三百三十五日目 悠人君
どうしよう……家の鍵っぽいのはカバンに入ってたから、この入り口さえなんとかできれば入れるとは思うんだけど。
部屋番号を入れた後に暗証番号が必要らしい。どっちも分からない。
ソウルのスマホの画像やらを漁って俺の部屋が8階の右端の部屋なのは判明したが、番号が全く分からない。
「これ、適当に押してみるってのはやっていいのかな……。複数回間違えたら警備会社来るとかないよな?」
「僕こんな良いお家来た事ないんで分からないです」
入り口でモタモタしていると、ここの住民らしき人が来た。咄嗟に道を開ける。ラッキー! このままついて行けば入れるんじゃないか?
ソウルもそう思ったらしく、ちらっとこっちを見てきたので軽く目だけで合図する。
「どうしたの、こんなところで?」
「え?」
視界を遮るようにして前に出てきたのはさっき入ってきた人。どうやら俺の知り合いだったみたいだ。そりゃあ俺だって多少の近所付き合いはするだろうし、顔見知りであっても不思議ではない。
……いや、この人……
「……悠人君?」
「なんで疑問形? っていうか、髪どうした? ちょっと青入れてイメチェン?」
「あ、ああ、うん。そんな感じ……」
なんでこの人が……? いや、違うな。多分俺がここに住むって決めた理由がこの人だろう。この人が住んでいたところに俺も来たって感じだろうか。
悠人君は難なく扉を開けて奥へ進む。
「彼氏さんと入らないの?」
「え、えっと、入る!」
イマイチ状況を飲み込めていない感じのソウルの手を引っ張って中へ入った。悠人君の部屋は俺の隣らしく、軽く挨拶だけして隣の部屋へ入っていった。
俺の部屋は一人暮らしにしてはかなり広い部屋だった。部屋が二つあって、トイレとお風呂はちゃんと別でついてて、ついでに俺の部屋にしては物が多めだ。
とりあえず座って冷蔵庫に入っていたペットボトルのお茶を飲む。
数秒の間の後、
「……で、隣の人は誰ですか?」
「そこが最初に気になる所なの?」
「当然でしょう! ブランさんの話から男の人の事聞いた事ないですよ! なんであんなに親しげなんですか!」
急にグイグイくる。
そんなに気になるもんなのかなぁ……ソウルの場合は顔が良すぎて女の子に囲まれてる図しか想像できないから、逆の立場になって考えたところで、いつもの光景だなって思うだけだけど。
「悠人君は年の離れた幼馴染? ってやつかな。ゲームを教わったのは全部あの人からで、小さい頃から色々と遊んでくれたんだ」
実はVRのゲームの中でもフルダイブ系と呼ばれる『意識を完全に切り離す』タイプのゲームは親の承認や医師の診断なしでは買えない。心臓や脳に持病がある人は発作が起きた時にすぐ対処できなかったりする可能性があるからそもそも購入の許可が下りない。事故ったら誰が責任取るんだって話だしね。
俺がゲームを買った時に手助けしてくれたのが悠人君だった。悠人君が保護者として名乗り出てくれなかったら俺はソウルにも出会えていない。
小学生でフルダイブのデバイスを揃えることができたのも、悠人君のお古の機器を譲ってもらえただけにすぎない。
悠人君は両親がずっと海外で、殆どを一人で過ごしている人だった。たまに帰ってくる親の気をひくためなのか、それともただの天才か、悠人君はありとあらゆるジャンルで完璧だった。家の押入れには大量のトロフィーがしまいこまれていたのを覚えている。
そんな家庭環境だから、華やかな姉と優秀な妹に挟まれた凡人の俺を重ねたのか、やたらと俺を遊びに誘ってくれた。正直、ソウルを除けばこの世界で最も信頼している人物は悠人君で間違いないだろう。
確実に憧れの存在だった。
「あの人を真似て色々やってはみたが……どれもこれも中途半端でな。俺の作った『セドリック』のモデルは悠人君だ。悠人君みたいに何でもできる人になりたいと本気で願った結果がセドリックだったんだ」
流石にセドリックの顔まで悠人君に寄せると悠人君に見られた時に恥ずかしいので、顔は全く変えたけど。男性のアバターにしたのはそういった理由からだ。
「ブランさん……あの人、好きなんですか?」
「いやいや、違うよ。それは絶対に違う。俺にとっては兄貴とか、そういうイメージに近いんだ。悠人君が好きなのは俺の姉の方だし」
「お姉さんですか」
「ああ。バカだけど顔はいいからな」
姉が当時中学三年生で「8×8=80」って自信満々に言っていたのを俺は忘れない。
世間知らずという言葉があるが、姉が知らないのは世間じゃない。常識だ。
姉を見てると義務教育って意味あるのかって思えてきたもん。
「ふーん……そうですか」
「なにその反応。まぁ、いいや。とりあえず今後のこと考えようぜ」
俺の部屋のものとかもひっくり返しまくって色々調べることができた。運が良かったのは置いてあったPC(ゲームデバイス付き)が指紋認証でロック解除できるタイプの物だったこと。これなら番号わからない俺でも開けることができた。
その結果、どうやらさっきカフェで確認した通り、俺とソウルはちゃんと生きていてあの電車事故もなかったことになっていた。
ゲームのログイン画面を確認したら、つい昨日もゲームをやっていたことが判明。しかもソウルもやっていたらしく、チャットのログが残っている。
「俺たちがこっちに来たことで、ここにいた俺たちはどこへ行った……? どうしてこうなってるのか、見当もつかん」
俺は自分たちが死んでるものだと仮定してた。だって死んだしな。
死人が帰ってきて面倒なことになるのはまずいかなと思っていたのに、なぜか俺たちは生きて日々を過ごしていた。その形跡はしっかりと残っている。
一瞬、前みたいに『違う日本』に来てしまったのかとも思ったけど、感覚からして魔法を失敗した感じはなかったし、なんとなく此処は俺の知っている日本だと思う。
「俺たち、此処にいていいのかな……。なんか、すごい部外者って感じがする」
俺たちはこの世界にいた俺たちをどこへやってしまったんだろう。
悠人君に関しては急に出てきた人物ではなく、ずっと出したいなと思っていたキャラクターでした。実は主人公が彼の話をしているシーンがあります。もし気になる方がいたら読み返してみてください。




