三百三十一日目 願いの叶う雑貨屋さん
新章に入ります! 前回短かったのでそこそこ長くしています。
ただ、最初は主人公視点ではないですし、全く別物の小説っぽくなってます。後々ちゃんと解説するので「なんか雰囲気変わったし読むのやめる」というのはそれまでお待ちください……!
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昔から、不思議なものが見えていた。
ふわふわした綿毛みたいなものだったり、うっすら光っていたり、変なモヤモヤだったり。その姿は様々だけど、どれもが私以外の人には見えないものらしい。
ただそこに在るだけで、それほど害はない。だから放置していた。周りには見えないものだと知ってからは、余計に無視することを心がけていた。
あの日までは。
私の住む街には様々な都市伝説がある。そこそこ発展していながら、山や川などの自然も残っているからか昔からたくさんの伝説が語り継がれている。
少し不気味なのは、その伝説の多くが河童や座敷わらしなどの『妖怪』にまつわるものであること。
人の見えないものを見てしまう体質だから、その単語には少し敏感で。しかもそんな話をしている時はそういったモノが近寄ってきやすい。言葉がわかっているのかは疑問だけど。
「咲、今日暇? 新しくオープンしたカフェがあるんだけど、そこ行かない?」
「あ、ごめん。今日はちょっとバイトがあって……」
「また? 頑張るねぇ。ま、それなら仕方ないか。また今度誘うね」
「うん。ありがと」
つい最近大きめのテーマパークが出来たこの周辺の土地は、以前と比べてかなり開発が進んでいる。もう田舎とは言えないだろう。
その関係でバイト先のカフェも人手不足で、社員さんに頼まれてシフトを増やしているところだ。ただ、最近数人新しく雇ったからかなり楽にはなってきたけれど。
大学の講義で使っていた教科書を鞄に押し込んでから席を立つ。ポケットに入れっぱなしだったスマホを見ると、かなり講義が押していたからか時間がギリギリだった。スマホを見たまま急いで通路に出ると、誰かとぶつかってしまった。立ち上がったばかりで体勢が整っていなかったせいか尻餅をつく。
「いたっ! ご、ごめんなさい! 前見えてなくて……!」
「いや、こちらこそ跳ね飛ばしてしまって……」
目の前のぶつかってしまった人は結構な勢いでぶつかったはずなのにフラついてすらいなかった。体幹が素晴らしいんだろう。
視界の端に映ったスマホの画面に表示された時刻を見て、もう走らないと間に合わないことを認識。
いや、まだ走れば間に合う!
「ごめんなさい! じゃあ!」
「あ、えっ?」
ぶつかってしまった人を置いてそのまま通路を走り、階段を駆け下りて大学をでた。とにかくバイトに遅刻しないようにすることが最優先になっていた。
電車に飛び乗り、かなり急いで、ギリギリ間に合った。
カフェの裏口へ走る。その時何かゾッとするものが、すぐそばを横切った気がした。
「!」
何かが、カフェの前にいる。見た目は人に近いけど、変なモヤモヤが身体中に巻きついている。
なんとなくわかる。あれは人じゃない。人ではない、何か不吉な存在。
「どう、しよう……」
声を掛けたくない。このまま無視することが一番良い。けど、無視した結果、店に入って行ったらどうしよう。誰かに迷惑をかけるのではないだろうか。
あれを招き入れたら、危険な気がする……!
その瞬間、それがこっちを見た。モヤモヤに全身覆われているから酷く顔は見えづらいけど、でも、目があったのはなんとなく感じた。
冷や汗がどっと吹き出したと感じた時にはカフェの裏口の扉を開けて中に飛び込んでいた。
「はぁ、はぁ……」
無理だ。あれを止められるわけがない。怖い。怖すぎる。
「咲さん」
「あ、近藤さん……」
「無断で遅刻。今月三回目。忘れてないよね?」
最近来たばかりの店長の近藤さんは元々遅刻しやすい私をさっさと辞めさせたいらしい。ただ、私の方が店長よりも勤務歴長いから追い出せずにいる。それでも三回目の無断での遅刻になると、態度の悪さとかで解雇理由になってしまうだろう。だから何としてでも遅刻は避けたかった……無理だったけど。
忙しいのか、それ以上話すこともなく店長は店の奥へ入って行ってしまった。
そのまま制服に着替え、若干遅れてタイムカードを切って店のテラスにある机などを拭きに行く。遅刻はしたけど、まだ交代には時間の余裕があるため本格的な仕事時間までは掃除などをするのが規則だ。
横目で入口を確認すると、さっきのヤバそうなやつは居なくなっていた。少しホッとする。
清掃を終えて店の中に入ると思ったよりお客さんは少なかった。平日の午後だし、これから混んでくるかもしれないけど、今の状態なら一人でも回せそうだ。
「ねぇ、私が交代するから先に休憩行ってきたら?」
「先輩、いいんですか?」
「今お客さん少ないし、交代できる時にしちゃおう。引き継ぎもらうね」
後輩の引き継ぎをもらって、先に後輩を休憩に行かせる。予定の時間よりも十分ほど早いけど、十分早く帰ってこれるからなんの問題もない。
レジにたくさん並んでる時に交代はできないしね。
交代した直後にお客さんが数人入ってきて少しだけ慌ただしくなった。早めて交代しておいて正解だったかな。
そうやっていつも通りの仕事をこなしていると、店長が出てきた。お客さんの様子を確認しているらしい。
一旦洗い物が増えてきたのでレジを後輩に任せて洗い物をすることにした。奥へ入るとなぜか店長も後ろをついてきた。
「あ、あの、何か?」
「咲さん、なんで勝手に休憩行かせてるの?」
「何でって、混んでない時の方が交代しやすいかと……」
「それ、許可してないよね?」
確かに、近藤さんの許可はもらってないけど。前の店長は休憩が後ろにずれるなら早めに行けって方針だった。
「で、でも櫻井さんは良いって」
「あの人はもう店長じゃないから。で、勝手なことする遅刻魔はうちには要らないから。今月中に退職してね」
「えっ……」
何も言い返せないうちに近藤さんはスタッフルームへ入って行ってしまった。
……どうしよう。いつまでもここでやって行けるとは、店長変わった時から思ってなかったけど。
でも、こんなにあっさり辞めろって言われるなんて……。
私、結構頑張ってきたと思ってたんだけど、そう思ってたのは私だけだったのかな。
半ば呆然としながら仕事を続けていると、急に声をかけられた。先ほど入ってきたらしいお客さんだ。この店の名物でもある、かなり甘めでクリームが大量に乗ったコーヒーを飲んでいる。
「あの」
「はい、ご注文ですか?」
「あ、いや注文じゃなくて。これ」
手渡されたものはウサギの模様の入ったキーケース。中から覗く鍵にもキーケースそのものにも非常に見覚えがある。私の家の鍵だ。
「えっ? これ、ウチの……」
「大学でぶつかった時、落としていかれたので。というか、走り去って行った後に机に置きっぱなしになってるのに気づいたので。学務に届けようかとも思ったんですが、見たところ家の鍵っぽかったので、それじゃあ困るかなと。学務5時半に閉まるし」
鍵を受け取り、頭を深くさげる。これがなかったら家に入れないところだった。
「ありがとうございます、こんなところまでわざわざ……」
「いえいえ。そんなことより、何か困りごとでも?」
「?」
どうして、そう思うんだろう。別に私何も言ってないよね?
「いや、なんとなく困ってそうな顔だったので。……もし、どうしても自分じゃ解決できないことがあったら、ここに行ってみて下さい。何か解決のヒントが見つかるかもしれませんよ」
「……宗教の勧誘?」
鍵を届けてくれた人はキョトンとして、小さく笑った。
「まさか。自分、宗教あんまり好きじゃないんで。それはただの雑貨屋ですよ」
机の上の小さなカードには店の外観と店名、電話番号が載っている。一見するとケーキ屋のような、可愛らしい洋風の店だ。名前は《エステレラ》とある。しかも雑貨屋と言っているのに【完全予約制】と書いてあった。
カードの裏面には大雑把な地図らしきものが描いてあった。ただ、おかしな点がある。
「これ、店の場所……広場ですよね?」
「ああ、いや、店の場所ではないんです。店がかなりわかりづらい所にあるんで、そこまで店員が案内してくれるんですよ。だから予約制なんです」
「なんでそんな面倒なことを?」
ますます怪しい。余計に行く気は無くなっていく。
「そんなに警戒しなくても。まぁ、なんでかと言うと……この店は紹介制なんです。理由は『この世ならざるものを見る人』が主に利用する店だからです」
「!?」
「心当たり、あるのでは?」
そんな言い方するってことは、この人も……?
「あの、どうして」
聞こうとした瞬間、背を向けていたの側の席から子連れのお客さんの声が響いた。
「すいませーん! 子供が零しちゃったんですけど、布巾もらえますかー?」
「あ、はい! お持ちします!」
振り返ると、もうその人がいなかった。
ぎょっとして入口に目をやるけど、影も形もない。
綺麗に飲み終わったカップと、《エステレラ》のカードだけがその場に残されていた。
ほんの少し迷って、エプロンのポケットにカードを突っ込んで布巾を取りに行った。
バイトが終わり少ししてから。数回電話をかけるか悩んで、やっと決心が固まった。少し震える手で通話ボタンを押す。
2コールで電話が取られ、女性の声がした。
『はい、お電話ありがとうございます。《エステレラ》です』
「あ、あの……初めて行くんですけど、今日の予約って」
『はい。本日でよろしいですか? お名前をお伺いします』
淀みなくスラスラと返答が返ってくる。たどたどしくも全部の質問に答えた。
『承知いたしました。それでは10分後、カードの裏に記載されている場所へとお越しください。ランタンを持ったスタッフがお迎えに上がります』
「え、ランタン?」
『はい。それでは、お待ちしております』
十分後の予約が今取れるなんて、ガラガラなのでは? と思ったけど口にはしない。そして待合わせ場所で待つこと十分。時間ぴったりにランタンを持ったメイドさんが突如現れた。
え? メイド?
この人であってる、よね? メイド喫茶の宣伝に来た人?
「お待たせいたしました。遠山様でお間違いございませんか?」
「あ、はい。遠山です」
この人だった……
「では、こちらへ。ご案内いたします」
メイドさんは路地裏に入っていく。わざとかと思えるほど酷く入り組んだ道を進んでいるので、後ろを付いていくだけでも一苦労だ。こんな所にお店なんてないよね?
なんだか不安になってきた。すると突然メイドさんが立ち止まる。
「あの……?」
「後ろをご確認くださいませ」
「後ろ?」
振り向くと、今出てきた路地はどこにもなく木々に囲まれた小さなお店が建っていた。店の中は色とりどりのランプが灯っているせいか、とても明るく見える。
「どうして……? いま、ここ通って」
「ようこそ。願いの叶う雑貨屋、《エステレラ》へ」




