三百三十三日目 日本に来た日
ーーーーー《ブランサイド》
困った。困ったことになった。
目の前にある現実が衝撃的すぎたせいか、人が気絶してしまった。
あっちならまだしも、日本でこんなことになるとは思ってなかった……。
「マスター……どうなさいますか」
「とりあえず寝かしとこうか……俺が横にいるから基本業務は任せる」
「かしこまりました」
キリカに仕事を全部投げてしまった。本当、キリカの仕事量が最近半端じゃないから申し訳なさすぎる。
それこそ、日本に来てからみんな働き通しだし……どうにかできないもんかね。
俺たちは数ヶ月前、日本に帰ってきた。正直、最初は俺とソウル、望めばイベルが日本に行くんかなぁとか思ってた。まぁ付いて来たとしてもエルヴィンとライトが増えるくらいかと。
俺は言ってしまった「そろそろ帰るからエステレラ解散ってことで」と。そんなにすんなり行くとは思ってなかったけど、とりあえず時間かかってもいいからやるって事は宣言しとこうと思った。
そしたらもうメイド達が泣くわ喚くわで大騒ぎして、あまりにも煩いって近所が通報したらしく衛兵まで家に来た。
なんとなく、反対意見は出るだろうと予想はしてたんだけど。もうなんというか……みんなそのレベルじゃなくて。
赤ん坊より手が付けられない感じだった。
あまりの勢いにイベルはちょっと引いていた。俺だって引いたわ。
で、内々でゆっくり進めようと思ってたのに騒ぎまくった結果王族達にバレた。それで一時期かなり、それもめちゃくちゃ面倒臭いことになった。この話は、とりあえずカットで。長い上にややこしいから。
そんな訳だから当然の如くある程度の人達には俺が日本人ということが知られてしまった。もうどうでもいいけどね。なんで隠してたかって、本当になんとなく隠してただけだったし。
結果的に俺の素性、結構晒された。それだけだった。
……今回俺が急に日本に帰ると言い出したのにはいくつか理由がある。
もちろん気まぐれ、ではない。流石に気まぐれでこんな大掛かりな事はしない。
一つは日本の状況を調べるため。なぜかというと、瘴気があまりにも減らないことに疑問を持ったからだ。
魔法を使った時、その過程で瘴気という物はどうしたって発生してしまう。あの世界で魔法を使わないという選択肢は基本的に、ない。日本で電気もガスも水道もない暮らしを強いられてもほぼ不可能と考えられるのと同じで、魔法はライフラインの最も大きな部分だ。切り離せるわけがない。
だから瘴気が溜まってしまう場所を把握しておいて、それが危険の素に育たないよう管理するのが必要だ。
だが、明らかにおかしいと思うことが多々あった。
俺は瘴気が溜まりやすい場所を定期的に訪れて確認する業務がある。瘴気の溜まり場では強い魔物が出るし、瘴気を直に吸い込んでしまえば人や精霊などには毒になり得てしまう。それはわかっているから予め情報網を敷いてちょっとでも異変があれば誰かが対応できるようにしていた。
でも、瘴気は治らないどころか増していた。全世界で一斉に環境破壊するレベルで魔法使ったりしない限り、そんなのはあり得ないと思う。自然発生ではない。
それで俺が考えたのは「別のところから流れて来てんじゃね?」というシンプルな考えだった。
自分の持ってる情報でそう判断した。それだけ俺は自分の情報網に自信を持ってたし、明らかに各国の瘴気の排出量と近年の魔物の推移比較するとおかしいのがわかる。しかもこの一年くらいは俺が国も管理しきれていない瘴気溜まりを見つけたり監視したりしてるから、あからさまに魔物の量が増えたりしたら流石にデータで出てくる。
それから色々調べて本当にどこからか流れて来てたって事が判明した。
ただ、どこなのかはわからない。でも俺は高確率で異世界だろうなと思った。だって明らかに怪しいじゃん異世界。
どうしても何かしらのデータが欲しかったから日本に来たかったというのもある。よくわからないところを適当に探索するよりも俺の知ってる世界なら動きやすいしね。
問題なのは、前にも大きい壁だと感じた『記憶』の件だ。
日本に跳ぶ過程で記憶が剥がれてしまい、残せるのは異世界に渡る前までの部分になる。つまり完全に以前の状態に戻るという事が最低条件だった。どう頑張ってもそれ以上は残せない、はずだった。
そこが解決できたのは、意外にもレクスのおかげだった。レクスというより、レクスに付いている天使。天使に頗る嫌われる体質だから思いもつかなかったけど、もともと天使は異界を移動する事ができる存在であるが故にその手伝いもできるらしい。
ただ今回のことで手を貸すのは最後だと釘を刺された。ついでに『これで貸し借りはなしです』って言われた。……なんか貸しがあったっけ? まぁ、手伝ってもらえて超大助かりなんだけど。
最終的に異界移動を可能にする魔法を作ることに成功した。だけどどうしても『時間』はどうにもならなかった。
あの事故の日の地点にはどうしても戻せない。リアルタイムで過ぎ去った時間はそのまま向こうでも過ぎてしまっていた。それを覚悟で俺とソウルが最初に跳んだ。
付いた先は、なぜか駅前のカフェの中だった。俺の目の前にはアイス、ソウルの目の前にはコーヒー。向かい合う形で普通に着席していた。服装は今までの服で、横においてあるカバンとかは見た事がないものだった。俺とソウルの格好だけ妙に浮いてた。
あたりを挙動不審に見回しながら真横のカバンに手を突っ込むと、財布が出て来た。なんか若干の申し訳なさと罪悪感を感じつつ中を見ると学生証が入ってた。
俺の名前、俺の顔写真の入った大学の学生証が。




