三十四日目 蹄鉄亭
ふっふーん。どやぁ!
「ギル………セドリックさん」
「ん?」
「やりすぎです」
「だって馬鹿にされたから………」
「はぁ………」
なんだそのあからさまなため息。大分手加減したよ?
「四つ同時に書いてる時点で駄目です」
「そんな難しくないんだけどな」
だって動いてる向き一緒だし。
「あ、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。それより、その魔法なんなの? 複合魔法?」
「複合魔法ではないですね。全部初級魔法なので」
「初級? あの威力でかしら」
「はい。出す力の量や向きを細かく指定することで余計な部分のリソースを全部省いているんです」
例えば足場に使った土のルーン。あれは丁度足の大きさにピッタリあう分しか土を盛り上がらせていない。
中々高度な技術とか言われているけど、慣れたら簡単だよ?
「ここで教官として働かない?」
「やりたいことがあるのでそれはちょっと。それに吟遊詩人ですから誰も言うことなんて聞いてくれませんよ」
ここはもうそういうものだと割りきるしかない。正直言って吟遊詩人の不遇対応は振り切ってると思うしかない。
「じゃあここに体の一部を。爪や髪の毛、血でも良いわよ」
プツン、と髪の毛を抜いたらヒメノが大袈裟に驚いたような顔をした。
「なんだよ」
「髪の毛をめっちゃ丁寧に扱うイメージあったから………」
「俺は髪の薄い中年親父か」
別にすぐ生えるし毎日めっちゃ抜けるし。
因みにヒメノは爪だった。
「はい、これに間違いはないわね?」
「ないです」
「大丈夫です」
「じゃあギルドカードをどうぞ。無くしたら再発行に金貨3枚かかるから気を付けてね」
三万円か。中々お高い。
「はい。ありがとうございました」
………ん?
受付から離れて気がついた。
「ヒメノ。名前どうなってる?」
「こうなってます」
ヒメノの方にはソウル・ヒメノ・エステレラ。俺の方にはブラン・セドリック・エステレラと名前の欄にある。
「長っ」
「長いですね。しかも僕らの名前ミドルネームですし」
なんでこんな名前なのか心当たりは、ある。
「なんでパーティ名とギルド名なんだ?」
俺達のパーティ名はエステレラ。星って意味の言葉で適当に検索したら出てきたからこれにしようってことになったんだよね。
で、ギルド名はソウル・ブラン。ソウルは太陽でブランは月。これも適当に検索したら出てきた。要するに言葉は一切統一されてない。
「なんとも安直な」
しかも名前ではなくミドルネームで本名が処理されている。
ってことは俺達アバターネームで呼びあってたけどブランとソウルで呼びあった方が正しいのかこれ。
………ま、いいや。一応名前だし。
「クルルルル」
「レイジュ、お待たせ。留守番ありがとな」
「ブルルルル」
そろそろ暇をもて余していたらしいレイジュを少し撫でてから亜竜車に目をやると、その影から誰かが覗いてる。
存在感無さすぎて気づかなかった………
「あの、どちら様です?」
「む、拙者に気が付くとは中々の力量を持っているようで御座る」
御座る⁉
しかも拙者って言った。格好もなんか、こう、すごいそれっぽい。
「は、はぁ………?」
「誇ってよいぞ、小童よ‼」
なにを誇れと。しかも小童って………俺そんなに小さいかなぁ?
「貴方は一体…………」
「む、時間で御座る。ではまた会おうぞ!」
煙幕らしきもので目隠しをして逃げた。なんだあれ。いや、俺のゴーグル熱源探知モードついてるから丸見えなんですけど。
今のって、………忍者?
「なぁ、ヒメノ」
「見なかったことにしません?」
「………そうだな」
レイジュを連れておネェに聞いた宿へ向かう。そういやおネェの名前知らねぇな………まぁいいか。
道行く人にレイジュを二度見されながらも聞いていた宿に辿り着いた。
「蹄鉄亭……あってるよな」
蹄鉄亭。言いにくいようなそうでもないような宿だ。看板には馬の蹄鉄の絵が書かれている。
ここは従魔や馬専用の泊まる場所があり、レイジュ並みのでかさになるとこの宿くらいしか泊まる場所はないらしい。
ライトとヒメノに亜竜車を任せ、宿の中へ入っていく。おばさんが奥から出てきた。
「いらっしゃい。宿泊? 食事?」
「宿泊で。馬車もあるんですが」
「はいよ。何人?」
「三人………? いや、二人………? ………三人で」
使い魔は頭数に入るのかと思ったけど。いれておいた。お金にも余裕はあるしね。
「シングルかい?」
「はい」
「料金は朝と夕の食事付きで1日4イルク、一週間なら25イルクだよ」
「じゃあ一週間三人分で」
思ったより大分安い‼ 一日4000円、しかも食事付き(昼はないけど)とか安過ぎるでしょ。
「あ、馬車の方って」
「一台かい?」
「一台です」
「じゃあ追加料金はなしだ。餌代も一日分の料金にはいってるから」
これで追加料金なしとか。あ、いや。追加料金発生するかも。
「あの、馬車は馬車なんですけど、その、引いてるのは馬じゃなくて………」
「? どういうことだい?」
「見てもらえればわかるかと」
で、外に出た。レイジュを見ておばさんが唖然とする。
「まさかとは思うけど、亜竜種かい?」
「亜竜種です………」
「………お客さん」
あ、これ泊まるのやめてくださいとか言われそう。
ってことはまた俺は野宿か………
「お昼御飯もつけるよ!」
ウェエエ⁉
なんで⁉ なんでサービス増えた⁉
「こんなに間近で亜種とはいえ竜種を見られるなんて、ああっ……! 最高………!」
な、なんだろう………このおばさんの放つ雰囲気が熊とかを明らかに圧倒してる気がする。
正直ある意味では勝てる気がしない。そのレベルでレイジュを舐め回すように見ていた。
おばさん、若返った? 肌にハリと艶が戻ってますよ。
「ブルルルルル?」
「きゃー! 可愛い! 触って良い⁉ いいわよね⁉」
「い、嫌がらない程度なら………」
「フワフワ!」
レイジュすら引いてるぞ。
で、落ち着いたおばさんに色々話を聞いてみたところ、おばさんは所謂魔物、もしくは悪魔マニアだったらしくとある国で研究者として有名になった程の熱のいれようだったらしい。
………怖くてなんの研究してたとか聞けなかったけど。
で、当然次の標的は。
「ま、マダム。私は………」
「相当位の高い悪魔よね、貴方。最低でも小隊長レベルで」
悪魔マニアでもあるおばさんの標的になったのはライトだった。助けを求めてきている目を向けてきた。ごめん。俺こういう人止められないんだよね………。
宿に入れたのはそれから1時間後だった。
折角名前がフルで出たので唐突に人物紹介入りまーす。
今回は主人公です。これからはセドリックサイドと書いていたものをブランサイドと書きます。ヒメノも同様にソウルサイドと書きます。
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ブラン・セドリック・エステレラ
17歳で花の女子高校生(笑)で一応音楽科声楽専攻所属の俺っ娘。
どんなことも大抵人並み以上に出来るが、所詮人並み以上なので専門家には到底敵わない。それがコンプレックス。
言動からは判りにくいがかなり真面目でそれなりに人に好かれる性格。特に後輩には慕われている。が、本人がコミュ障なので話し掛けるのが苦手で仕方ない。
家族構成は父、母、姉、妹、それとかなり年の離れた養子の兄がいる。ただし、兄にあったことのある記憶はほぼない。
作者はナンパ大好きチャラ男かコミュ障俺っ娘か最後まで迷ったキャラで恋人がいるという設定にしたかったために俺っ娘に決定。
セドリックというアバターネームは何度も格好良い名前を考えて考え抜いた結果脱力し名前ジェネレータで出てきたやつに決定した(実話です)




