三百六十六日目 嘘っぽい
ーーーーーーー《ブランサイド》
なんかイベルが俺のこと「家で世話する人」っていうよく分からん設定にしちゃったから、これからの話に不整合が起きないか心配だけど、このまま突き通すしかない。
名前もある意味そのまんまにしちゃってるからバレる危険性があるのが怖いとこかな……
「あら、貴方の雇い主は護衛をつけなければならないと感じるほど、この学園の治安を疑っているのかしら。学園の先生方に失礼ではありませんこと?」
この学園の安全性は他国と比較してもトップクラスだ。
それこそ王族が通うことだってある。
実は学園側に『警備が不安だから自分で用意した護衛を使う』という申請をしてはならないということは常識の一つ。
というのも、要人の子供が通う学校に他人を簡単に出入りできる環境を作ってはならない、という暗黙の了解があるからだ。
王族だけは審査を受けた護衛を二人までならつけられるという特別待遇があるが、護衛をつけて過ごすこと自体があまり良い顔をされないので、その制度を使わない王族も多い。
だけど、抜け道もないわけじゃない。
「いえ、元々この学園の学生なので、護衛と言ってもあくまでも友人として心配なので一緒にいるだけです。近頃物騒な話も聞きますし。そうですよね、イベル」
「え、あ、うん」
護衛を学生として忍び込ませる、というのは大貴族なら大体やってる。これは黙認されてる。
学生として入学できる年齢であれば、入学を拒否することは学園側にはできないという若干卑怯な考え方だが、これがなければ貴族は安心して学園に通えないということもあるから、まぁ、必要なことなんだろうとは思う。
「……それに関しては良いでしょう。それで、貴方は何故私とイベル様のお話を遮るのかしら。この短い休み時間で、イベル様とは可能な限りお話ししたいのだけれど」
まただ。また、嫌な感じがする。
さっきイベルを見つけた時の表情を見た時も思ったけど、この子は純粋な好意でイベルに近付いてない。
利用してやろうっていう考えが透けて見える。俺は人の気持ち考えるの、あんまり得意ではないけど……悪意にだけはそこそこ敏感なつもりでいる。
打算で近寄ってくる大人をたくさん見てきたからかな。
「お話し、ねぇ……イベル。何話すか決めてますか?」
「うん。ちゃんと言うよ」
相手が実力行使してきたら俺の出番だが、話し合いはイベルの意思を尊重したい。イベルが怪我しそうになったら何してでも守るけど、基本イベルにどう動くかは決めてもらおうと思う。
彼女は呪術系の魔法を得意とする家系とは聞いてるから、呪いを弾く魔法具は持たせてる。ストックも大量にある。
準備は万端だ。何もないのが一番良いんだけどね。
「あ、あの、おれ……せ、背が低めで、いかにも大人しそうな子がタイプなんですッ! だから、その……婚約者は諦めてください!」
「「「………は?」」」
その場にいて、これが今どんな状況かわかってる人全員が同じ反応になった。
いや、うん……。好みは大事だよね……。『そこ?』とは思ったけども。
確かに彼女は小柄ではあるものの、見た目はかなり派手だ。服装が派手というわけではないんだけど、顔がかなり濃い。メイクもあるだろうけど、ほりが深いのかな。パッと見て大人しそう、とはまず思わない雰囲気はある。
「イベル……いや、何でもない。けど、すごい既視感を感じた……」
「えっ何が……?」
酒場で逆ナンされた時に、ソウルも似たようなこと言ってた気がする。案外似るもんなのかなぁ。
「そ、そんなの認められませんわ! 好みで婚約者を選ぶなど……!」
あまりにも斜め上の発言すぎて相手も動揺してる。俺も一瞬『こいつ天然か?』って思ったもん。
でもこの子、自分の以前の発言を忘れてるみたいだな。
「不思議ですね。イベルに好意があるという話ではなかったのですか? 貴女自身、好みでイベルに近付いたのではないのですか?」
「そ、それは、もちろんイベル様のことはお慕いしております。私だって恋愛結婚に憧れはあるんですのよ」
ふーん……? 正直すごく嘘っぽい。
実際、イベルのことは好きでも嫌いでもないってところかな。もしかしてイベルがエステレラの関係者だってバレてるのか……? 一応隠してるけど、本気で隠蔽してるわけじゃないし、どこかで知られている可能性は全然ある。
イベルは自分から言うタイプじゃないから、バレたとしたらどこから知られたのかは確認しておきたいけど。
「貴女は好意から話しかけるのに、イベルが好みじゃないって言ったら認めないんですか? 随分と自分勝手では」
「なんて不敬なの!?」
まぁ確かに不敬だとは思う。こっち平民だし。
「不敬でも何でも、ここでイベルの意思がはっきりとしている以上、貴女の好意はただの迷惑です。イベルとの婚約は諦めてください。それとも、イベルに近付くのは好意以外に何か理由でも?」
「へ、平民が楯突くなど……っ! 覚えておきなさい、セドリック! 貴族に刃向かうとどうなるか、教えて差し上げるわ!」
「そうですか。イベルに近付かなければ、どうぞお好きになさってください」
小物感のすごいセリフの後、ダッシュでどこかに行った。
「ちょ、ちょっと! 悪化してるよね!?」
「いや、お前へのヘイトは多分俺にきたから」
「シシリー達が危なくなるかもしれないんだよ!?」
「いや、彼女は俺狙いだから大丈夫だと思うけど……そこは一応手を打ってある」
俺の拠点は各地にある。いろんな国から効率よく情報を集められるよう、同じ街に『二、三軒』ある街もある。
「引っ越し、終わってるから場所はバレてない」
こんな時のために、別荘という名前の仮拠点を複数持っといてよかった。
「それ、教えてくれてたら、おれここまで悩んでなかったのに……」
あ……なんかごめん。




