三百五十八日目 スルグ公爵
ソウル達と厩舎に向かうと、レイジュが自分用の手綱を咥えて待っていた。
前足で扉を軽く引っ掻いてはこちらを見てくる。
……ヤバい。めっちゃ期待されてる。言葉は喋れなくても、目線が「開けて」って言ってるもん。
「ご、ごめん、レイジュ。今日はお前は連れていけない」
「……クゥ?」
確実に一瞬固まった後、聞こえなかった振りをしたいのか手綱を押し付けてきた。
目がキラキラしている。これ説得しても聞かないかもしれない。
「レイジュ、今日は……いつもみたいに外に行く訳じゃなくて、街にちょっと行くだけなんだ。お前の脚力は街では活かせないだろ?」
「ブルルルル」
前足でさらに扉を二回引っ掻いてくる。
活かせないとか、そんなの関係ないから! って言われてる気がする。
これは、俺の言葉は届かない……助けてくれ。ソウル。
「ソウル……」
「しょうがないですね……。説得しておくので、ラズの準備をしてもらえますか?」
「え、大丈夫? レイジュ余計に怒ったりしない?」
「なんとかします。行ってください」
ソウルだけを残して厩舎の奥にいたラズという名前の焦げ茶色の馬を外に出してから、鞍に馬車の荷台を付ける。
この鞍には馬車と接続するためのアタッチメントが予め取り付けてあるから、取り付けや取り外しがかなり楽。
もちろん普通に乗ることもできるように設計したから、馬車から切り離してそのまま乗っていくこともできる。あ、作ったのは俺とレイジュね。レイジュには動きやすさのテストとかをしてもらった。
部品が結構作るのが大変で、一個一個手作りしてるからエステレラ家の拠点にしか置いていない。まぁ、一部王族から欲しいとは言われてるけど、作るの大変だから一旦断ってる。
で、レイジュはこの鞍が大好きなんだ。一緒に作ったものだからかな。
だから他の馬にこれ付けると、かなり嫌そうな顔になる。怒りはしないけど、見てわかるくらいには嫉妬してる。
「お待たせしました。行きましょう」
ソウルがレイジュとの話し合いを終えて帰ってきた。馬車を動かすと、厩舎の扉の隙間から泣きそうな目をしたレイジュがこっちを見てるのが……すごい見えるんだけど……
「えっと……説得できたの?」
「一応は。理解はしてもらえましたけど、確実に納得してないので、後で遊んであげてくださいね」
「わ、わかった」
厩舎のドアは万が一の時のために、全力で蹴れば蹴破れるくらいの強度にしてある。火事とかで火が回ってレイジュたちが逃げられなかったら困るし。
だから出てこないということは、一応説得できたんだとは思うけど。
なんというか、すごい罪悪感……。
「ラズの足ならすぐ着きますね。訪問のご連絡はしてもらってるんですよね?」
「はい。そちらは既にシシリーが」
俺が何も言わなくても、ソウルとキリカが全部やってくれるからめっちゃ楽。自分が不要な状況に喜んじゃいないけどさ。楽だからって任せっきりは良くないよな。
……いや、前言撤回。今回は任せよう。だって俺が下手に口出すとややこしくなる気がするし。
「ブランさん、何話すか決めてます?」
「何があったのかは詳しく聞きたいけど……なんか雰囲気でいこうと思ってた」
「そうでしょうね」
そうでしょうねって。絶対俺のことバカだと思ってるでしょ。その通りだよ。間違ってないよ。
「あぁ? ソウルに任せた方がいいと分かってるから、俺一人で行こうとしてないんだけど?」
「なんでちょっと逆ギレ気味なんですか……。イベルとは話しますけど、先にブランさんから話してもらっていいですか?」
え? 俺がイベルと先に話すの?
むしろ無意識に煽りそうで怖いんだけど。俺よく相手の神経を逆撫でしちゃうからなぁ。
「別にいいけど……俺で大丈夫か?」
「多分大丈夫です。なんかあったら止めますから」
本当に俺でいいのか? ……自分がやらかさないか不安だ。
キリカが馬車を止めた家はかなりの豪邸だ。門で分かる豪華さよ。
門から入り口まで結構広めの庭園が広がっている。噴水とかもあって、かなり綺麗に整備されているな。この時点でかなり裕福な暮らしなのがわかる。
門の前に立っていた軽装鎧の男性が話しかけてきた。
「イベル様のご家族の方ですね?」
「はい。突然の訪問失礼いたします」
「ご丁寧にありがとうございます。お通りください。主人が中でお待ちです」
スッと入れてもらえた。身分証明とか何もしてないけどいいんだろうか?
まぁ、一応家紋の旗は馬車に付いてるから、これが身分証明になるって認識でいいかな。
「キリカ、奥まで頼む」
「はい」
噴水を迂回して3階建てのお屋敷へ向かう。やっぱりかなり大きい。……それもそのはず、この家は公爵家のものだ。
王族と同等レベルの権力を持つ家で、歴代優秀な騎士を輩出している名家。
だからこそ、最初目的地がこの家だと聞いて聞き間違えたかと思った。
だって、普通は庶民が接点持てるような身分じゃない。正直俺は人のこと言えないけど。
学校では貴族の生徒と庶民の生徒ではほぼ関わりがないって聞いてたし、なんでいつも一緒にいる子達じゃなくて(いつも一緒にいる子達は庶民組だから)公爵家に匿われているのか、全く想像つかない。
馬車を降りて屋敷の中へ進むと、奥から人が出てきた。後ろにはイベルと、イベルと同年代の男の子がいる。前にいる人が、この屋敷の主人。
「遠路遥々、ようこそお越しいただきました……白黒様」
「こちらこそ、息子が大変お世話になりました。スルグ公爵」
ベーゼン・リア・スルグ公爵。彼がこの屋敷の主人で、色々と黒い噂もあるスルグ公爵家の当主だ。




