三百八日目 自分の命を賭けることに躊躇はしない
「パル君。俺はあんまり博打しないんだけど……生きる過程で何かを賭けなければならない事になったら自分の命を賭けているんだ。いつ死ぬとも分からないから、というわけじゃなくて……昔から俺はそういう考え方なんだよ」
俺が自分の裁量で動かせるのなんてこれくらいしかない。
ソウルも知らないんだけど、この世界に来てすぐの頃は地位の確立のために自分の命を積極的に賭けて商売をしていた。
ソウルにバレたら多分怒られるけど、死ぬ気で生きる必要があったからそうした。ただそれだけだ。
「俺の価値観は、多分俺にしか分からない。自分が死んでもいいとかは別に思わないけど、死んだところで大した問題ではない。俺がいなくても大丈夫な組織形態を作っているからね」
「本当に、利益優先なんですね」
「利益というか……俺は元々は力のないただの子どもだ。偶然ちょっと強くなったからと言っても出来ることの差はそんなにない。君やソウルみたいに人を見る目も無いし、キリカやエルヴィンみたいな統率力もない。誰かの力を借りないと作れない組織だったし、俺一人がいないくらいで崩れるほど脆くは作ってないつもりだよ」
俺の負担が大きくなるような業務形態にはしたけど、俺がいなくなった時に完全に止まってしまっても困る。
俺がいなくても誰かがすぐに代役を立てることができる体制を普段から整えていた。
「昔……10年くらい前かな? 結構本気で死にかけたことがあってさ。その時から『人って簡単に死ぬんだ』って思っててね。まぁ俺は死ななかったけど……ガラリと考え方が変わったんだ」
「それで死んでしまったら、元も子もないのでは?」
「うん。そうだね。ただ俺は自分のやりたいことは出来る時にやっておこうって思うんだ」
パル君の目を見る。俺から話すことはもうない。
あとは彼がどう判断するかだ。
「………はぁ………とんでもない人を主人に立ててしまったものですね」
「いやぁ、それほどでも」
「別に褒めてないですよ」
パル君はジト目で俺を数秒間睨んだ後に拘束を解いてくれた。
粘り勝ちって思ってもいいかな? 多分彼は報告するだろうけど、さっさと俺がこの街を出てしまえば問題はない。
「このまま捕まえていても、体を破壊して外に出てしまいそうですし」
「よくわかっているじゃないかパル君。本当の意味で俺を捕まえられるのはソウルくらいだぞ」
ソウルは純粋な魔法使いだ。魔法に関しては俺より上手い。というより、ジャンルが違う。
俺は強化や目くらましの魔法が実は最も得意だ。バフ・デバフ関係のものだな。でかい魔法を使うこともできるけど、どちらかというと簡単な魔法を連射した方が楽。
その点ソウルは範囲殲滅に長けている。単純な魔法戦なら俺が負ける可能性がある。ただ俺の場合魔法云々より防御が圧倒的に高いから多分ソウルの方が削りきれずに魔力減ってジリ貧になると思うけど。
まぁソウルの場合は治癒系統の魔法が一番得意なんだけどね。魔法に関しては俺たち揃って攻撃タイプじゃない。けど普通に魔法使いとしても十分に戦える強さはある。
ただ、相手の拘束となると俺は下手だ。加減ミスるから。
その点ソウルは完璧だから拘束ならお手の物だ。俺でも苦戦する拘束魔法使えるからな……本気でソウルに拘束魔法使われたら丸一日はその場から動けなくなる事だろう。
「はいはい。一応、二時間後に魔大陸行きの便がありますが、乗りますか?」
「え? いいのか? 普通審査とか面倒な工程あるだろ」
「ありますが、今は機械の体なのでしょう? それならば貨物に紛れてしまえばいい。こちらから魔大陸に物資の輸送があるので、それに追加する形で含めましょう。ついでに牛も送ってもいいですよ」
それは、すごく魅力的な提案だ。
ここから魔大陸に行くためには船に乗る必要がある。だが、その船には簡単に潜り込めないと思っていた。正攻法で船に乗るのならどれだけ頑張っても二日、長くて一週間かかる。しかも身分証明とかがしっかり揃っててそれだ。
ほとんど不審者の俺が船に乗るにはかなり大掛かりな手続きがかかる。だから最悪体を分解してどっかの荷に紛れるしかないかなと思っていたんだが。
「でも、俺が行くこと反対なんじゃ?」
「もちろん反対です。ただ、一応部下ですし……上司の意図は汲んで差し上げないと」
パル君が思いの外味方になってくれた。しかも牛まで一緒に送ってくれるという。
牛はこっちに預けてまた向こうで移動手段探そうと思ってたし、色々と計算外だが嬉しい誤算だ。
「恩に着るよ、パル君! 今度なんか礼する!」
「……いえ、助けられたのはこちらなので礼は不要です。ただ、悪いと思っているのなら、その『死んでもいい』という生き方を改めてください。考えなしに行動されては、部下がその尻拭いをしなければならないのですから」
「……善処するよ」
それからメンテナンスをして、俺が頼んだある程度の物資もパル君が用意してくれた。本当に至れり尽くせりだ。
そして二時間後、パル君によって荷物と共にギチギチに箱に押し込められ、船に搬入された。
……もうちょっと余裕のある大きさの箱はなかったんだろうか……




