三百十九日目 地鳴りからの鐘の音
コルナピ教……まさかこんな宗教がらみのことに巻き込まれるとは思ってなかった。
そもそも宗教関係については調べると面倒ごとに巻き込まれることも多いからあんまり知らない。
様々な情報を取り扱っている情報屋の自負はあるけど、宗教に関わることを下手に探ると危険がかなり伴う。
メイドを送り込むとか、ゴーレムを使うとか、色々探り方はあるんだけど。
もし調べていたことがその宗教にとって不利益を被ることだった場合、バレた時のリスクがあまりにも高い。宗教って本当怖いよ。
下手したら死ぬことが美徳になってたりするし。
実は情報屋を始めてすぐ、その線引きに失敗して大変なことになった時がある。
周辺諸国の村の食料事情なんかを調べてたんだけど、とある村で失敗した。なんか異様にトウモロコシに似た野菜だけが高騰していて、なんでこの村だけ? って不思議に思って調べたら村全体で信仰されている宗教的行事のゴタゴタに巻き込まれた。
なんかトウモロコシっぽい野菜は何らかの儀式に使う供え物だったらしいんだけど、なんかよくわからない理由で供え物の内容がよそ者にバレてはいけない、みたいなことを言われた。
本当にあの時は意味わからなくて、頭の中は「????」だったよ。
なんか毎年違う供物をお供えするらしいんだけど、その供物が何かは基本的に身内でしか明かしてはならない、らしい。なんか他人にバレると儀式の効果が弱まるかなんかで。
で、俺が勝手に村に入ってきて供物が何かって調べちゃったものだから村中敵に回してしまった。我々の儀式を壊す気か! って。いや知らんかったし。申し訳ないけども。
正直村総出で攻撃されても多分大丈夫だけど、色々言われて精神的に辛かったね。
そんな事があったからちょっと宗教関係はトラウマで、調べようとも思ってなかったんだけど……
「こうなると調べておいても良かったかなぁ……」
どちらにせよ面倒ごとがどこかで起こるのは、もうどうしようもないのか。
「パルキュイ、牛はどうやって救出するんだ?」
「それなんですが……あまりいい案が浮かばなくて。あれだけ人が密集していると、かなり大型の牛を運び出すのは結構難しいんですよ」
あれが子犬レベルの大きさだったら抱えてダッシュで逃げればいいのかもしれないけど、牛だ。
しかもかなり大型だ。普通の牛というよりもレイジュに近い種だと思う。霊獣ではないだろうけど……。
本当、あの牛何者なんだろ? 適当に足が速そうだったから連れてきたけど。
「……? なぁ、なんか地鳴りがしないか?」
「地鳴り?」
ユージンさんが急に辺りを見回し始める。俺も耳を澄ますが、特に何も聞こえない。
目の前の牛様群衆が喧しいからか、それ以外の音がよくわかんないかな。この機体の性能限界ってことも考えられるけど。
「どんな音に聞こえますか?」
「何か……近づいてきてる、感じか? それもたくさん」
ユージンさんがここまでハッキリ「何かある」と把握しているのなら、その通りなんだろう。ただ、今の俺では判断しきれないだけだ。
普段なら魔法を使うとか、アニマルゴーレムを使ってみるとか、色々調べる手段があるんだけど。運悪く今はそれらの手段はほとんど使えない。周囲の環境把握が難しいのも、この体の改善点の一つだな。
「どの方角からとかはわかりますか?」
「そこまでは流石に。あっちの方が音が大きい気はするが」
指さす方は森があるはずだ。鉱山の方でないだけマシかな。土砂崩れの前触れとかだったら、今の俺じゃ何もできない。
ガンガンと甲高い音が耳に飛び込んできた。数秒の後にその音がどんどん町中に広がっていく。何の音なのかはすぐにわかった。
「見張り台から、ということは……」
「地鳴りは単純な災害ではないみたいですね」
この街の見張り台は東西南北に一つずつ、中央に一つある。それぞれ危険を察知したら鐘を鳴らし、鐘の音が聞こえたら各見張り台も鐘を鳴らす。つまり最初に鳴ったところが最も危険に近い場所になる。
一番に鐘が鳴ったのはユージンさんが指差した方角、南だ。
「行きます。何が起こっているか、確かめなければ」
「わかった。一緒に行こう。ただ、牛はどうする?」
「……牛は、自力でなんとかしてもらいましょう」
「なかなか酷いな……」
もう牛は俺の力ではどうにもならない気がする。頑張って抜け出してほしい。
南に向かう道を確認。ここからまっすぐ道を進めば鐘の方へ着きそうだ。牛に対して両手を合わせてゴメンのポーズをとってみせる。だって近付けないし……。あ、牛が気づいた。
おいていかれそうな事を察したのか、泣きそうな顔になってる。罪悪感……。
いやでもお前そんなに人に囲まれてたら連れてけないの。ゴメンね。
「グウウウウウウゥゥゥ!」
急に牛が唸ってこっちに突っ込んできた! 何で!?
周囲の人を蹴散らすなんてことはしていないが、人ごみを結構強引に突破してきている。
「牛が怒ってるぞ……」
「みたいですね……」
そのまま大勢の注目を浴びながら牛がかなりの速度で走ってくる。俺とユージンさんの前で急ブレーキをかけて止まった。
「ウウウウ……」
「ああ、うん……なんかゴメン、置いていこうとして」
無言の圧力を感じる。それと同時に牛を追いかけてきている人達が大勢見える。
絶対に捕まったら色々言われる。絶対になんか言われる。
「牛。俺とユージンさん乗せてあっちに走ってくれ」
「ふすんっ!」
牛は鼻を鳴らして了承してくれた。背中に乗り込むと牛は十分安全に配慮した速度で走り出した。
後方では牛様牛様言ってる人達が追いつけずに脱落していくのが見える。ちょっとホッとしてるかも。
「パルキュイ……なんでそんなに普通に牛と意思疎通が取れてるんだ……?」
「……確かに」
言われて思い出す。なんかもう普通だと思ってたけど、こいつなんで俺の言葉完璧に理解してんの?
牛に聞いてみたいけど、牛の言ってることはわからないからなぁ。牛は俺の言ってることわかってるけど。
「まぁ、通じてるんでいいのでは?」
もういいや。考えるのやめよ……多分答えが出るのはずっと先だろうし。




