三百二十二日目 限界がきた
ユージンさんの傷が増えてきた。
種族柄頑丈なはずだから多少は大丈夫だと思うけど、どんどん切り傷が増えていっている。
最初のキレもなくなっているし、そろそろ全力戦闘は無理が来ているはずだ。
「こっちも、もう……」
最後の矢筒も、とうとう半分使ってしまった。残りは10本。矢の威力が高くないから、ちゃんと狙ったところに当てられたとしても数匹倒すのでやっとだろう。
敵の数は、ほとんど変わっていない。
俺とユージンさん、牛で手分けして倒しているが……倒しても倒しても次が来る。
どっからやってきてるんだこいつら……
「牛、大丈夫か?」
「グゥ………」
牛はユージンさんと俺のサポートに回ってくれている。俺の矢筒の追加を運んだり、ユージンさんの援護をしたり。だが、牛にも攻撃が何度か当たっていて、肩や背中から血を流している。
俺の腕も限界が近い。もともとあまり戦闘に特化した機体として作っていないからか、予想以上に耐久性に難ありだった。折りたたみ式で威力の出ない弓を無理に使って目一杯右腕を動かしているせいでさっきから変な音がしている。
おそらく、肘のあたりの動作がおかしくなり始めている。こんな長時間連続使用すると想定してなかったから、熱を持って歪みつつあるんだ。
それでも目の前の敵は止まらない。なんか、思っていたよりピンチかも……?
「……え?」
突進してくるクマみたいな猛獣の足を止めようと弓を構えたら、右腕が上がらない。
突然、視界が回転した。
「パルキュイ!」
ユージンさんの叫び声のあと、なぜか目の前が真っ暗になる。数秒の暗転の直後、顔を上げるとすぐ近くに牛とユージンさんがいた。もうみんなボロボロじゃないか。
「すみません、撤退しましょ……う?」
立てなかった。両足、根元から吹っ飛んでいた。
これ、生身だったらヤバいなぁ。なんか冷静に分析しちゃってるという事は、多分相当追い詰められてるんだ、今。
ヤバい時ほど冷静になるタイプだから。
「おい、足……!」
「はい。吹っ飛びました。右腕も上がらない。ユージンさん。撤退してください。牛に乗って、全力で」
「お前冷静だな……わかった。運ぶから腕を」
「俺は置いていってください」
これじゃあ、正真正銘のお荷物だ。多分さっきの暗転は、腕が上がらなくなったことに動揺している間にクマみたいなやつに吹っ飛ばされたんだろう。今俺が座り込んでいる場所はさっき弓を射っていたところから大分後方に下がっている。
地面に何かが引き摺られた跡みたいなのも付いている。背負っていた矢も真ん中から筒ごとへし折れて全部折れてしまった。吹っ飛ばされた俺をユージンさんと牛が引きずって下がってきたらしい。だけど、もう俺は何の役にも立たない。
「置いていく、だと?」
「はい。今の俺は牛にしがみ付くことすらできません。乗せてもらったとしても、牛も全力で走れないでしょう」
「本気で言ってるのか? そう言われて置いていくほど、薄情だと思うのか?」
牛も抗議のつもりなのか唸り声を上げる。
「人っぽい見た目だから、お忘れですか? 俺は『機械』です。俺の替えは利きますが、ユージンさんと牛の替えはいません。罪悪感なんていらないんです。俺は生きてないから」
「理屈じゃなく、感情の話をしてるんだよ! 言葉でわかってても、納得できないことはある!」
「わかってます。ただ、今回は俺をただの機械と認識してください。……二人には死んでほしくない。安心してください。俺は死にませんから」
そう、この体は機械だ。理論上、外側が壊れても俺は死なない。
ただ……俺がこの中に入った経緯や準備不足などの不安要素があって、この体死んだら俺も死ぬってことは、ありえなくもないんだけど。それを言ったらユージンさん、絶対俺を担いで逃げようとするから言わない。
「本当だな? 嘘じゃないな?」
「はい」
理論上はね。
「早く行ってください。数秒足止めします」
「……わかった」
牛に乗ってユージンさんが走っていく。敵である獣たちはどんどん街へと距離を詰めてきている。もうすでに門のすぐ近くだ。
右目がバキンと音を立てて割れ、視界に大きく罅が入った。
体の燃料をかき集めて火を噴くくらいはしてやるか……多少ビビってくれれば良いんだが。
「ねぇ、あなた人間? 違うよね?」
急に声をかけられて顔を上げると、若い女性が立っている。……誰。




