三百四十八日目 半年以上の説得
なんで俺と白鈴が対決する流れになるの!?
「いや。おかしいでしょう。そもそもここは話し合いの場なんじゃないんですか? しかもなんで関係のない護衛同士で戦って結果に委ねるってなるんです? どう考えても普通じゃないですよ」
論理があまりにも破綻している。
そりゃあそうでしょ、だって俺関係ないもん! 当事者同士で話し合ってよ! そのための今日の話し合いなんじゃないの!?
次期当主側と現当主側で反発してるのが原因なんだから、そっちが戦うのならまだわかるよ! なんで俺なの、おかしいよ本当に! 来なきゃよかったって物凄く後悔してる!
「おかしいのはわかっている。だが、娘にこれ以上強く言うのは……その」
この爺さん、めっちゃ娘に甘いぞ! 自分の子に傷ついて欲しくないからって理由で周りに面倒ごとを押し付けるタイプの人かよ。最悪じゃないか……?
なんなら娘になら多少強く言ったっていいだろうよ、なんで汚れ役を俺に押し付けんの。
『ねぇこれってどうなってる状況? そもそもなんでブランに決めさせるの?』
『俺にもわからんよ』
なんでこうなってんの。しかもなんか戦えって雰囲気になってるし、白鈴の次期当主とかさっきから無言なのに準備運動しててやる気満々だよ。謎に乗り気なんだけど。
群青さんが近付いてきて、いきなり頭を下げてきた。青笠の次期当主が色付きでもない奴に頭を下げたことに周りがざわつく。
「お願いします、勝ってください!」
「いや、そう言われても……というか、俺が負けたら結婚できないんですよ? それでいいんですか? 群青さんの結婚したいという気持ちは他人にダメだと言われて曲げられるほど弱いんですか?」
色付きには色付きの事情があることはわかってる。だが、俺としては『親に反対されたくらいで諦められるものではない』と思っているから、彼の行動は理解し難い。正直、俺自身がそんな状況ならもっと抵抗する。
「いいえ、勿論本気です。ただ、普通に説き伏せようとしても父には届きません。実際、この話し合いの場を設けるまで数ヶ月かけています。ここで単純な話し合いをいくらしても終わらないでしょう。だからあなたをお呼びしたんです。あなたなら異種族との婚姻への差別意識はないでしょうし、もし父と対立することになってもこちら側について貰える可能性が高いと思ったので」
群青さんから手帳を渡された。中を見ろと示されるので見ると、半年以上に渡って週に二、三回のペースで父親と婚約者について話をした記録が残っている。
これだけ頼み込んで、話が進んでないってよっぽどだ……。頑固すぎるだろこの爺様方。
ちょっとだけ群青さんに同情。こりゃあ万が一を狙ってでも『結婚を許す』という言質を取りたくなる理由がわかる。数ヶ月間暖簾に腕押しの状態なら、もう交渉するのが辛くなってるはずだ。
「相手が白鈴の次期当主というのは予定外ですが……大抵の相手なら敵ではないでしょう? あなたを信じてますから」
「……もしかして、依頼の連絡が遅かったのって群青さんの仕業ですか」
「はい。近頃人間を雇ったと聞きまして、ギリギリまで警戒していたので」
こちら側の仕事をする時に人間を雇うという行為は極めて危険だ。俺たちのような特殊な種族は表社会では非常に生きづらい。俺みたいに血を飲まなければ餓死するみたいに重めのデメリットを背負っている種族は特にそう。
人間なら表でも堂々と動ける上に日本の法律が適応される。法律がかなりしっかり守ってくれるから案外安全だったりするんだよなぁ。それ故に一時期人間をスパイとして雇うのがブームになったらしい。
昔の話ではあるらしいんだけど、今でもいないわけじゃないから人間には警戒するのが常識なんだそうだ。俺もよくは知らない。
「あまり身辺調査に回す時間がなかったので、一応今回『人間を連れてきてください』と契約事項に入れていたんです」
「それ、彼女がスパイだった時に危なくないですか」
「そうなんですけど、そんなことに引っ掛かるわけないって思っていますから」
……よくわからないところで俺への評価がめっちゃ高い。
「それで、もうあなたに賭けるしかないんです。お願いします、勝ってください」
「無責任すぎませんかね……」
ここで逃げることはできる。だが、俺が逃げたら確実に白鈴が不戦勝になってしまって、群青さんが俺に恨みを抱くだろう。恨みを買うことになってしまうのは……まぁ、百歩譲っていいとして。
もしこういった展開にならなかったら、延々と話し合いだけが重なって何年かかっても許してもらえないだろう。自分の考えを貫き通す最後のチャンス、それを俺に託してきたんだろう。自分でなんとかしてくれとは思うけど。
「……わかりました。負けても文句は受け付けないので、そのつもりで」
「はいっ!」
『ねぇ、これでいいの? ブランとの戦いで決めるなんてよくわからない事になって』
『いいとは思わんけど。群青さんの言いたいことは理解できるし、現当主たちが一切歩み寄ろうとしていないのは問題だからな。手は貸そうと思う』
このまま永遠に結婚できないのではないか、群青さんはそこが心配なんだ。
実際、そうなる可能性が高いから俺を呼んだ。群青さんの中で最も成功率の高い賭けなんだろう。
今回は現当主側が試合を申し出たから、もし俺が勝てばそれ以上文句は言われないだろうし。
負ければ全部終わりだけどね。そこまでは考えないようにしてるんだろう。
「それでは、ルールはどうしましょう」
流石に屋内で試合とかできないので庭に出てきた。テニスコート数十面分くらいありそうな広さだ。狭すぎて動きづらいことはなさそうだ。
「武器は一つ限り。審判は青笠と緑帯から其々だす。審判の戦闘不能の判定か降参の宣言で勝敗を決める」
シンプルだな。
「それでいいです」
「わかりました」
本当、なんでこんな事になっちゃうんだろ……後で群青さんから経緯も事細かに聞き出さないと。




