三百五十日目 歌を詠む
お久しぶりです……すみません、最近あまりにも更新できていませんでした。
いや、あの……ポ○モンとか……やっちゃってました……。今作ストーリー凄くいいですよね。
現在新型コロナに罹っていまして、でも症状咳だけで元気で全然書けるのに、書いていませんでした。すみませんでした! ゲームやってました!
皆さんも体調にはお気をつけください。
シャベルの腹の部分で思いっきり横薙ぎに振り抜く。尖ってるところは危ないしね。
「くっ……!」
咄嗟に作られた氷の盾がシャベルと白鈴の人の間に出現してきたけど、これくらいじゃ勢いは止まらないよ。
派手に氷を砕きながら殆ど減速していないシャベルが白鈴の人の右脇腹に当たった。白鈴の人が踏ん張りきれずに真横に吹き飛んでいってそのまま十メートル先の池にドボンした。ヤベェ、なんか申し訳ない。
「っと、ちょっと力入れ過ぎたか……?」
節制使っているとはいえ常人の筋力は遥かに上回ってるんだから、人一人くらい簡単に投げ飛ばせる。そういえば、雪女って温度を操る力に特化してるから物理的な筋力はあんまりない種族じゃなかったか。
悪いことしちゃったかな……女の子を思いっきりシャベルで殴って池に突き飛ばしちゃった。……字面だけでみると俺結構酷いな。
バシャン、と池から白鈴の次期当主さんが上がってきた。キレてる。人の表情読むの苦手な俺でもわかる。あの顔は確実にキレてる。
周りの空気自体が冷え込んでるせいで滴った水滴が凍ってパラパラと落ちていっている。見るからに寒そう。
「……これは、痛いですよ」
怨嗟の籠った声と一緒に巨大な氷柱が打ち出された。シャベルで打ち返そうと振り下ろした瞬間、俺の眼前で氷柱が一気に溶けて思いっきり空振りしてしまう。
「なっ!?」
ただの虚仮威し!?
次の瞬間、横に飛び散った水滴が一気に凍ってガラスの破片みたいに腕や足をかすって後方に飛んで行った。……下手に動いてたら、確実に顔に刺さってた。俺の目の前で溶かして水飛沫を作らせてから、もう一回凍らせることで鋭利な刃物を量産する。えげつない。
目の前で溶かして脅すだけなんて、こんな無意味な攻撃しないだろと思って動かなくてよかった! 目に入ってたらやばいよ俺でも。流石に粘膜までは頑強じゃない。
俺の防御力だとこれくらいじゃ大した怪我はないけど、それでもちょっと血が出てて強化繊維の上着がズタズタになっている。俺の皮膚が切れるって結構な事だぞ。今一応ちょっとした強化の魔法もかけてるのに。
流石は日本でもトップクラスの戦闘種族、舐めてかかると怪我しそうだ。
……ぁ、この匂いは。
雨が降る。
急激な気温の変化で出来上がった灰色の雲が空を覆っている。いや、出来上がったというべきか、作られたというべきか。
俺と戦いながら白鈴の人、上空の気温を調節して雲を作ってたんだ。凄いな。
「降参してください。今ここで雨が降ればどうなるか、わからないわけじゃないでしょう?」
今にも降り出しそうな空を見上げて白鈴の人が言ってきた。
ダメージで言えば俺はちょっと腕と頰が切れてるだけで殆どない。対して白鈴の人は一発シャベルの攻撃が腹部に入っている。手応えはかなりあったから、下手したらちょっと折れてるかもしれない。
白鈴の人はさっきから能力を使い続けているのもあって見た目的には満身創痍だ。脇腹に手を当てたまま少し前屈みになっているのも痛みを堪えているんだろう。
どちらが優勢かは一目でわかる。だが、彼女が雨が降るという状況を作り上げたという事はとてつもない意味を持つ。さっき俺の服を引き裂いた氷の刃が頭上から降り注ぐ準備ができているという事だ。
しかもどこに行っても逃げられないし、雨なんて避けようがない。
普通ならここで詰みだ。普通なら、な。
「さっきのが来るんでしょう? 上から。この服じゃ防げないし、見ての通り頰が切れてるから攻撃もしっかり通る。これが貴女の必殺技ですか?」
「必殺技とか、子供みたいな恥ずかしい言い回ししないでください」
……なんかお気に召さなかったみたいだ。
「でもこれでもう動けないでしょう? どこに行っても雨は降る。逃げ場なんてないですよ」
「まぁ、確かに逃げ場はないですね。でも降参はしません。60区の当主がほぼ無傷で降参など、ありえない」
60区当主は基本的に降参してはいけない。降参すれば『ただ役目を降りる』だけじゃ済まない悲惨な目に合う。そういう決まりがある。
本当、ふざけたルールだ。変えたいけど、変えた途端に確実に暴動が起こるから変えられない。
これが日本一治安と頭の悪い区の当主の宿命ってのが笑えないんだよ。
「では……大怪我を負っても知りませんから」
白鈴の人は一瞬躊躇った後、腕を振り上げる。
空から氷の破片が大量に降り注いできた。とりあえずシャベルで弾くしかない。頭上に降ってくる氷を全部切って叩いて弾いていく。白鈴さんは自分の周りを熱で覆ってただの水に戻しているみたいだ。
「嘘……化け物じみてる……」
はいはい化け物ですよ。弾丸でも弾くのは難しくないからこれくらいはできる。けど、このままじゃ動けないな……どっちかが倒れるまでこの状態が続くっていう我慢比べになってしまう。
仕方ない。魔法を使うつもりはなかったんだけど、ちょっとだけ使って雨を止めよう。
「……秋風に、たなびく雲の絶え間より、もれいづる月の影のさやけさ」
片手でシャベルを振り回しながら軽く詠唱をして指を鳴らす。イメージ通り空に向かって突風が吹き、雲が割れて散り散りになっていった。
氷の刃が止み、辺りが静まりかえる。
「さてどうします、白鈴の次期当主さん。降参しませんか? こちらはまだまだ元気ですよ」
「……降参します。反則でしょう、それは」
これでとりあえず事態収束かな。
ちなみにさっき使ったのはただの風魔法。以前「風、通れ」だけで魔法が発動するとイベル達に教えたけど、もっと細かく制御できないかと色々試行錯誤した結果、俺の場合は吟遊詩人の能力を使った方が強くなることに気づいた。
だけど、戦闘中に歌ってられない。息切れするし、音程ズレるし。楽器を持ち歩くにしても、小さな笛程度が精々で色んな場面に対応できるかと言われたら疑問が残る。
そこで悩んでいた時にソウルが「和歌とかって、歌って入ってるけど使えないんですかね?」と。
これがまぁ画期的! だって短いし、結構色んな解釈があるって事は、色んな意味で使うことができるって事だ。
魔法とは、世界を騙して書き換える技だ。少なくとも俺はそう思ってる。
もっと簡単に言えば「こう変わってね」と世界にお願いして変えてもらう感じに近い。だから正確に伝えないと可笑しなことになる。多めに魔力を使えばある程度思い通りに誘導できるけど、魔力の消費が激しくなる。
そこで詠唱が長くなったりルーンを正確に書く必要が出てくるんだけど、歌おうと思うともっと長くなってしまう。
和歌はそれを解決してくれた。歌という形を保ちながら、かなり短い音の繋がりでどんな場面にも使える。しかもそこそこちゃんと伝わるから魔力消費も少ない!
あまり魔法を使いたくない俺にはピッタリだった。
……これを使いこなすためにって、有名な和歌、頭に叩き込むのがめっちゃ大変だったけど。
その場で即興で作ることができれば文句ないんだけど戦いながら歌を考えるとか、そんな余裕流石にない。
だからある程度有名な和歌を徹底的に頭に叩き込んだ。百人一首とかね。どんな場面ならこれを使うとかが直感的に分からないと使えないからね……。
ちなみにさっきのは百人一首の中の一つ、新古今集・秋上にある左京大夫顕輔の和歌だ。秋の夜の風景を描写してる歌だけど、俺は雲を散らすのに使えた。それくらい和歌には魔法としての汎用性がある。
覚えるのが大変っていう難点はあるけども、便利だよこれ。




