三百三十二日目 紅茶とメガネ
今回も視点は主人公じゃないです。
突如現れたお店に足が竦む。
こんな風に出てきたお店、ホラーすぎて入れないよ!
「あ、あのやっぱり帰ります……」
「そうなさいますか? では帰り道はあちらです。振り返らずにお進みください」
帰り道が後ろにないって変な感じがする。けど、真後ろにお店が出てきたんだし、おかしいことは無い……いや、真後ろに出てきてる時点でおかしいんだけど。
足を踏み出した瞬間、ドアベルが鳴って中から背の高い男性が出てきた。
黒いパーカーに下がジャージというラフな格好だけど、凄く顔が整っているからか逆に違和感がある。外国人か、ハーフなのかな……日本人に比べると顔の掘りが深い。
「エルヴィン様、どちらに行かれるのですか?」
「ああ、いや……ソウルに話があってな。今帰ってきたのかと思って開けてしまっただけだ。それで、そちらの方は?」
「はい。ご予約いただきました遠山様です」
「予約? ということは……ブランの客なのか」
急に目の前に手が出てきて一瞬ドキッとしてしまった。どうやら握手を求められているらしい。日常で握手することほぼ無いからどうして手を出されたのかわからなかった。
外国人っぽいから握手は普通なんだろう。ちょっと戸惑いつつ手を出すと意外にも優しく握ってくれた。
「初めまして、エルヴィンとお呼びください。一応、この店のオーナーです」
「あ、オーナーさん……えっと、遠山です」
建物が洋風なのもこの人がオーナーならばしっくりくる。
なんというか……この人がこのお店にいるって思うと、凄く絵になる感じ。
格好は完全に部屋着のそれだけど。
「エルヴィン様、遠山様はお帰りだそうです」
「ああ、用事でもありましたか。お引き留めしてしまいまして……」
「いや、大丈夫です! やっぱり入ります!」
つい食い気味に入りますと言ってしまった。この人がいるってだけでこの店に入る価値はある! だってイケメンだから!
一瞬の沈黙の後、エルヴィンさんが苦笑しながらドアを開けてくれた。
「あ、その……すみません……」
恥ずかしさで死にそう。しかも完全にメイドさんの目線からはエルヴィンさん狙いってバレてるだろうし、羞恥心が本当にやばい。なんで後先考えずに入りますとか言っちゃうんだろう……。
「いえいえ。ごゆっくりどうぞ」
中は想像以上に広かった。天井には色とりどりのランプが飾られ、背の低いアンティーク調の棚が壁際に沿って並んでいる。
部屋の中心にあるいくつもの丸テーブルには様々なアクセサリーや、パワーストーンかと思われる半透明の石なんかが飾られている。棚の反対側の壁にはハンガーにかかった服がたくさんある。店の奥にはガラスケースが並んでいて、中には時計や指輪などがあった。
「こちらへどうぞ」
案内されるままついていくとステンドグラスで装飾された綺麗な扉の前に着き、エルヴィンさんが扉の横にある鈴を鳴らす。
すぐに中から「どうぞ」という返事が聞こえエルヴィンさんが扉を開けると、そこはカフェだった。数個のカウンターの席と二つのテーブル席がある小さくてどこか落ち着く部屋。そこのテーブルに私にこの店のことを教えてきた人が椅子に座って紅茶を飲んでいた。
「えっなんで」
「いやまぁ、ここ……ウチの店なんで。よければお掛けください。飲み物はどうされます?」
「いや、その……はぁ?」
何がどうなってるのか分からない。この人、自分の店の宣伝しにきてたの? しかも大学生だよね?
メニューを渡されても混乱しているからか文字が頭に入ってこない。
いつの間にか案内してくれた二人がどこかに行ってしまっていて、この場には二人きりになっていた。そんなことにも気付かないくらい、状況を飲み込むのに必死だった。
「あ、じゃあ、それと同じものを……」
「これですか? いいですよ」
ポットの中の紅茶を改めて取り出したカップに注いで出してきた。普段ならなんか怖くて手を出さないと思うんだけど、なんかもうよく分からない状況に翻弄されたせいか一息で飲み干してしまった。
「お、おお……火傷してませんか?」
「いや、そんなことより色々と説明してもらっていいですか。私をここに呼んだ理由とか」
「えっと、ここの店長的なのをやってまして。どうやら見える人っぽいし、やたら人気者だから大丈夫かなと心配になって連絡先を渡しただけですよ。心当たりあるから来たんでしょう?」
「人気者?」
全然そんな人気あるとは思っていなかった。そもそもどちらかと言うと陰キャだし、友達少ないのに。
「はい、物凄いんで……あれ、もしかして全部は見えてない?」
「え、どういうこと……」
「「………」」
沈黙。
なんか、すごい嫌なこと聞いちゃった気がする。
全部はってことは、もしかして……
「あの」
「いや、その……すみません失言だったかもしれないです……知りたいのならお伝えしますけど、知ったら後悔するかもしれない」
そう言われたら聞きたくなっちゃうじゃない!
怖いし!
「……教えてください」
「じゃあ、多分見た方が早いんで。こっちへ」
カフェを出て店舗の奥の方、ガラスケースの前に行く。店長? はガラスケースを開けて長方形のペンケースくらいのサイズの箱を渡してきた。開けると黒縁のメガネが入っている。
「覚悟してからメガネを掛けて後ろを見てください」
もうその言葉で何が起こってるかなんとなくわかってしまった。
怖すぎて見たくないけど、見ないとどうなってるか本当にわからないまま帰ることになる。そうなるとさっきの「全部は」の言葉が気になりすぎて眠れないと思うから見るしかない。
目を瞑ってからメガネを掛け、意を決してゆっくり目を開けると、
そこには十は居るであろう首のない黒い影が周りを取り囲んでいた。




