三百四十九日目 真正面から、堂々と
試合前に体をほぐしつつ白鈴の次期当主の様子を見る。
見た感じはかなりの軽装だ。防具らしい防具はベストとグローブくらいか? 彼女は能力重視の種族だから近接戦闘よりも動きやすさを重視したスタイルなんだろう。日本では色々と法律とかが厳しいのもあって、俺が得意な情報集めがあまり上手くいっていない。彼女の情報もほとんどないし。
下手に動くと俺が目をつけられやすい世界だから、向こうみたいに表に名前が知られるとまずい。そもそも俺の情報収集の仕方って結構適当な上に噂話レベルのものが多く集まってきて信憑性に欠けるものが多い。だから自分で確かめるって面倒なことしてるんだけど。
アニマルゴーレムで情報を探るにしても、まず情報が集まる都会に野生動物があまりにも少ないから紛れ込ませるのが困難なんだよなぁ……愚痴っててもしょうがないけどさ。
「ブラン、本当に大丈夫なの?」
「まぁ、なんとかなるよ。それよりも巻き込まれないようにお守りはしっかり持っておきなよ」
「う、うん」
返事をしながらミズキさんが握りなおしたお守りがあれば大体の攻撃から身を守ることができる。直接的な攻撃にはあまり強くないが、そっちに関しては別の道具がガードするから問題ない。
執拗に攻撃されまくったら流石に破られるけど、巻き添えを喰らわないようにするくらいなら十分だ。
さて、俺の武器はどうするか……殴る度に爆発するリリスは危なっかしくて試合では使えないし、いつも通り盾……いや、遠距離メインの相手に受け身だと一方的にやられかねない。死ぬことはないと思うけど、時間かかりそうだ。
「60区の当主、準備はいいですか」
「えっと……あ、これ使っていいですか?」
ちょうどいい感じの場所にシャベルが立てかけてあった。多分庭仕事用のやつだけど。
使っていいか群青さんに聞くと、「え、それ?」みたいな反応で、怪訝そうな表情ではあるものの頷いてくれた。
いい感じの、ちょい長柄の棒が手に入った。武器というよりかは道具だけど、今俺の収納には使いどころが難しそうなものしか入ってないし仕方ない。
「……それで戦うつもりで?」
「はい。重さとか、扱いやすさとか、割といいんで」
あまり筋力のない人も扱いやすいように改良されてるから、振り回すのは案外楽だ。
持ちやすいように作られてるのが嬉しい。
「それで負けても文句言わないでくださいね」
「大丈夫ですよ。結果は受け入れますし……まず、負ける予定はないんで」
シャベルを両手で掴みなおして白鈴次期当主に向ける。彼女は一瞬嫌そうな表情になったものの、すぐに真剣な顔つきになった。……新参者のくせに、とか思われてそう。
審判の人に目線を送ると、こっちが準備できたと判断して手を振り上げた。
空気感がガラッと変わった。この瞬間が昔は嫌いだったけど、今は案外嫌じゃない。張り付くような緊張感が結構楽しいと最近思えてきた。
いや、戦うこと自体は今もそんなに好きではないけど……ゲームならいいんだけど、下手に誰かの命がかかってるとかになってくると違う緊張感が走るし。その緊張感はあまり好きではない。そんなこと言ってられる状況でもないしね。
「はじめ!」
勢いよく振り下ろされた手とどちらが早かったか、急激に周囲の温度が下がる。
冷たい空気を吸った瞬間、鼻と喉が温度変化に耐えられずに痛みを感じて咄嗟に息を止めた。
少し離れた場所にある池が一瞬で凍りついてる。ソウルの氷魔法でも、このたった一瞬でここまで温度を変えることはできないかもな。ソウルの場合は環境変化よりも精度の高い遠距離攻撃に特化してるのもあるけど。
でも、ここまで急激な温度変化を作ったということは、彼女の負担もそこそこあるはず。今のうちに間髪入れずに攻める方がいい。
冷たくなったシャベルをしっかり握って一気に距離を詰める。二歩走ったところで、前……いや、足元に違和感?
よくわからんがなんとなくゾッとして急ブレーキをかける。直後、目の前に地面から氷の槍が生えた。すげぇ殺意を感じるのは俺だけだろうか……これ下手に突っ込んでたら怪我してたかも。俺の防御を突破できるかはわからないけど、少なくとも普通の人間だったら即死してもおかしくない威力はありそうだ。
「……硬質化、重量倍加、振動付与。これくらいか」
シャベルに軽く魔法をかける。全体を俺が振り回しても壊れないくらいに固めて、遠心力を加えやすいように重さを倍にする。重量倍加は相手の武器にかけて動きを鈍らせる使い方をする人が多いけど、俺は自分の武器に使うことがたまにある。遅くはなるけど威力は上がるから。
それと、振動付与。これはぶつかった時に発生する振動を更に増やす効果がある。固いものを固いもので殴った時に手が痺れるのと同じ感じだな。弾き返す時の威力は変わらないから実質的な戦闘力にプラスになるものじゃないけど、継続的なダメージを与えるのに特化している。
「それっ」
魔法をかけたシャベルで目の前の氷を横薙ぎに払う。
後付けで加えた振動が氷を内側から砕いて豆腐みたいに崩れていく。
氷の硬さに自信があったのか、白鈴の次期当主が目を丸くしている。まさか正面から砕いてくるとは思ってなかったらしい。その証拠に俺の立っている場所の真横に、今砕いたものと同じ氷の槍が出てきた。多分俺が目の前の氷を避けて向かってくるだろうと予想して早めに仕掛けたんだろうが……残念だったな。
「これでも60区の現当主なんでね。そうそう簡単にやれると思わないでいた方がいいと思いますよ」
白鈴の次期当主は面食らったのか、動きが完全に停止した。この相手を負かすには1秒でも動きが止まれば充分だ。
真正面から、堂々と。肉薄してシャベルの腹を使ってタックルした。




