三百十三日目 鉱山の状況
お金を多めに支払ったが、正直全く損した感じはしない。
これをベースに魔法を付与した装飾品を作り直すのも良い。元の出来がいいからな。
「え、えっと……本当に、良いんですか?」
「良いですよ。正直、装飾品なんて普段買わないんですけどね。デザイン性に惹かれてしまいました」
こういう直感で「いい」と思えるものって凄いよなぁ。
俺もそんなものを作ってみたいね。
「ありがとうございます。兄も、喜びます」
「いえいえ。いい仕事をしてくれた分のチップとでも思ってください。そうだ、一つお聞きしたいのですが……この辺りに広がっている瘴気について、街としての対処ってどうやっているんですか?」
街の状況、一応この子にも聞いてみるか。
「ショウキ……ああ、霧ですね。ついこの間まではほとんど対応が追いつかなくて、病気の人がたくさん出たり、魔物が襲ってきたりしたんですけど……『エステレラ』という方々が来てくださってから、ある程度収まったと思います。ただ、鉱山の方にはまだ結構残っているらしくて。山に入れず、素材が高騰してるって兄が言っていました」
「鉱山……。山にはエステレラは行っていないんですか?」
「ええ、優先順位が低いので……。どうしても怪我人や病人の方の治療が先なので」
それはそうだ。
街の特産品とはいえ、いの一番になんとかするような場所ではない。余裕ができたら対処するくらいの優先度なのは俺も賛成だ。人命がかかっているのなら尚更ね。
でも、困っている人がいるのも事実か……。
鉱山の魔物くらいなら、俺一人でなんとかできるかもしれないな。
「鉱山の方は今どんな状況です?」
「とりあえず封鎖されているだけなので、誰でも入れますよ。それで何人か怪我をしてしまったらしいです」
鉱山の仕事に生活が直結している人は、無理にでも入り込もうとしてしまっても仕方ない。
しかもここ、確か監獄が併設されてるはずだ。囚人の刑務作業も鉱山関係。普通に人手がいるからな、こういう開発って。
うーん……行ってみようかな。山。
「そうですか……ありがとうございます。それでは、失礼します」
「あ、ありがとうございました。またお越しください」
さてと、牛は置いていくか連れていくか……微妙に距離あるし連れていくことにしよう。
一時間後、山に到着。
片道三十分で着いた。本当はもっと時間かかるんだけど、相変わらず牛が速い。
「こっちが入り口かな……牛も来るか?」
牛が頷く。……今更だけど、こいつ言葉わかってるの?
中は結構しっかりした作りだ。トロッコを走らせたり、馬車に鉱石を積んだりする必要があるので通り道は意外と広々している。
牛が5頭ぐらい横に並んで走れるくらいの広さはある。
適当に道なりに進んでいると、暗がりから何かが飛んできた。
コウモリか何かか? 一応ナイフでも……
「ッ!」
腰につけているナイフに手をかけた瞬間、牛が飛んできた何かをアクロバティックに踏み潰した。
「………」
牛の右前足パンチの威力に、獲物はぐちゃぐちゃになっている。
もはやなんの動物だったかもよくわからない。
っていうか、牛があんな動きするとか思ってなかった。俺より速かったよ?
「あー……うん。ありがとう……先行こうか」
牛は血まみれの前足を地面に擦り付けて軽く血を拭っている。
お前本当に牛? そんなの気にする野生動物なかなかいないでしょ。いたとしても泥があったら潜るとか、川があったら水浴びするとか、その程度じゃないの?
なんで歩行に影響しない前足の血をナチュラルに地面で拭ってんのお前。滑るとかならわかる気がするけど、そんなビショビショでもないよ。
牛が牛じゃない説が出始めたところで、奥から何かの声が聞こえてきた。
声からして人っぽい。というか、悲鳴だ。
「牛、声のところに!」
すぐに牛の背に飛び乗ると、牛が声に向かって突っ走り始める。それほど遠く聞こえた感じはなかったけど、いまいち場所がわからない。
魔法が使えないのが不便すぎる……! 吟遊詩人のスキルでも地形の把握は多少できるのに、それもできないんだよな……。
近づいてきたのか、何かの唸り声と人の喚き声が聞こえる。
見えた! 狼の群れに二人の男性が襲われている。片方はおっさん、片方は……俺と同い年か、俺より若そうだ。
「グルルッルルルル……!」
俺と牛が突っ込んできたのを見て、狼がこっちにも唸ってきた。
「お願いします、助けてくださいっ!」
ついでに半泣きのおっさんに懇願された。
「牛、突っ込んでくれ。さっきみたいな感じで」
「ッ!」
牛が狼の群れのど真ん中に突っ込んで一匹蹴り飛ばした。
怯んだ隙に俺が牛から飛び降りて真横にいた別の狼の脳天に踵落としを入れる。あ、足がビキって言った。これこっちにもダメージくるからもうやっちゃダメだな。
牛がもう一匹踏み潰しているのを確認しつつ、ナイフを投げて狼の喉を射抜く。
ここで狼が撤退した。流石に半分近く減らされて怯えたらしい。
「ふぅ……お前も強いな、牛」
「……♪」
撫でるとちょっと嬉しそう。こいつゴツい見た目の割に可愛い。
「えっと、ありがとうございました……」
「いえ。それより、ここ今封鎖してるって聞きましたけど?」
「その……ここずっと仕事ができていなくて、金がなくなって……飢え死にするよりマシかと、山に」
やっぱりそうか。戦う力もないのに無茶をする。
「お気持ちはわかりますが、危険ですからせめて瘴気がなくなるまで入らない方がいいと思いますよ」
「はい……そうします」
かなり疲れていそうだ。生活も大変だったんだろうな。
ここの瘴気を晴らすことができれば、こんな人たちも多少は楽になるだろうか。




