三百五十九日目 久しぶりにちゃんと話ししてる気がする
スルグ公爵家は代々優秀な文官を輩出してきた名家だ。
特に外交にめっぽう強く、諸外国と最初に交渉をするのはスルグ公爵家であることが非常に多い。
だからどの国にも所属せず、好き勝手に高額な情報を売りつける俺とは相当……仲が悪いというか、牽制しあっているというか。情報の確実性だけは高いからなんとなく見逃してもらえてるというか。
正直、互いに良い印象はあまりないと言っていい。俺自身、この人とちょっと揉めたし。
加えて、敵国に情報を流しているという噂もある。信憑性に欠ける噂だし、軽く調べてもその証拠がなかったから誰かが適当に流布した噂だと思うけどね。もっとしっかり調べたら出てくるかもしれないけど、そこまでやれと依頼受けてないからやってない。こっちのリスクもあるしね。
それで今回、イベルが厄介になっている家がスルグ公爵家だと言うのだから驚いた。俺がイベルの保護者だと知らなかったとしても、スルグ公爵の息子がイベルと友達だったって事が意外だし……もし俺がイベルの身内と知っていての行動なら、それはそれで怖い。
「それにしても、息子の友人に『白黒』の御子息がいたとは。思っていたより世間は狭いようだ。御子息がこの街にいるということは、この街が暫くの間は拠点ですかな?」
「いえ、イベル本人の希望もありまして、こちらはこちらで通常通りの仕事をしています」
「そうですか。それでは御子息の様子が普段と違うことに気付けず、今に至ると言う訳ですか」
……なんだろう。言葉に棘を感じるぞ。
保護者失格って言いたいんだろうな。まぁ、その通りだから何とも言えないけどさ。
正直なところ、イベルが出来すぎてるから俺必要ないんだよね。俺より頭いいし、基本勝手に色々やって勝手に解決してるし。
だからって放り出していいわけはない。それくらいは俺だってわかってるよ。
「はい、仰る通りです。イベルは自分よりもずっと大人びていると思えるような落ち着いた子なので、イベルなら自分で何とかするだろうと彼に甘えて放置してしまっていたところがあるかもしれません。親としてお恥ずかしい限りです」
素直に俺が悪いと認めると、それが意外だったのかスルグ公爵が一瞬目を細めた。まぁ、俺、普段の仕事の時はあんまり自分の非を認めることは言わないからね。自分が悪いって言ったら謝る必要が出てくるじゃん。
適当に謝るのは簡単だけど、こっちが悪くないのに謝ったら、後々「あの時謝っただろ」とか言われて議論をひっくり返されるのも面倒だ。
だけど今回の場合は別に仕事じゃないし、普通に俺が悪いから正直に自分が悪いって言うよ。隠すことでもない。
「……なるほど。それでは御子息とお話しされますか? 奥の客間をお使いください」
「ありがとうございます。それではお借りしますね」
ある意味ここは敵地だから、さっさとイベルを連れて帰りたいところだけど……家だと話せないこともあるかもしれないし、イベルの友達だというスルグ公爵の息子さんの話も聞きたい。
案内された客間はかなり広い。俺たち全員が入っても、かなり余裕がある。馬車数台くらい置けるんじゃないだろうか。
客間には俺、ソウル、エルヴィン、ライト、キリカ、イベル、スルグ公爵の息子さんの八人が揃った。
キリカが持ってきたティーカップに紅茶を注ぐ。まさかのティーセット持参。公爵の息子さんも驚いちゃってるよ。
「……ブラン、その」
「ん? どうした」
これまで無言だったイベルが、目の前に出てきた紅茶を見つめながら突然口を開いた。こんなに恐る恐る喋るイベル、初めて見た気がする。
「ごめん、なさい。学校のこと……言わなくて。シシリーに、ブランには言わないでって口止めしてて」
「あー、俺別に怒ってないけど? そもそも俺、こっちじゃ学校すらマトモに行ってないし、どうこう言えるほど、親にはなれてない。イベルだって、俺のこと親とは思ってないだろ?」
俺はイベルの親の自覚があんまりないんだと思う。最初からメイド達に任せっきりだったし、精神年齢は俺より上だからとしても、保護者であるという立場を忘れてしまっていた節がある。
親として俺がイベルにしてやれることなんて、衣食住の提供くらいだ。そんなの俺じゃなくたって誰でもできる。
そしてイベルも、俺のことを保護者とは思ってても親だとは思ってない。流石に俺でもそれくらいは分かるよ。年下の相手を親だと思えって言われても難しいことくらいは。
「そんなことは……」
「いいんだよ。それは別に悪いことじゃない。こんな頼りないのが親とか、俺だったら嫌だしな」
逃げてないだけ、イベルはすごいと思う。正直、情報屋【白黒】の関係者は常に何かしらの危険に晒されている。
俺だけじゃなく、メイド達含めて皆そうだ。
特にメイド達は俺の代わりに仕事をすることもあるから、酒場で面倒な奴に絡まれることも珍しくない。
普段俺との関係性は隠しているイベルだけど、どこからか情報が漏れて俺の逆恨みをイベルが被ってしまう可能性だってなくはない。こんな綱渡りな奴が親とか、かなり嫌だ。
「「………」」
少しだけ沈黙。本当に元気ないな、イベル。謹慎喰らってるんだから当然かもしれないけど。
「学園長に、イベルから直接話を聞いてくれって言われたよ。イベルの処遇の件に関して相当頑張ってくれたみたいだ」
あの人もなんか俺とイベルの関係性に関して、何か思うところありそうな反応だったけど、基本的にそこに関しては触れないようにしてくれてる感じがする。
俺とイベルの関係は、ちょっと複雑だからな。
「……おれ、学校やめようかと、思ってる」
唐突の宣言だった。けど、なんとなくそう言うんじゃないかとは思ってた。時間だけが過ぎる重い空気の中、紅茶がかなり温くなってしまっていた。




