三百二十日目 門の先には
牛に乗って走りながら周囲の様子を確認する。
急に見張り台の鐘が鳴ったからかみんなパニックになりつつあるから、このまま速度を上げたら交通事故が起こるかもしれない。今俺たちが走っているのは馬車専用の大通りだが、人が飛び出してこないとも限らないし。
「パルキュイ、もっと早く行けないか?」
「牛ならもっと速く走れますが……周りの人がこの混乱だと。ここで事故でも起こしてしまう方が状況としては最悪です」
「それもそうか……だが、音が近づいてきているぞ。かなり街に近い」
角鬼族であるユージンさんの五感はかなり鋭い。
俺もそうだが、鬼族という種族は何かに特化している代わりに大きなペナルティを背負っている場合がある。吸血鬼なら『血を飲めなければ極端に弱体化、もしくは餓死する』というわかりやすい欠点だ。
角鬼族は、特徴とも言える角が生命線になっている。軽く衝撃を与えられただけで体の動きが大きく鈍るらしいし、折れでもすればほぼ即死。生き延びたとしてもまともな生活が送れないと何かの文献で読んだ気がする。
ただ、その情報に関しては事実かどうかはよくわからない。だいたい、書いてあったのが人族の大陸で見つけたボロボロの本だったし。
正直まともな情報なのかは、何とも言えないところだ。
それでも鬼族という種族はそもそも身体能力に優れているというのは共通認識だ。まぁ、例外もあるけど。
「! パルキュイ! 来るぞ」
前方から爆音とともに火柱、黒煙が上がる。
「魔法……? いや、魔法で出来た火じゃない……!」
火柱が見えてわかった。あれ、魔法として作られた火じゃない。
魔法で作った火と摩擦熱などで作った火は若干の違いがある。単純に魔力が含まれているかどうか、というところでも見分けることができるが、火の形で何となくわかる。魔法で作られた火は形が整っていることが多い。そもそもイメージで作られてるんだから、綺麗な形になりやすいんだ。
炎の色とかでも何となく見分けることができるけどね。
「魔法じゃない、のか? じゃあ、あの火は何だ」
それまで大きな熱源がなかったのにあれ程までの火力が出せるのなら、多分……
「火薬……ですかね」
「かやく? 何だそれは?」
この世界にも火薬はある。まぁ、一般的に普及してるのは爆薬とかじゃなくて狼煙とか煙幕で使われる、ほんのすこし燃える程度のやつだけど。
ただ、それもかなり珍しいグッズとして認識されている。そりゃ、何の道具もなく発動できる魔法なんて便利なものがあるんだから、いちいち持ち運んで嵩張るようなものは持ち運ばないだろうな。しかも下手すると手元で爆発したりして普通に危険だし。
だから火薬は一般的な道具ではない。どちらかというと、どっかの研究者が実験室で少量使ってるというイメージだな。案外簡単に作れてしまうが、この世界での重要性はそれほど高くないから、俺も放置してたんだけど。
「燃える粉、くらいで考えてもらえればと。ただ、あそこまでの火力を出すには樽数個分くらいの粉が必要なので、少量ならばあまり警戒しなくても大丈夫だと思います」
こう考えると、火薬ってコスパ悪いな。魔法ならあれくらいの火柱生み出せる人はたまにいる。その人連れて来れば持ち運びもほとんど考えなくていいのに。多分火薬の設置だけで結構面倒だろ。
……いや、今考えるべきはそこじゃない。……何で火薬を使ったんだ?
「というより……なぜ火薬を扱えるか、が重要……?」
ただそこらの獣が瘴気に当てられて街に突っ込んできているのなら、この爆発はありえない。魔法の炎なら、炎を吐く蜥蜴とかがその獣に混じってるだけかなとも思えるが、火薬を用意できる時点で確実に人の手が加わっている。
しかもあれだけの爆発を起こせるほどの火薬を持ち込んでいるということは、ある程度以上の知識は備わっていると見るべきだ。と、なると……
「ただ火薬を【燃える粉】として認識しているだけじゃないとしたら……!」
銃や大砲なんかを作る技術を持っているとすれば、この街の人はおそらく対処できない!
魔法で防御するより早く撃たれてしまうかもしれない。
「っ、状況が変わったかもしれません。牛! 全力で走って!」
牛がこっちをチラリと確認して道の端にそれていき、思いっきりジャンプ。何で!? と思ったら細い塀の上に飛び乗り、全力で走り出した。
えええええ!? お前頭良すぎるだろ!?
「ははは! こいつ凄いな!」
「いや、なんかもう……凄いを通り越してませんか……」
驚いた結果、一周回って冷静になれたかもしれない。
牛の塀の上ダッシュにより想像以上に早く目的地にたどり着いた。焦げ臭い匂いが辺りに充満している。
「おいおい、どうなってるんだ?」
「本当、どうなってるんでしょうかね……?」
街を外敵から守る門が木っ端微塵になっている。魔法的な耐性は高くとも、物理的な耐性は低かったらしい。この世界で火薬の恐ろしさを見るとは思ってなかったよ。
周囲に怪我人はいなさそうだ。鐘がなってすこし経っているからだろうか。魔大陸では危険が多いから危機察知能力が高い人が多いのかもしれない。
「あの数、どれくらいだと思いますか?」
「……数百、いや千は超えてるか」
遠く、黒い影がこちらに迫ってきている。凶暴化した動物や魔物たちだ。
これは……俺、体バラバラになるかもな。




