんです。胡散臭いやつは信用すると嫌な目に遭うよって」
馬鹿だけどそういうことには詳しいんだよな。妹に知能持っていかれたのに。
「わ、私は胡散臭くなどない」
「いや、まず出会って直ぐに求婚するような人は胡散臭いと思いますけど」
っていうか俺の服どうなった。
「あの、自分の服は?」
「今洗濯をしているが」
「あれMP………魔力流せば汚れ落ちるので洗濯の必要ないですよ?」
「なんだと」
洗っても問題ないけど。
「っていうか、帰りたいんですけど」
「それは無理だと思うぞ」
「? どういうことですか」
それは無理だ、じゃなくて無理だと思うって?
「……その体で帰るのか?」
「は?」
いや、確かに素っ裸じゃ帰れないけど。そういうことじゃないよな?
別に男になってるとかそんなとんでもないことは起こってない………? ん?
いや、男にはなってないからね⁉
なんか見えた気がする。男についてるあれじゃなくて、背中に………
「なんかついてる………」
いや、ついてるってレベルじゃない。グッと引っ張ってみる。抜けない。思いっきり力を込めたら血が出て数枚抜け落ちる。
………羽だ。いや、ちゃんと一対あるってこと考えたら翼って言った方が正しいかも。真っ白なそれが、視界の端に映っている。
「な………は?」
なんなんだ、これ。夢にしてはたちが悪い。それ以前にさっき引っ張ったら普通に痛かった。
髪の毛そのまま引っ張られてるのと同じような感覚だった。それも一本引っ張られてる訳じゃなく、十本ぐらい束で。
「理解したな?」
「………理解できてません」
「したということにしておいてくれ」
できねぇよ。
いくら引っ張ってもとれる気がしない。………これ、根本から切り落としたらいいんじゃないだろうか。何の問題の解決にもならないけど。
少なくともそうして背を見せさえしなければバレることもないだろう。
でも、今の俺も異常だ。この状況をここまで冷静に分析している時点で何かが狂っているのは間違いないだろう。
「なんで、こんなものが………」
「貴殿が死にかけていたからだ」
「死にかけると羽が生えるなんて聞いたことありません」
「先ずは話を聞け」
もう今すぐにでも逃げ出したい気分だ。だけど、体が動いてくれそうにない。
関節は軋むし、動こうとしたところで体力がつきるのが落ちだ。
一先ずは話を聞こう。
「貴殿は死にかけていた。毒の影響でな」
どうしよう。もう一回止めたい。毒ってなに。
「それを私が見つけ貴殿を運び、魔力等価呪文をつかったのだ」
………魔力等価呪文………確かMPを他人に譲渡する裏技だよな……? 成功率は低いわ種族が違った場合血が強い方に引き寄せられてその種族になるわでめちゃくちゃ面倒な呪文で有名だ。
ゲームでもバグ技として有名で、最初のキャラメイクで獣人になりたかったのに間違えて人間選択しちゃったって人が獣人に頼んでやってもらう、とかそんな感じの使われ方だったな。
まぁ、それをやったところでやってくれた相手が犬の獣人でも猫とか馬とか、そういうのはランダムだったけど。
「魔力等価をして、自分がこうなったということは……あんたは」
「察しがいいな。私は吸血鬼の生き残りだ」
なんかもう、これが夢じゃなかったらどんな夢が来ても大して驚かずに対処できる気がする。




