三百十七日目 牛の行方
ソウルと別れたあと、二人に礼を言いに行った。
「ありがとうございました、ここまで手伝っていただいて」
「いえいえ。こちらも助けられましたし、やりたくてやった事ですから」
おっさんの言葉に青年も頷いている。
かなり長い時間手伝ってもらってしまった。普通に働いたらちょっといいお店でご飯食べられるくらいの金額になるだろう。
その後二人から食事をおごると言われたが、俺は今そもそも食べることもできないし。牛にご飯も上げなきゃ……あれ? そういえばあの牛、どこ行ったっけ?
一緒に帰ってきて、地震が起きて、救助に移って、そっから……
あ。
完全に放置してしまった……
かなり賢いとはいえ牛だ。ペットをノーリードで放し飼い、しかもあれだけの巨体ともなるとマズイ。
色々ありすぎて忘れていた。
「すみません、用事を思い出したので。これで」
牛を探しに行かなきゃならない。これは完全に俺の責任だ。
「そうですか……では、またいつか」
「ええ。では」
軽く手を振ってその場を離れた。……牛、どうなってるんだろう……普通に考えてやばいよな。
急いで牛と逸れた場所へ行く。
犬猫が逃げてしまったとか、そんなレベルじゃない大問題だ。だってあの牛普通に強いし……
誰かに捕まってしまっているかもしれないし、もしかしたら怪我をさせてしまっているかもしれない。
……俺一人の責任で負えそうになかったら、こっそり逃げちゃおうかな……逃げないけどさ……。
「あ……?」
そこに着くと、あからさまに困った表情の牛が十数名の男女に囲まれていた。
一瞬襲われているのかと思ったけど、男女に敵意が全くない。それどころか羨望の眼差しに近いものを感じる。
街中でソウルが向けられてる視線と似たものか? なんならそれ以上に熱い視線かもしれない。
異様な光景に、通りがかる人が若干引いている。なんなら俺も引いてる。
牛がこっちに気づいた。確実に目があった。
「ぐうううぅ……!」
なんだろう……何言ってるかはさっぱりわからないんだけど、言いたいことはなんとなくわかる。目が助けてって言ってる。
だが、俺はちょっと……その中に入っていく勇気がないんだけど。
その周りの人たち何なの? っていうかなんで牛が囲まれてんの?
いや、そもそもあの牛は俺の連れていた牛か? 別人……じゃない、別牛の可能性はあるんじゃないか?
……ダメだ、展開が予想外すぎてついてけない。
ちょっと近づくと牛の目のキラキラが増した。うん、お前は俺の連れてきた牛だ……別牛ではないな。
すごい、すっごく、それはとてつもなく凄く話しかけづらい。けど、牛はどう見ても困ってるし、一応俺が飼い主だし、状況の整理のためにも声をかけてみる。
「あの……その牛がどうかしましたか?」
牛を取り囲んでいる人の中で歳が近そうな、見た目一番若い人に話しかけてみた。
俺の声が聞こえた途端、急に血走った目で至近距離にまで近づいてきた。なんか狂気的な怖さを感じる。
「牛、などと雑な呼び方をしないでいただきたい……! この方は我々の救世主なのです……!」
あっ……どうしよう。なんか色々話通じなさそうな人だった……。しかもなんかのスイッチを入れてしまった。
「あ、あの」
「訂正を」
「えっと、ここで何が」
「訂正してください」
「そこの」
「訂正しなさい」
機械かよっ!
入力ミスだから訂正しろって永久に言ってくるサイトっぽい印象になる。仕方ない、発言を取り消さないとまともに喋ることもできないみたいだ。
「その、すみません。牛って言ってしまい」
「わかれば良いのです。それで? このお方にどんなご用事ですか」
どんな用事と言われても、俺がうっかり置き去りにしちゃったから普通に帰ろうとしてるだけなんだけど……。
うっかりでペットを置き去りにするなんてどうかしてると自分でも思うけどね。
正直、これがレイジュだったら忘れないと思うけど、牛はそこそこ戦えるから放置しちゃったかもしれない。リードも戦えはするけど、リードの場合は俺と離れることを断固拒否するだろうからあんまりその状態になることはないと思う。
「用事というか、なんというか……あなたはどうしてここに?」
「もちろん、私もこのお方に助けていただいたのです。慈悲深き救世主様に……!」
ああ、やっぱダメだ……この人、話通じない人だよ……。
誰かもっとわかりやすく説明してくれ……。




