三十一日目 どんな関係?
どうだ、これが音楽だ。形無き芸術。
「申し訳ありませんでした。音楽がこれ程までに素晴らしいものだとは思いませんでした」
「でしょう? 音楽には年齢も時代も関係無いんです。誰の心にも響く名曲は何年も何十年も何百年も歌い、演奏され、芸術として人々の心に残る。絵画なんかよりずっと保存が難しい芸術です」
俺は音楽が大好きだ。歌うことも弾くことも観ることも。いろんな方法で楽しめる。だから音を楽しむと書くんだ。
音楽は総合芸術。数学や文学、感性までもが必要になる。だから難しいけど、その分突き詰めていくのはとても楽しい。
「あんなことを言って、すみませんでした」
「判ってくださったなら嬉しいです。自分も歌が好きですから、聴いてくださる人がいると楽しいですし」
「それで気になったのですが、何故ここで野宿を?」
「………町にはいれなくて」
別に言っても問題ないよな。
「それは一体どういう事で………?」
「自分、吟遊詩人なんです。だから入れて貰えなくて」
「そんな法律はない筈………?」
「はい、自分もそう聞きましたが、あそこまで吟遊詩人が嫌われているとは思わなくて。仲間………恋人がいるのでそっちは町のなかで休んでもらって自分はここで待ってるんです」
恋人って言っちゃった。あ。顔が熱い………。
「ふむ。此方で貴方を中へ入れましょうか?」
「いえ、大丈夫です。今更入る気にもなりませんし」
何となく、町には入りたくない。だって印象最悪だもん。
「売り場では1ウルク安く買い叩かれそうになったし、吟遊詩人だからって町に入れてもらえなかったり、散々ですよもう………」
ため息が止まらない。最初の町ってのが余計にな。俺達はどうしたって目立っちゃうし仕方がないのかもしれないけど。
「1ウルクもですか」
「ええ、まぁ。ちょーっと脅したらもらえましたけど」
【ちょーっと、ね】
何が悪い。俺はなにも悪くないぞ。
「だからって言ってしまっては失礼かもしれませんけど、自分あの町入りたくないです………」
日本ってつくづく治安良かったんだなぁって思ってしまう。
足音が聞こえた。
「ヒメノだっ」
突然立ち上がった俺に相当驚いているようだ。うん。すんません。
「あ、すみません。仲間が来たみたいです」
「お仲間ですか」
「ギルマスー………どちら様ですか?」
ヒメノが大量の物資をもって走ってきた遠くにはお嬢さん三人組も見える。どうやら運ぶのを手伝ってくれているみたいだ。ヒメノこう見えて怪力だしな………追い付けなかったんだろう。
「えっと、どんな関係だって?」
動揺しすぎて敬語を忘れているおっさん。
「恋人です!」
元気よく答えるヒメノ。うん。これは、あれだ。やっぱりか。
「自分は一応生物学上では女なんですよ。言ってませんでしたね」
「「「えええええええ⁉」」」
「…………ライトにも言ってなかったっけ?」
そういや言った覚えはないな。でもお前は男か女かって何となくわかるんじゃないのか。悪魔の癖に。
いや、考えようによっては悪魔すら騙せる俺の女子力の無さよ。
「ちょっと早すぎますよヒメさん……ってぇぇぇええええ⁉」
三人組の一人、キキちゃんが叫ぶ。今日は一体なんなんだ。
「りょ、領主様⁉」
「は? …………はっぁあああああ⁉」
事態を理解するのに数秒。そして判明した事実。このおっさん、偉かった。
そりゃそうだよな‼ 隣に従者いるし。やけに腰が低いからちょっと家柄のいい箱入り息子くらいにしか考えてなかったよ。
でもよくよく考えてみれば、音楽を本当の意味で楽しめる人ってある程度の教養と余裕がないと無理だと思う。
時間の無駄だって考える人だって勿論いる。そういう人にとっては音楽なんて雑音だろう。それを本当の意味で理解しているということは即ち色々と余裕のある人だ。
「偉い人だとは思ってたけど、領主………あ。ごめんなさい。目の前で町に入りたくないなんて言っちゃって………」
「いえいえ。それだけのことをされたなら当然です。町の警備員を見直さなければ………」
目が怖い。まぁ、それでもしあの人が警備員やめることになっても俺は知らんがな。
「それで、本日ここに参ったのは貴方に働いてもらえないかと思ったからです」
「え? ………自分に、ですか?」
「はい。あの歌が頭から離れないのです。これからも聴いていたいと率直に思うのです。給金も弾みますし、ある程度の自由もあります。いかがでしょう?」
求人だった。俺の歌にそれほどの価値はないけどな。それに俺達は日本に帰らないといけないし。
「すみません、やることがあるのでお断りさせていただきます」
「え、やらないんですか⁉ 貴族様のおうちで働くのって夢にしてる人も多いんですよ⁉」
キキちゃん、やけに詳しい。
「はい。一ヶ所に留まるようなお仕事は出来ないんです。それに故郷に帰らないといけないので」
「それは残念です………」
あ、なんかめっちゃ落ち込んでる。ヒメノはなんか嬉しそうだし。
「歌を評価していただけるのはとても嬉しいです。ですが、自分よりも上手い人は沢山いるはずですから」
領主のおっさんは帰っていった。なんか悪いことしちゃったかなぁ。
「いいんですか本当に。またとないチャンスだったのに」
「いいんです。身の丈のあわない仕事はいつか疲れてしまうだけですので。あ、そうだ。ヒメノ。頼んだもの用意できた?」
「はい。武器は本当に買わなくて良かったんですか?」
「自分で作った方が安いしランクも上がるしな。今のところは素手かトンファーでなんとかなるから」
大抵の敵は素手でなんとかなりそうなこともわかったし。
ヒメノはちゃんと頼んだ品々を買ってきてくれたようだ。
「それ、何に使うんですか? やたら大量に購入しろと言われましたけど」
「秘密。ヒメノからみればがらくたかもしれないけどな。俺からみれば宝の山~♪」
ヒメノに買ってきてもらったのは陶器の破片。要するに、ゴミ。けど、スキルが使えるなら欲しいものが作れるはず。
「レイジュの荷台も作り直したし多分全部乗る筈だけど」
今までは二輪の本当に有り合わせで作りましたぁ! って感じの物だったけど。ちょっと馬車っぽく改造してみた。
ポイントショップにも材料はあったからな。時間もあったし。
「これを一晩で作ったんですか………」
「ん? いや、ヒメノと別れてちょっとしてからライトを呼び出すまでだから……2時間くらい?」
馬車なんて本物みたことないけど。それに引いてるのは馬じゃなくてフワモコ亜竜。
「キキさん達、ありがとうございます。自分達は次の町へ行きます」
「あ、はい‼」
「気を付けて」
「こちらも助けていただいてありがとうございました」
「こっちも助かりました。ではまた」
軽くレイジュに指示を出すとレイジュが歩き出す。馬車………じゃない亜竜車は静かに町を離れていき、だんだんと町が見えなくなっていく。
「ギルマス、これ全然揺れないんですね」
「俺の手作りだぞ? 手なんか抜かないさ」
御者には二人座れるスペースを作った。ライトは荷台で転がりそうな荷物を押さえてくれている。
「なぁ、ヒメノ」
「はい?」
「俺さ、今セドリックだろ?」
「ギルマスはセドリックですよね?」
「あー、そういうことじゃなくて………」
何て言いやいいんだ。
「ほら、今のヒメノはゲームのアバター要素、髪と目くらいだろ? 俺は完全にセドリックだって話」
「そうですね」
「だからさ、その………こっちでは恋人ってことでいいんだけどさ。あれだよ、うん………リアルの方の返事は、あっちに帰ってからじゃ駄目、かな………?」
我ながら勝手だと思う。けど、今の俺はゲームのアバターにそっくりだ。だから、こういうのはゲーム越しじゃなくてちゃんと会って話したい。
いや、ここは現実だけど。そういう意味じゃなくてだな。
「………自分勝手ですね」
「すまんな。今の俺は………なんか違うと思う。どうしてもゲームの感覚が抜けてないっていうか」
「わかりますよ。僕もそう思います。だから、ちょっとくらい待ってもいいですよ。帰ったときにはちゃんと話してくださいね。逃げるの無しですから」
なんかそう言われると逃げ出したいと思ってしまうのは俺だけだろうか。




