三百四十日目 吉田さん
ミズキさんが表の店で働くようになってから二週間が過ぎた。
この店では表の店である『若干の瘴気避けを込めた、ただの雑貨を扱う店』と裏の店である『本当の意味で見える人専用の物を扱う店』の二つの入口がある。
ミズキさんが最初入ってきた入り口は後者で、特殊な方法でないと入店できない仕組みだ。だから毎回メイドたちに案内に行ってもらっている。
表に関しては本当にただのハンドメイドのアクセサリーショップに近い。パワーストーンとかを扱ってる店っぽい感じの雰囲気と言えば良いかな?
表の店の商品は大半がメイドたちの手作業で作られたもので、ソウル主導でデザイン案とか出して作られている。
正直、表の店の方は俺はほぼ何もしてない。だって俺よりもソウルとかエルヴィンの方がセンスいいんだもん。
エルヴィンのセンスだと異国風になるんだけど、それはそれでウケてる。
超一般人センスの俺にはついていけない世界だと思う。
「ブランさん、イヤリングまた無くなったよ」
「また? でもこれ以上の量産もなかなか難しいんだよなぁ……そもそもこっちは副業みたいなもんだから本腰入れてないってのもあるんだけど」
「でも表の店の方が売り上げ明らかに高いと思う」
「そりゃあ客の数が圧倒的に違うからね」
裏の店には人があんまり来ない。だって需要があんまりないから。
逆に表の店の需要は高まってきている。恋のお守りがわりに商品買ってく人が異常に多いからだ。
もともと情報収集のために始めた裏の店だけど、それだけじゃあ場所もったいないからって理由でなんとなく作った雑貨屋がこんなにも大衆ウケするとは思ってなかった。
だけどメインは裏の店だ。俺たちの目的は瘴気の流れ出てくる原因を突き止めて何とかすることなんだから。
ちなみに今は表の店を閉めた後で、裏の店の営業時間中だ。
表の店の売り上げの5分の1くらいの利益しかでない。
……そうだよ、暇だよ! だって人が来ないんだよ!
見える人はそんなに居ないからな! わかってますよ、そんなのは。
そしてミズキさんの言いたいこともわかる。わざわざ表の店閉めて裏の店やるより、表の店だけをずっと営業した方が圧倒的に利益になるって言いたいんだろ。
それはわかる、わかってるよ。でも金には困ってないし、表じゃ話にくいこともあるから……こうするしかないんだよなぁ。
「まぁ利益とか、あんまり考えてないし……別にいいかなぁ」
「そんなに適当でいいの、経営者って」
「俺もこの考え方ダメだとは思う」
でも変えようとは特に思わない!
人の来ないカウンターでそんな話をしていると、そばにあったベルが鳴った。
「……ミズキさん、音を立てないようにしゃがんで隠れてて」
「え?」
「いいから、静かに」
ミズキさんをしゃがませて数秒後、来客を告げる別のベルの音が鳴る。
やってきたのは紺色のスーツを着た黒縁メガネの男性だ。右手には大きなアタッシェケースを持っている。
「……毎度こんなところまで、警察って暇なんですね」
「ええ、こんなところまで来なきゃいけない私も大変なんですよ。本当、できれば正式に案内してもらいたいもんですね」
「お断りです。うちは利益とか何より従業員が一番大切なんで、何されるかわからないあなた方の案内なんて絶対にさせません」
この人は吉田さんという人で、一応所属は警察だ。
ただ、警察の中にも特殊なことをする人たちがいるらしく、この吉田さんもその一人。いわゆる『見える』人のみで構成された、人間以外のあらゆる種族を監視する仕事についている。
裏の店に来る人からも話を聞くことがあるんだが、あまりいい噂を聞かないから信用してない。
「それで? ご用件は? 聞いたところでこっちが動くかどうかはこっちで決めますけど」
「そうですか。では、毎度のことながら、年収900万ほどでどうですか」
この人たち、毎回最初に俺のことをスカウトしに来る。何されるかわからないし絶対ヤダ。
なぜかは知らんが俺が人間じゃないのバレてるっぽいし、明らかに胡散臭い。
「ああ、前より50万増えましたね。嫌です断ります。それで他には?」
「これでもダメですか」
「何千万提示されても無理です。ある程度情報聞き出したら、あんた達俺を物理的にバラすでしょ。まともな死に方できるとは思ってないけど、人体実験コースとかあり得るのが嫌」
「そんなことしませんよ」
「どうだか」
口ではいくらでも言える。ただ、こんな輩は後々になって手のひら返す可能性があるから油断ならない。
しかも恐ろしいのが、人間の法律が俺やエルヴィンには適用されないことがあるらしい。犬猫と同じような扱いになることもあるって噂だ。
どんな法律が有効で無効なのかはっきりとは分からない(調べるのがやたらと難しい)から、人体実験しても人間じゃないからOKとか、そんな記述とかあったらマジで俺死ぬ。
「で、他にはないんですか? ないならお帰りください。出口はあっち」
「そう急かさないでくださいよ。もちろんありますって、依頼が」
「誰からですか」
「青笠の一族からです」
これは……厄介ごとが舞い込んできたかもしれない。
吉田さんの所属する組織は全国の人間以外の種族を管理している。その途中で発生した厄介ごとはたくさんあるが、その解決を俺みたいな多少力のある異種族に持ってくることがある。
これは依頼と呼ばれ、これを解決するとお金がもらえる。それ以上に貸しを作れるって点が便利ではあるんだけどね。
で、今回依頼してきたのは青笠の一族。この依頼主は日本の裏の世界でも有名な烏天狗の一族だ。その人たちでも解決できない問題ということは、かなり難しい依頼である可能性が高い。
……断ろうかな、これも。




