三百十四日目 獣人族?
おっさんと青年を出口まで送ることにした。なんか危なそうだし。
「あの、あなたはどうしてここに?」
「最近きたばかりの者なのですが……事情があって、瘴気を調べてまして。山の方はまだ淀んでいると聞いたので、軽くでも散らしてみようかと」
なんて言ったらいいのか微妙にわからなくて、非常に当たり障りのない回答になってしまった。
逆に怪しいなこれ……だって自分のこと何にも説明してない。
「そうですか……エステレラの方々とご関係が?」
「え、あ、いや。ないですよ。少なくとも、あっちは俺のこと知らないと思います」
ちょっと動揺してしまった。だってこんな質問来るとは思ってなかったし。
……いや、突如現れて治療をしにきたエステレラを名乗る集団を追いかける形で街に入ってるんだから、想像していなかった俺が悪い。
次はもっといい言い訳を考えないと。
「えっと、その……助け、ありがとう、です」
ぼーっと歩いていたら青年が口を開いた。ちょっと発音が不思議な感じで、たどたどしい。
「いえいえ。差し支えなければお聞きしたいのですが、もしかして母語は別なんですか?」
「あ、う……はい、です。ここ、前、違う、国で……バルガ・ウ・カランダ、名前、国」
バルガ・ウ・カランダ? 初耳だけど……獣人語でバルガって『水』って意味じゃなかったっけ。
そっちの人なのかな。獣人には正直全然詳しくないからわからないけど。
しかも獣人の中でも特殊な言語のやつだ。獣人は各種族が閉鎖的で、一つの種族と仲良くなっても国家が違えば全く違う対応が必要になる。
俺が獣人の国であまり仕事ができないのもそれが理由だ。
魔人族に関してはそれぞれの種族の絶対数がそもそも少ないから種族間で協力しあうっていう下地があるんだけど、獣人族にはその考え方ないんだよね。
人族も似たようなものではあるけど。
試しにちょっと勉強した獣人族の言葉で話してみる。共通語と呼ばれる、一番多くの地域で話されている言語だ。
それ以外の言葉じゃないと話せないってなら俺はもう無理。俺自身そんなに頭良くないし。
「魔人の言葉は発音しづらいですかね? 獣人語は共通語なら多少わかりますが、そっちの方が話しやすいのならそちらで良いですよ」
ちょっと発音失敗しつつもなんとかそう伝えてみた。
彼は少し驚いた表情を見せて口を開く。
「ここで獣人族の言葉が聞けるとは思っていませんでした……! その体は変化で他種族に寄せているんですか?」
「いえ、これはちょっと別の方法で。あなたは?」
「僕は変化とは少し違う技ですが、ほとんど同じものと思ってもらって大丈夫です」
変化とは、一部の獣人が使える体を書き換えるスキルを指す。
説明が難しいんだけど、魔力次第でどんな大きさのものにもなれる。らしい。
見た目だけでなく細胞を置き換えるレベルで別のものを模倣できる特殊なスキルだ。誰でも使える訳ではなく、その人の魔力量や適性の関係で使える人はあまり多くはない。
狐とか狸の種には得意な人多いらしいけど、あくまでも若干の差でしかないそうだ。
だけど、基本的には変化を行えるのはかなり力の強い人だ。魔力が少ないと適性があっても発動しないしね。
しかも長い時間変化するのはあまりにもコストパフォーマンスが悪い。今俺がみている限り、彼はずっと変化かそれに近いスキルを使っている。相当な魔力を持っているのは間違いないだろう。
「優秀なんですね」
「そんな……そんなこと、ないですよ。優秀だったら、魔大陸に来ることはなかったです」
何か訳ありだな。ずっと変化を使って種族を隠しているあたり、何かあるのは何となくわかっていたけど。
俺も種族どころか性別すら偽って生活しているから人のこと言えないけどね。
「まぁ、詮索はしませんよ。俺もあまり突っ込まれたこと聞かれても困るので。お互い様ということで」
「……はい。配慮、ありがとうございます」
そうこうしているうちに出口に到着した。
おっさんが苦笑いをしながらこっちを見ていたことに今更ながら気がついた。
「何を言っているのか途中からさっぱり……」
「ああ、すみません。俺の知り合いと同郷だったみたいで、ちょっと特殊な話し方をしてしまいました。それでは、お気をつけて。俺はもう少し中を見ていきます」
おっさんにそう言ってもう一回入ろうと背を向けた途端、馬の足音が聞こえてきた。誰かが来たのか?
音の主は、一目でわかった。
うちのメイド部隊……!
すっごい目立つフリフリの服を着たメイド約十名がこっちに向かってきている。
確実に山に用事があるって感じだ。
今鉢合わせはまずいか……? いやでも逃げたら逃げたでとても怪しい人になってしまう。
だって街の治安維持にも一役買っている彼女たちだ。つまりは今現在は街の警察的なポジションに収まっている。と酒場で聞いた。
その相手が見えた途端に慌てれば、普通にやましいことある人になってしまう!
考えている間にメイドたちが目の前にまで来てしまった。
「何をしているんですか? いまここは封鎖されているはずですよ? 我々の指示に従ってください」
おお、街の人にはこんな感じの態度をとってるんだ、メイド達は……ちょっと怖がられるのも分かるかもしれない。
まぁ、普通に怖がられる原因になっているのはバーサーカーみたいになってるメイドが戦場で目立っちゃったからだけど……。
「すみません、そうですよね。すぐ帰ります」
とりあえず帰らないと質問攻めにでもあいそうだ。
牛に目配せをして立ち去ろうとしたら、後ろの方のメイドが待ったをかけてきた。
「ちょっといいですか? そちらの方々とあなたはどんなご関係で?」
え、ええと……昨日からこの街に居て、調査してましたって正直に言ったら、まずいかな……。俺がここにいる事はどうしたってソウル達には知られたくない。
だって自殺行為に近いことしてるんだから、そりゃあ怒られるに決まってるし。俺がいることがわかれば、ソウル達は多分俺を優先しちゃうから……。
「仕事、仲間。私、二人、山、入った。止める、来た」
青年がたどたどしくそう言った。なんて助かる一言!
「鉱夫の方ですか? 入ってしまったご友人を心配して飛び込んでしまったというお気持ちはわかりますが。危ないので、止める時も私たちに言ってください」
「はい、ありがとうございます。ではこれで……」
青年のおかげで俺は『謎の怪しいやつ』から『謎の鉱夫』にジョブチェンジできたよ! 状況良くなったかは、あんまりわかんないけど……




