三百九日目 ユージンさん
ギチギチの箱に詰められて船に乗せられ数時間。
そろそろ着く頃かなぁ。
俺今痛覚ないからこの状態耐えてるだけで、生身だったらキッツイよこの体制。
指一本動かせないレベルのミチミチ具合。ちなみに周りの物資は武器。火薬っぽい匂いがする。
べちょべちょの果物のケースに入れられるより良いけど。
ん? 船の錨の音がする。そろそろ出られるかな。
「つきました。降りる際の検品の直前にうまく逃げてください」
「わかった。ありがとう」
「はぁ……なんでここまでするのか、わかりかねます」
「それはごめん。俺がしたいからやってるだけだし」
なんとパル君、ここまで付いてきてくれていた。
輸送の際、俺の入っている箱を覗かせないために見張っていてくれたんだ。
船で揺られているときに俺が出てきたら大パニックだしね。今の俺いつもの体じゃないし。
……最近の俺、本来の体じゃない事多い気がする……?
「それでは、行きます。牛は森の方にうまいこと逃すので勝手に捕まえてください」
「ざっくりだな……了解。ありがとう」
俺の入っている箱が台車か何かに乗せられて動く。停止した瞬間に蓋をコンコンと指で叩かれたので、ちょっと歪んでいる底板を外してそのままそこから逃げた。
パル君の視線誘導のおかげでこっちを誰も見ていない。ダッシュで森に駆け込んだ。
森の中で少し走っているとあの牛を発見。
どうやらパル君、俺だけでなく牛すら上手いこと逃がしてくれた。彼のポテンシャル凄い。俺より才能あるんじゃないか。
とりあえず牛に乗って走る。この辺りは俺の部下も多くいるから突っ切って進むとかなり目立つ。
拓けた場所には行けないので、入り組んだ森の中を進んでいく。
このあたりの地図は大体頭に入っているのが幸いだった。これで迷わずに行ける。
と思ったら大間違いだった。
「ここ、どこ……?」
「………」
牛すら呆れて物を言えない。
完全に。それはもう、かんっぜんに迷った。この歳で迷子だ。
目の前には巨木。うっすら青い光が走っているのが見えるが、こんな木知らない。そして周りの景色も知らない。
まじでここどこ。誰か助けてくれ。
道を教えてくれ。というかこの森なんて名前なの。こんな光ってる木、見たことも聴いた事もないんだよ、新種? これ新種か?
いやこんなどデカイ木が今まで未発見というのも考え難い。相当な年月経たないとこんな木は育たない。
一瞬でデカくなる木もあるけど、こんなしっかりした幹にならないはずだ。
少なくとも俺の知らない種類の木であることは間違いないし、急激に育ったにせよ長い時間をかけて育ったにせよ、どちらにせよ俺が迷子なのは変わらない。
看板でもあれば別だけど。……こんな森の奥に看板立てて何になるんだ。
「いかん混乱してきた……」
一回深呼吸をして落ち着かせる。とりあえず俺の進む方角はわかっている。もう迷子とか気にせずそっちの方に突っ切れば良いだけだ。
「頼む。あっちに突っ切ってくれ」
牛にお願いすると、なるべく木々は避けつつも、ほぼ一直線に俺が言った方角へ突っ走ってくれる。
さすがは牛! 俺の言いたいことを何となくで察してくれてる!
……そういや名前すら付けてないわ。この件が終わったら野生に返そうかと思ってたから……
この先どうするかはこいつ自身に決めさせれば良いか。今の俺は魔法使えないからこいつの言ってることわかんないし。
「……ぁ、なんかある。止まって!」
先行させていたアニマルゴーレムから映像が送られてきた。一旦牛に止まるよう指示を出すと、牛は急ブレーキをかけてくれた。
その結果、俺が踏ん張りきれずに前方に放り出された。
正面の木の幹に頭から激突して、そのまま地面に落ちる。かなり派手な音がして視界が反転した。
痛くはないけど、めっちゃびっくりした……! 心臓止まるかと思った。
「フスン……」
牛がゆっくり近付いてきて鼻を鳴らした。どうやら謝っているらしい。
「いや、止まれって言ったの俺だし。気にするな」
牛を撫でると、俺がぶつかった衝撃からか木の上から何かが落ちてきた。シルエットからして人だ。
ドスンと鈍い音がして、一瞬地面が揺れる。音の主は尻もちをついたらしく腰を抑えて無言で痛がっていた。痛すぎる時って声出ないよね。
「あの、なんかすみません……俺のせい? ですかね」
「いや別に……っ! 自分の、せい……っ! だから……っ!」
痛みに耐えている結果、言葉を絞り出している。まだ痛そうだ。
落ちてきた人は男性で、かなり若く見える。人間だと十代半ばくらい? 魔族だとイベルみたいに年齢と見た目がまるで合わないって事はよくあるからわかんないけど。
だからこの見た目で数百歳とか言われても「そうなんだぁ」という感想だ。長命種は本当に寿命長いから。
「立てます?」
「なん……とかっ!」
俺の手を支えにして立ち上がった彼の額には二本の黒く小さな角があった。髪の毛で隠れる程度のものだけど。
……この人は鬼だ。それも、角鬼族。
吸血鬼よりは数が多いが、それでも希少種だ。鬼の中でも身体能力に長けている種類で、昔あったと言われる鬼同士の集落では大抵、角鬼族が長とされていたらしい。
高い能力を持つ代わりにデメリットの多い吸血鬼族とはあまり仲がよくないと聞いてはいたが……今の俺には関係ないかな。
「どうしてあんな所に?」
「それより、あんたは大丈夫なのか? 凄い勢いで顔面からぶつかってたが。鼻とか潰れなかったんだな?」
「ああ、この体機械なんで……」
「機械! 自動人形か!? 初めて見た……!」
角鬼の人がぐるぐると俺の周りを回りながら観察してくる。
「あっ、と先に自己紹介かな。コガ・ラ・ユージンだ。ユージンで良い」
「この体に特に名前はないので……オートマタでいいですよ」
「それは種族名みたいなもんだろ? それじゃあ味気なくないか」
「味気は求めてないんですが。お好きに呼んでいただいて構いませんよ、ユージンさん」
ユージン……コガ・ラ・ユージンか……知らないな。
有名人とかでもなければ魔大陸の人なんて把握できないけどさ。
ただ、角鬼は非常に希少だ。隠れ住んでいる可能性もある。あまり彼の情報は聞かない方がいいかもな。
「じゃあ、パルキュイだ」
「別になんでも良いですけど……なぜ?」
「牛に乗った女神の名前だよ。あんたソックリだ」
聞いたこともないっすけど。角鬼独特の信仰か? あまりにも角鬼に関する資料が少ないから全くわからない。吸血鬼の事調べてる時も思ったけど、鬼族って文献にほとんど載ってないんだよね。
「それで? ユージンさんは何故ここに? 自分はガーダへ向かう途中で迷ってここに」
「ガーダならあっちだぞ? あ、オレは街へ薬を買いに来たんだ」
ユージンさんの言葉を聞き、目的地の方向すらずれていた事にショックを受けた。
そりゃ着かんわ……




