三百十一日目 ライトが送還された理由って……
門に着くと門番から身分証の提示を求められた。
「これでいいでしょうか?」
用意しておいた身分証を見せると、門番の表情が変わった。
警戒されたかと思ったけど、見た感じ悪感情っぽくはなさそうだ。どちらかといえば、喜んでそう?
「ああ、救援の! ありがとうございます、お通りください。お連れの方は?」
「これだ」
ユージンさんが差し出したものは少し古びた冒険者の身分証だった。
「冒険者の方でしたか。どうぞ」
ランクまでは見えなかったけど、門番の対応からして低くはなさそう。
二人で街に入ると、人が多く出歩いていた。前来た時よりは少ないけど、思っていた以上に深刻そうな感じがない。ライトが強制送還されたとは思えない状況だ。
ライトの場合は悪魔だからもう回復しているだろうけど。でもライトが瀕死以上のダメージを受ける状況は、それこそ数年前の戦争並みの事態が予想される。
そんな中でこんな平和な街が維持できるだろうか?
「これは予想外……」
「? 着いたことだし、ここで別れるか」
「そうですね。お荷物、もう落とさないように気を付けてくださいね。それと頭のそれも」
「わかっている。では」
まぁ、小さい街だし、そのうちまた会うかもな。
ユージンさんと別れて歩くこと数分。
「こっちにお願いします!」
「もう少し氷を多く頼めませんか?」
「水を運んでください」
聞き覚えのある声がした。すぐ近くの大きな建物からだ。確か、街の避難所としても使える集会所だったか。
覗いてみると、ソウルとエルヴィン、それとメイド達が慌ただしく動き回っていた。
ただ、切羽詰まっている様子はない。たくさんあるベッドにはかなりの人が寝ているが、悲壮感もなさそうだ。
怪我を負っている人もいれば、見た感じの外傷がない人もいる。起きている人の顔は笑顔が多く、隣のベッドの人と談笑していたり、怪我を負っていると言っても重傷者は見当たらない。
「はぁ………心配させんなよ……無事なら、無事だと連絡いれろ………」
そこまで見て、一気に力が抜けた。ホッとして牛にもたれ掛かる。
よかった……みんな大丈夫そうだ。俺が緊急事態だと勝手に早とちりして飛び出して来ちゃっただけか。
うわぁ……本当ダサい、俺……。
確証のない情報で慌てふためくなんて普通に商人失格だ。
それにしても、ここはなんだ? 一時的な診療所的なやつか?
その辺歩いている人に聞くか。
「あの、すみません」
「? 何か用か?」
冒険者っぽいおじさんに声をかけてみる。声かけてからわかったけど、この人結構ハイランクだ。背に三叉槍を背負っている渋いおじさん。多分『豪腕』って二つ名の……バルクさん? だったかな。
「いえ、あの建物のこと、何か知っていたら教えていただけないかと思いまして。今日ここに着いたのですが、何やら怪我人が大勢見えたので」
「ああ、そういうことか。例の黒い霧のせいで病気になったやつと、増えた魔物の討伐で怪我を負ったやつを無償で治してくれるんだとよ。貴族様のお戯れってやつかもしれんが、正直助かってるのさ」
黒い霧……? 知らない単語が出て来たが、ここで聞くと世間知らずだと思われそうだし、下手に相手の印象に残りたくない。別に普段だったらグイグイ聞いてくけど。
「なるほど。ありがとうございます。これ、情報料です」
「これくらいの情報で金なんざ要らねえよ。じゃあな」
おお、すっと去っていった。大人の余裕を感じる。
じゃあまずは黒い霧の調査だな。多少時間はかかるがアニマルゴーレムを使って情報を集めるか。
もう時間も時間だし、早めに宿をとって牛を休ませてあげたい。牛はほぼノンストップだったからな。
牛も泊まれるくらいの大きい宿だと少々値は張るが、これくらいの出費なら問題ない。
翌朝。揃った情報をまとめてみた。
ここ周辺のみならず、魔大陸全土で異常気象が発生しているらしい。
その原因が『黒い霧』と呼ばれているもの。多分瘴気の塊だと思う。瘴気は人に害をなす有毒なガスみたいなもので、それがあるせいで様々な厄介ごとが起こる。
魔物が発生したり強くなったりするのも瘴気の影響が大きい。以前俺が瘴気に染まった池を泳いだせいで髪が染まって戻らなくなったけど、普通の人じゃそれくらいの被害では終わらない。
むしろ俺の耐久力で瘴気に一部やられているということだから、耐えられてる人はまずいないだろう。
とくに天使や精霊は瘴気に酷く弱い。下級の天使なら近付いただけで消滅する可能性もあるくらいだ。悪魔の方が若干その辺りに関しては耐性がある。
とにかくその瘴気は人が吸い込めば吸い込んだ箇所が爛れることがある。基本的には肺炎なんかを引き起こす原因になるな。
瘴気は多少であれば普通の人でもある程度は大丈夫なんだが、どこかに溜まってしまったりすると危険だから、定期的に魔法で散らしたりとかするんだけどね。瘴気が固まったものが魔物になることもあるから、魔物を倒せば必然的に瘴気の溜まり場を発散させることができる。
ただ、今はそれができていない状態だ。
魔大陸全土で瘴気が漂ってしまっているから。散らすにしてもキリがない。
そんなこんなで瘴気……というか黒い霧によって病人が多数出てしまい、瘴気によって強化された魔物が各地で暴れまわったそうだ。
そこに現れたのがソウルとライトだ。
ソウルは持ち前の回復魔法で各地の病人を治していき、ライトが魔物をボッコボコにしていくという英雄譚みたいな話が出来上がっていた。これ、酒場で盗み聞いた話だからね?
ただ、ライトは魔法使いすぎてガス欠になり、強制送還されたらしいけど。……ただの疲労かよ……
色々あってソウルは聖人扱い、ライトは英雄扱いになっているのが現状だそうだ。
黒い霧も少しずつではあるが収まりつつあるそうで。
まぁ、なんというか。
うん。
俺、マジでただ一人で空回っていろんな人に迷惑かけただけだった……!




