三百五十一日目 なんかわからんが、とてつもない疲労感
天候を変えたというところが決め手になったのか、白鈴の人が溜息をつきながら降参してくれた。
このまま続けても、白鈴の人が限界まで能力使って倒れるだけだろうしね。
俺が守りに入っちゃえばダメージは通らないし。群青さんには悪いけど、本気出してないから。シャベル握った時点で本気じゃないって思われてるのは……まぁ、その通りだ。
本気ならリリスを使うし、節制も解除する。でもこの世界で本気出したら色々と良くないことが起こるのは容易に想像できるから、余程のことが無ければ本気は出さない。日本は『ただ強いだけ』で生き残れるほど甘くないからね。手の内は殆ど明かしていない。
「……あんな能力があったなんて……青笠とも関わりがある、ということは天狗の一族で?」
天狗の中でも一部の種族は突風を起こして操ることができるらしいから、それだと思われたんかな。勿論違うけど、答え合わせなんてしないよ。
「種族に関しては教えることはできません。そもそも半端者が名乗れませんし」
正直、俺を本気で倒したいのなら何らかの方法で節制を解除させてから牢に繋いで放置すればいい。俺はコスパがかなり悪いから、多分二日くらいで餓死する。
運よくそういった状況にならないのは、種族を全力で隠しているからだ。
吸血鬼と知られれば、わかりやすい弱点を晒すだけ。頭の悪い俺でもそれくらいは理解してる。
シャベルを返しに行こうとした瞬間、後ろから群青さんに飛びつかれた。いや、近づいてきていたのはわかっていたけど、まさか抱きつかれるとは思ってなかったからちょっと驚いた。
「ありがとう、60区の! これで両親を説得できる!」
「あの、群青さん。嬉しいのはわかったんで首絞めるのやめてもらえます?」
普通にちょっと苦しいんだが。痛くはないが、気道は狭くなる。
感極まってなのかは知らんが、距離の詰め方がおかしくないか?
「す、すまない。つい……年齢もおそらく近いだろうし、友人に話しかける感覚になってしまった」
気持ちはわからんでもないけど、俺ただの雇われだし……本来は敵対勢力だからな?
この人、同年代への警戒心が薄すぎる。次期の長としてそれはどうかと思わなくもないが……教育だとかは青笠の現当主に任せよう。
ところでその青笠の現当主は、今回の結果にちょっと笑みを見せている。隣に立っている緑帯の現当主は唖然としているから、多分これ青笠側は俺が勝とうが負けようが受け入れるつもりだったみたいだな。緑帯は俺が勝つとは思ってなかったみたいだけど。
色付きでもない新参者の60区当主が、色付きの中でもかなりの戦闘力を持つ白鈴に勝ってしまうというのは、緑帯としては全くの想定外だろう。わざと負けて色付きに華を持たせる、ということすら期待されていたかもしれない。
シャベル持った時点で勝つ気がないと思われてたかもな。残念ながら俺は大真面目だったわけだが。
青笠の現当主のところへ行くと、苦笑しながら拍手を送ってきた。
「全く、やられてしまったな。これでは婚姻について検討する必要が出てきてしまったではないか」
「……そもそも、提案してきたのはそちらでしょう。区の所有権を賭けていなくても勿論勝ちにいきますよ。というか、親子喧嘩に巻き込むのやめてもらえますかね」
その後は部屋に戻って話し合いの続きに入ることになった。
巻き込まれないようにかなり離れたところから見ていたミズキさんは俺の服のボロボロさに絶句していた。念話で『何でこんなに服が破けているのに殆ど無傷なの』とかの質問ぜめにあったけど、答えるのが面倒になってきたから帰ってから説明すると言ったら一旦落ち着いた。
白鈴の人が気まずそうな顔をしながら緑帯の現当主の後ろへ座った。
緑帯の現当主は腕を組んで何かを考え込んでいる。ついでに、なぜかチラチラこっちを見てくる。その視線やめてくれ、なんかここから逃げたくなるから。
「これで、婚約に関してお許しをいただけますか」
群青さんと翡翠さんが堂々とした態度で頭を下げた。まぁ、この状況で反対されることは可能性としてかなり低いだろうから、自信持ってお願いできるんだろうね。
「……勝敗で決めようと提案したのはこちらだ。ただし、婚約はまだ許しても結婚はまだだ。そもそも互いの区域をどうするかが決まっていないのだから」
「はい! ありがとうございます、お父様!」
翡翠さんがめっちゃいい笑顔で答える。一旦結婚していいかという答えが据え置かれた状態だけど、一歩進んだのが嬉しいんだろうな。
……そのまま何だかんだで婚約破棄に持ってかれなければいいね。
『ねぇ、これって解決したの? 婚約はいいけど結婚はダメってなってるのって大丈夫なの?』
『いや、大丈夫ではないかもな。緑帯の方は婚約破棄に持ち込もうと動く可能性が高い。青笠側は……どっちでもいいって思ってそうだな。そもそも絶対に反対なら俺と白鈴の対決なんて阻止するに決まってる。俺のこと、あの人はある程度掴んでるみたいだし』
『それ、絶対に勝てるって自信があるってことだよね。ブランって何者?』
『さぁな。俺もよくわかんないよ』
婚約云々は当事者たちでなんとか結婚まで持っていってくれればいいと思う。もう巻き込まないでくれ。
これ以上の干渉は無理、というか嫌だ。こっちの身が持たない。
一応? 会談という名のよくわからん婚約騒動が終わり、婚約記念にと酒盛りを始めた両陣営。この人たち結局仲いいのでは?
今は護衛の仕事を請け負っているので酒はやめておく。……帰ったらこの前買った15万のワインで晩酌する。今日はそれくらいしないと疲れが取れない気がする。
念のためにアニマルゴーレムを配置して周辺の様子をチェックしているけど、これ意味あるんかな。とか考えてたら白鈴の次期当主が近付いてきた。
「60区当主。話をしない?」
「いいですよ。それで何が聞きたいんですか、白鈴の次期当主さん。答えられるのと答えられないのがありますけど」
「……案外あっさりしてるのね。それじゃ聞くけど、昼間の空を割ったのは何?」
まぁ、そこ聞きたいよな。隠さなきゃいけない事だけど、嘘はつけない。嘘ついたら多分バレるから。
特に化け狸の一族は人の感情の機微を察するのにとても長けていると聞くし、一回嘘をついたら今後もつき続ける必要があるから、嘘は言わずに誤魔化した方が後々楽になる。
「あれは……練習したらできるようになりました」
「は?」
「ですから、頑張ったらできました」
嘘は言ってないよ。練習したんだよ。
勿論『魔法です』とか言えない。
普通に嘘つきと判定されるのならまだマシで『魔法なんてものがあるのか』と知られると厄介なことになりかねない。下手すれば俺が実験動物ルートだ。
運が良かったのは、雪女の温度調節能力みたいに種族的な特殊技能が存在するから『種族柄使える力なのか』と思い込んでくれる人が多い。だからこそ種族は隠す必要がある。
魔法なんて力、一部の人間も使えるなんて広まれば『60区当主が特別だから』という考え方が壊れてしまうし、それで狙われるのは俺の周りにいる人たちだ。ソウルたちを守るためにも、俺はこう答えるしかない。




