三百五十四日目 ソウルの家で
ソウルの家は学校から結構近い。
課題がギリギリになりそうな時とか、たまに泊めてもらうこともある。
だから合鍵はもらっているし、割と勝手に出入りしている。勿論、入る時は連絡入れるけどな。
どちらかと言えばソウルの家よりも俺の家に集まることの方が多いけど。何故かやたら広いし。
「なにこのマンション高そう……」
「ここの一階だ。今家主は居ないからそこまで緊張しなくても大丈夫だぞ」
「いや、緊張しないとかむしろ無理……」
俺の家ほどではないけど、ソウルも結構おしゃれなデザイナーズマンションの一室を借りている。どうやら格安で借りているらしいってソウルは言っていたけど、詳しくは知らない。
俺もソウルも、ある意味ではここ数年の記憶がないみたいなものだから、なにがどうなって今の状況になっているのかはあまり分かっていない。日記つける習慣があったのは本当に助かった。ざっくりではあるけど自分の状況を整理できたから。
「よし、お邪魔します」
「お邪魔します……」
ソウルの家に入ると、後ろからすり足でついてくるミズキさん。
他人の家に勝手に入っているという状況になって気が引けているのかな。
一応家主の許可は得ているし、俺の家もソウルも家も結構好き勝手に互いの家を出入りしているから問題ないんだけど、問題ないことは頭では分かっていても納得は難しいかもしれない。俺も同じ状況だったら遠慮して中入れないもん。
「すごい綺麗なお家……ねぇ、本当にブランの婚約者なの?」
「ん? ああ、そうだよ。ミズキさんとはタイミング悪くてまだ会えてないよな。仕事の忙しい社会人だから店に来ることは珍しいんだ」
「裏のお店のことも知ってるの? あ、もしかしてその人も普通の人間じゃない?」
「一応種族的には人間だよ。裏の店のことは知ってる……っていうか提案してきたのはソウルの方だから」
リビングに置いてあるPCをいじりながら話をする。
このPCはソウルのゲーム用だ。仕事でも使うからそこそこスペックが高いモデルだし、ゲーミングPCだから処理速度も問題ない。俺みたいに変な改造してないしね。
俺の家のPCはグラフィックとサウンド周りが異常なまでのフルスペック装備されてて、しかも設定がマニアックすぎるから古いアプリとか認識してくれないことがある。そこがなければ俺の家のデバイス貸したんだけどね。
「ブランってさぁ……家がお金持ちなの? 大学生なのに店を経営してるとか、なんか色々と流しちゃってたけど」
「あー……まぁ、金には困ってなかったんじゃないか? ただ、裕福な暮らしみたいなのは正直あんまり体感してたかはわからないな。親は基本家に帰ってこなかったし、家のことはお手伝いさんがやってたけど……俺とはかなり仲が悪かったし」
お手伝いさんのこと、正直嫌いだった。
きっかけが何だったのかは覚えていない。多分俺が悪戯したとか、そんなだと思うけど。
ただ、明確に俺の食事だけやたらと苦かったり、よくわからないまま物置に置き去りにされたりとか……地味な嫌がらせを多数食らってたから、そりゃあ嫌いにもなるわな。
愛想のいい姉や優秀な妹のことはあからさまに可愛がってたし、俺があの家を出たいと本気で思ってた理由も一つなのは間違いないな。一番の理由は親父だけど。
「あ、じゃあ政略結婚的なのじゃないんだ」
「違うよ。出会いはオンラインゲームだし。そもそも政略結婚だったら逃げてるな」
親父の道具になるとか冗談じゃない。ただでさえ自由になることを阻まれてきたんだ、自分の居場所は自分で選ぶ。
「よし、これで繋がるはずだ。このページからログインしてくれ」
「えっと……ああ、できた! ありがとう!」
「それじゃあ終わったら呼んでくれ。とりあえず隣の部屋にいるよ」
意図せずソウルの部屋に来てしまったわけだが……実はこの部屋、魔法で店と繋がっている。
こっそりクローゼットを改造して扉につなげる魔法をかけた。勿論、退去時に戻せるようにはしてるよ。もしも事情の知らない人が入ってきてしまって、うっかり扉が開かないように色々細工はしているから一見するとただの物置だ。この細工は俺とキリカ、エルヴィンの合作で、結構自信作。
賃貸で何改造してんだと言われそうだが、まぁ、戻すし、バレなきゃいいでしょ。
クローゼットの扉を開けて店と繋げる。裏の店は俺とソウルが、表の店はメイド達が運営している。人手が足りなくなったら表にミズキさんを派遣したり、怪しい客が裏に来たらミズキさんを下がらせてメイドが応対することもあるけどね。
今の時間は昼時というのもあってか、それほどお客さんは多くなさそうだ。
扉を薄く開けて扉付近にいるメイド……カミラにこっそり話しかける。
「カミラ、そっちの様子はどうだ?」
「っ!? ま、マスター!? こんなお時間に、珍しいですね」
「ごめん、急に話しかけて。ちょっと色々あってソウルの家に居るんだけど、今暇なんだよね。俺の仕事そっちにあったりしない?」
「お仕事ですか……そういえば、お手紙が届いておりました。今お持ちしますね」
突然出てきた俺に驚きつつも、カミラは手紙の束を持ってきてくれた。日本のものもあれば、あちらのものもある。
「ありがとう。邪魔して悪かったな。仕事に戻ってくれ」
「いえ、また何か御座いましたらお声掛けください。それでは失礼いたします」
扉を閉めて自分宛の手紙を確認する。
大体が各地のメイドからの近況報告だ。サラサラと読んでいっていると、茶色の便箋が床に落ちた。
この便箋、一般に流通している質の悪い紙だ。メイド達は俺に送ってくる紙は基本的に質がいいものしか使わないから珍しい。……金かかるから安い紙でいいと思うけどね、俺は。
「あ、これイベルだ」
俺に手紙とは、これまた珍しい。イベルは基本、俺のことガン無視なのに。いや、別に仲悪いわけじゃないからね? あいつが俺より精神年齢上だからなんか遠慮してて連絡してこないだけだからね? ……なんか弁解すればするほど虚しくなってきた。俺一応保護者なのに。
うん、そんなことはいいや。それより手紙の内容だよな。
……ん?
……学校から謹慎処分?
………何それ知らん………流石に言えよそれくらい………。




