三百六十四日目 ことの始まり
女子用制服なんて着て行ったら余計に拗れるのでは?
「今回、相手はイベルに惚れたから面倒な事になってるわけだろ? その話し合いに異性連れてったら更に炎上するんじゃないのか」
俺は男友達として行くつもりだったけど? ……俺、男ではないけどさ。
初見の相手なら大体男だと認識してくるから、女性らしい格好させしなければ意識しなくとも男性と思われるだろうし。
「うん、そう思うんだけどね」
「じゃあなんでスカートなんだ」
「ちょっと面白いかなって」
「今ふざけるのは止めてくれ……」
真剣な顔して何ってんだコイツ。
これでも結構不安なんだけど? 下手したらイベルの将来掛かってるんだから。
「冗談冗談。ちゃんと持ってきてるよ」
「この非常事態に……まぁ、いいや。助かるよ。……装備変更」
俺が学生として紛れ込むって話した時も凄い笑ってたし、娯楽に飢えてんのかね。
早着替えの魔法を使ってみると、想像以上にぴったりサイズだった。これ子供用だよね? ……なんか複雑。
「何それ魔法!?」
「? あ、一般的じゃないのか……外で服着替える時は大体これ使ってるから、知られてないとは思ってなかったよ」
「うん……ただ着替えるだけのために魔力使う人は中々いないしね。それに、早着替えができる魔法は魔法使いよりも前衛が使いたいと思うものだから」
あー、確かに。魔法使いが早着替する必要はあんまりないか。
それこそ俺みたいに壁役と攻撃役を兼ねるポジションだと、守りに徹する時の装備と素早く動きたい時の装備って変わってくるから早着替え良く使うけど。
前衛で魔法も使える人はあんまりいない。正確には、剣で戦いながら魔法使う人はあんまりいない。だって凄い気が散るし。魔力量が少ない人は残りの魔力も管理する必要があるから、武器振り回しながら魔法のことを気を配れる人じゃないと難しい。
そんな状況で、早着替えのためだけに魔法使う人は殆どいないだろうな。
俺の場合は、慣れのお陰で足でも魔法使えるのと魔力量だけは多いから、その辺り気にしなくていい珍しい事例だろう。
だから無駄な魔法を結構覚えてしまっている。手のひらサイズの花火を作れる魔法とか。子供を泣き止ませる時くらいしか使ったことないけど。
「気になるんだったら魔法の構成、後で教えるよ。じゃあ行ってくる」
「うん。……凄い似合ってるよ。生徒に混じってても全く違和感ないから、安心して行ってくるといいよ」
……俺もう20歳越えてるから、なんかちょっと複雑なんだが。
ーーーーーー《イベルサイド》
最初は、貴族なのに平民に関わりたがる不思議な女の子だと思ってた。
遠くの国からの留学で来たその子は、先生に案内されて教室に来るなり突然話しかけてきた。
なぜか『奥の方で談笑していた』おれ目掛けて一直線に向かってきたんだ。
「ご機嫌よう。私、メリエッタと申します。気軽にメリーと呼んでくださいませ」
「えっ……? あ、はい……? よ、よろしく」
急に話しかけてきたからベル君と一緒に固まってしまった。
妙な距離感を感じつつ挨拶すると、メリエッタさんが上品に笑みを浮かべながら、どんどん話しかけてくる。
「私、実は一度お会いしておりましてよ。学園祭で不思議な形のパイを販売していらしたでしょう? その時ですわ」
「そう、ですか……ありがとうございます……」
おれまだ自分の名前も言ってないんだけど……と思いつつも彼女のペースに終始翻弄された。
それが、留学初日から毎日毎日続いた。
「兄貴、あの留学生なんなんですか!? 兄貴が困ってるってやんわり伝えたのにガン無視だったんですけど!?」
「うん……話通じないよね」
厄介なのは相手がかなり位の高い身分だから。下手に「迷惑なんで止めてください」なんて言おうものには家族や友達に危険が及ぶ可能性がある。国によっては貴族が、それくらい簡単にできてしまう。
彼女は他国から来た人だから距離感に慣れていないだけだと自分に言い聞かせた。
けどやっぱり大変だった。ずっと近くに人がいるって、精神的に結構キツい。しかも相手は女の子だし……
そうこうしているうちに彼女の行為がエスカレートし始めた。朝は教室の前でおれが来るの待ってるし、トイレの前までついてくるようになった。そして、超長文のラブレターが届き始めた。
色々書かれていたけど、最終的には『婚約しなければ呪う』みたいな脅迫文になってた。
そこまでくると親も気づき始める。彼女の家は影響力が強いらしく、彼女に気に入られようとした大人達がおれの保護者役をやっているシシリーを呼び出して『すぐに退学させて結婚させろ』と詰め寄った。なぜか関係ない人たちがどんどん出てきて、どうしたらいいのかわからなくなった。
シシリーは「気にしないでください」と言ってくれたけど、気にならないわけがない。
聞こえた話では、メリエッタさんに『婚約を後押しするから家族に私の名前を伝えてほしい』とかって言って近づいているらしい。おれの書類上の親がブランだってことすら知らない、本当に、関係のない人たち。
その人達が怖くなって、ある日学校に行けなくなってしまった。
ブランと顔見知りの学園長が家まで来てくれて、お休みすることを許してくれた。ただの不登校だと判断されて、無理に引っ張り出されないように『謹慎処分』という名目で。一つだけ条件はあったけど。
ただそれでも不安になったシシリーが学園長に相談して、留学生の親族に助けを求められないか交渉してくれた。
学園長はかなり頑張ってくれたらしい。それでも事態は好転しなかった。
だから最後の手段、ブランを呼んだ。これが学園長からのお休みの条件『数日経っても自分で解決できなかったら、ブランに伝えること』だった。




