三百五十三日目 図書館にて
ミズキさんと同行した依頼から二週間が経った。
これでも一応学生だから大学にはちゃんと通っている。最近はVRを使った遠隔からの講義も多いけどね。こっちに帰ってきてからのVRとか、久々すぎて起動の仕方とか若干忘れてたけどやっぱり便利だ。ゲームも楽しいし。
店の運営とかもあるから基本的にはVRで出席してるんだけど、体育とかの『実際に行かなければ得られない単位』とかもあったりするから週に二回くらいは来なきゃいけない。
今日は二限と五限が対面必須の講義だから来てるけど、三限と四限の時間は特にやることがない。取れる講義もないし、かと言って店に戻ってまたこっちに来るのは面倒くさいんだよな。仕方ない、図書館で時間を潰すか……。
なぜかは知らないが大学の図書館はかなり広く、防音の個室がかなりの数用意されている。昔はただの机のある部屋だったらしいが、ここ数年のVR講義の増加に伴ってVR機器も完備されている。ここからでも講義を受けられるし、普通に自習にも使えるというわけだ。
この個室のせいで授業料の一部である維持費が高いんじゃないかと思うんだけど……まぁ、俺もたまに利用するし文句は言うまい。便利なのは確かだしね。
チップの入った学生証を扉にかざすと時間制限付きではあるが個室が利用できる仕組みだ。利用時間は最大五時間で、それ以上の使用をしたい場合は一回出て再申請する必要がある。今日はそこまで使うつもりないけど、課題でここのVR機器使いたい時とかは結構重宝している。
俺の家のVR機器だとここの古いアプリが相性悪くて文字化けするんだよね……そんな理由もあってここにはそこそこ世話になっている。
「あれ……ほぼ全部使用中だな」
そもそも大学に来る人が少ないのに、ほぼ満室とは珍しい。基本的に講義は家で受けるし、受けなきゃいけない講義があっても受けたらすぐに帰る人が大半だから、この図書館はいつも9割空席なんだけど。
奥の部屋だけが空いている。あの部屋、ライトが壊れてるのかかなり暗くてあまり人気がない。
俺の目なら全く問題ないから寧ろいつもその部屋使ってるけどね。
奥の部屋に向かって歩き始めた途端、真横の扉が開いて見覚えのある人物が出てきた。
「あれ、ブラン? 珍しいね、ここで会うなんて」
「ミズキさんか。なんか今日はやたら個室が混んでるな」
「ちょっとややこしい課題があって、その講義受けてた人がみんな来てるの。……そういえば、ブランって機械に詳しかったよね?」
「機械に詳しい……? かは分からないけど、VR端末とかならある程度触れるかな」
昔、なんとかして親の目を盗んでVRゲームをする環境を整えるために色々必死に調べたからな。保護者の承認とかの最大の関門とかもあって最終的には知り合いの手を借りてしまったけど。
「お願い、手伝って! こっち! なんか急に壊れちゃったの!」
「あ、ちょっと」
ミズキさんに個室に引き摺り込まれた。最近主流のゴーグル型のVRデバイスが机に置かれていて、その隣にあるモニターにエラーメッセージが表示されている。
どうやら何かの操作をしてデバイス側に過負荷がかかり強制終了されてしまったらしい。
「ミズキさん、これデバイス側の回路がオーバーヒート寸前だから、安全装置が働いて電源切れただけで故障ではないよ。多分クールダウンしたら動かせるようになると思う」
うわぁ、履歴見てみたらやたらと動作に負荷がかかるソフトを同時に幾つも開いてるな。この旧式の接続機器じゃ処理負荷に耐えられなかったんだろう。
「……クールダウンってどれくらい?」
「えっと……多分設定で残り時間見えるから……ああ、見つけた。二時間半だって」
「二時間半も使えないの……?」
「いや、このデバイスを使うなら一旦データを初期化して要らないデータ整理した後にバックアップから再ダウンロードしないと、さっきの処理速度には耐えられないからインストールまで一日くらいかかるんじゃないか?」
ミズキさんの動きが停止する。その直後ガバッと俺に飛びついて肩を掴んできた。
一瞬動きがホラーでビビったのは内緒ね。ミズキさんは肩を掴んだまま半泣きになりながら頭を横に振っている。
「無理……間に合わない。それ以外になんとかする方法はないの?」
「なんとかと言われても……この環境じゃそれが限界なんだよ。ミズキさんの家にデバイスは?」
「あるけど……ここのよりもスペック低い」
じゃあどうしようもないよ……。
俺の家のものを貸してもいいけど前の俺がゲーム用に改造しまくってたせいで、ここのデータのアクセス時に変な変換がされるから迂闊に繋げないほうがいいし。
「……あ、高負荷に耐えられるデバイスに心当たりあるかも」
「どっかのネカフェとか?」
「いや、ネカフェで大学の課題やらないほうがいいよ。それこそオーバーヒートでもしたら色々面倒なことになるし」
ミズキさんの開いているソフトは一般にも広く流通しているもので、最初からインストールされている機器もたくさんあるから、多分あのデバイスにも入ってるだろう。ダウンロードとかの時間もなしにログインさえできれば使えるはずだ。
「ちょっと借りれるか連絡とってみるから待ってて」
「お願い……もうこれで単位落としたら学年上がれない……」
そんな切羽詰まってる状況だったのかよ。
俺はソウルに電話をかけた。昼休み中だったらしく2コールですぐに出てくれた。
軽く状況を説明すると、貸してくれるとの了承を得た。
ソウルの家の合鍵は持ってるし、このまま行っちゃおう。
「貸してくれるってさ。これから行こうか」
「本当!? ありがとう……ちなみにどんな人なの?」
「俺の婚約者」
「ヘァッ!?」




