三百二十七日目 『殺し』はなしだ
とりあえず今の状況は把握できた。
大きな問題は『各国で瘴気による被害が拡大していること』と『その被害状況の把握が追いついていない』というところだろう。
そもそも瘴気が集まりやすい場所は普通の人なら体調悪くなるから人里離れた場所にある事が多い。瘴気の集まりやすい場所付近に民家建てる人なんてなかなかいない。結構危ないしね。
だから被害状況を確認するのも大変なんだ。それぞれの街から調査隊を出すにしても一番近い瘴気だまりまで馬車で数日かかる距離にある事が多い。それを目で確認するだけならまだしも、瘴気から発生した魔物の対処とかも必要になるから余計に時間がかかってしまう。
一個の瘴気だまりの確認のために一週間以上かかるなんて事は珍しくない。しかもそれが複数個あるんだから、確認に時間がかかって当然だ。
「……各拠点のメイド達はどうしてる?」
「各々の判断で瘴気だまりの確認に行っています。大半は国から要請を受けているみたいです」
それなら、俺が今できる事は大してないな。基本的に拠点の運用や傭兵の仕事は各拠点のメイド達に任せてある。
ある程度以上の動きをする場合は俺やソウル、エルヴィンの指示がなければ動けないが、殆ど丸投げしているに近い状態だ。
メイド達は優秀だし、自分の意思で動いてくれるのなら任せようというスタンスでいる。
犯罪行為とかじゃなければ何をしてもOKだ。ただし、俺の倫理観に背くのはアウトだけど。
「それで、ブランちゃんはどうするの?」
「とりあえずメイド達の情報待ちですね。その間に五大国の国王達にアポを取っておいて、被害状況の確認が終わり次第、緊急会議です」
「緊急会議を独断で開けちゃうって凄いよね……」
「まぁ一応それくらいの地位と信頼は築いてるつもりなので。可能であれば魔王様にも同席していただきます。今回はちょっと、人族の領域で収まってないので」
魔族側からも意見を聞いておかないと。もともと魔大陸は瘴気が発生しやすい土地柄だ。その影響で魔物も強く、土地が痩せていたりする。人族もそうだが、魔人族の消耗が心配だ。
それでいうと、人族の大陸が瘴気で溢れているんだから獣人の方も大変なことになっている可能性が高い。
ただ、俺は獣人にやたら嫌われてるし、単純に拠点が設置できてないから獣人族の状況の把握が全くできていない。
「ああ、会議の開催に関しての連絡は昨日僕がやっておきましたよ。ブランさんの名前使って、五大国の王に速達で送ってもらいました」
「………そ、そうか……」
何この有能な人。怖いんだけど。俺この組織にいらなくない? いらないよね?
あと俺の名前使うのならせめて俺に言ってからやってくれ……。助かってるけど、流石に自分の名前で知らんことやられると色々問題がある。一応情報屋だし……。
「魔王様には、魔大陸で直接会う機会があったので、その時に話してあります。書面で通さなくても通信機で連絡とれば大丈夫ですよ」
「ああ……ソウル、俺の代わりに家長やればいいよ。絶対俺より優秀でしょ」
「何言ってるんですか、今更。ギルマスだった頃からブランさんは僕の上司みたいなモノなんですから」
「そうだよ、ブランちゃん。ギルマス? がなんなのかは分からないけど、ブランちゃんが運営してない組織だったら、私は入りたくないからね」
ソウルだけじゃなく、スフィアさんにも言われた。
ちょっと離れたところに立ってるエルヴィンも軽く頷いている。
なんでそこに関してはみんな同意してんの……? 俺にはよく分からない理由があるんだろうけどさ。
「じゃあこの件はソウルが対処してくれたってことで一先ずいいや。で、そのソウルの怪我についてなんだけど」
「これは……本当、大した怪我でも」
「魔法使わなきゃ治らない怪我、大したことない部類に入ると思うか?」
大きな火傷の痕がある。見たところ魔法の攻撃じゃない。
魔法なら、俺よりは低いとはいえ魔力系統の防御が高いソウルならここまでの怪我になる事はそうそうない。
よほどの大火力の魔法でなければここまでの事にはならないだろう。
俺の全力攻撃でギリギリこの状態にできるか、というレベルだ。もはや小国を一つ潰せるレベルの魔法だろう。
だが、魔法ではない火ならソウルの耐久性を易々と突破できてしまう。
魔法使いだからか、ソウルの防御力は相当低い。昔から俺が盾役でソウルの前に立ち続けたせいか、ソウルは遠距離攻撃と治癒に特化するという非常に偏ったステータスになってしまっていた。魔法使いなのに援護系の魔法全然使えない。いや、使えはするが弱い。
結果、ゲームの中でのソウル(ヒメノ)は耐久値低い、バフやデバフ系の魔法がほぼ使えない、魔法使いなら基本使うであろう飛行などの移動系魔法も苦手だから徒歩移動しかできない治癒のできる高火力遠距離射撃砲というキャラクターだった。
当然めっちゃ狙われるからパーティ組んでる時は俺がずっと守ってた。
そのステータスは今でも変わらない。
「これは、その」
「さっき刺客が来たと言っただろう。そいつにやられたんだ。乗ってる途中の馬車に火を投げ入れられてな」
「エルヴィン!」
ソウルが言い出すのを渋っていたら、後ろにいたエルヴィンが理由を伝えてくれた。
そうか。俺が乗ってると勘違いしてソウルを襲ったのか。ソウル以外の被害は馬車だけで、ソウルが御者含め他のメイド達をかばったせいでこんな大火傷になっているらしい。
「……ソウル、とりあえず無事で本当によかった」
本当にホッとしたからか、そんな言葉が出た。直後、頭の中がスッと冷えていくのを感じた。
「……! エルヴィン、ブランさん止めて!」
立ち上がった瞬間、エルヴィンに羽交い締めにされた。身長差のせいで足が浮く。
「エルヴィン、離してくれ」
「ダメだ。悪い、今のブランに話すべきじゃなかった」
「いいや、最高のタイミングだよ。今が一番生きてるうちで冷静な気がする」
間違いない。考えがこんなに早く纏まったのなんて、生まれて初めてだ。
「何する気だ、ブラン」
「当然、刺客のところへ行くんだよ。誰の差し金か、全部突き止めて全世界に晒す。安心しろ、俺は『殺し』はしないから。俺がやるのはとりあえず『社会的抹殺』だ。その上でどうするかは後で考える」
さっさと動かないと。
逃げられたら、社会的に殺せないじゃないか。




