三百三日目 雑談するつもりは無かった
子どもたちから少し離れた場所、牛の近くで片腕を外して油をさす。
まだフル稼動はそこまで長い時間やってないんだけど、摩耗しているところは結構あるな……。
持ってきた部品にはまだ余裕があるからいいけど、最悪足りなくなったら作るしかないか。やっぱりどうしても金がかかるな、この体。
本格運用にはコストが嵩む。問題点が多いから人型ゴーレム量産は見送るべきだなぁ……。
腕のメンテナンスの次は足だ。二足歩行をするための滑らかな動きを補助するパーツが多いから時間がかかりそうだ。
地面に布を敷いて座り、足を外して作業する。
カチャカチャいじっていると後ろから息を飲む音が聞こえた。
「えっ?」
もう食べ終わったの? 子どものうちの一人がこっちに近付いて来ていた。気弱そうな女の子だ。
がっつり足外してるところ見られた。けど、隠すことでもあるまい。食事中に見たい光景ではないだろうから席を外しただけだし。
誤魔化す必要もないが……ちょっとショッキングな光景かもしれない。実際お椀持って固まってるし。
「あ、あの……これ、あなたの分」
「ああ、お気遣いなく。貴方たちとは違い、食べなくとも問題はないです」
「じゃあ何で食べ物を持ってたんですか」
「たまたまです。少なくとも自分用ではない」
俺が子どもに譲ってるんだろうと思ってるんだろう。まぁその通りといえばその通りだが、どうせ食事など不要な体だ。渡されたところで食べられない。
女の子は戸惑いつつ、足をチラチラ見ている。気になってしょうがないって感じだな。
「怖いのなら、ここから離れていた方がいいですよ。特に今の君たちには」
もしかしたら自分もこうなるかもと思ってしまうだろう。森の中は危険な場所だ。手足を切り落とすほどの大怪我を負うことも、野生動物に食い殺されることもある。
今彼らはいつそうなってもおかしくない環境にいるんだ。
「……見ててもいいですか?」
「別に……いいですけど」
これには、結構驚いた。
そう言われるとは思ってなかったし。
女の子は隣に座って接続部分や関節周りをまじまじと確認している。
……所々作りが甘いからあんまり観察しないで欲しいんだが……。
「これ、あなたが自分で?」
「まぁ、試作品です。正直問題点が多いので実用的ではないですね」
「これが? すごいです。相当お金持ちなんですね」
なんでお金持ちっていう発想に至るんだ?
「ああ、ごめんなさい。この辺とか部分的にミスリル使ってるから、試作品でこんな使い方できる人ならお金持ちなんだろうな、って勝手に思っちゃいました」
目がいいなこの子。この薄暗い中でミスリルが使われてるって判断するってなかなか難しい。そもそも関節周りの一部分にしか使ってないから気づけない人も多いだろうに。
「詳しいですね」
「父が鍛治師なので、自然と」
そういうことか。鉱石やこういった人工物を見るのには長けているんだろう。
感心しつつメンテナンスを続行していると、
「それ、やってみたいんですが。いいですか?」
まさかのやってみたい宣言。目がキラキラしてる。
別にいいんだけど、内部構造とか見られたらちょっと困る。多少国家機密レベルの技術が入ってたりするから、あんまり他人に見せられない。
が、油くらいなら良いかな……
「じゃあ、足の指の付け根にこれを」
「はい」
結構繊細な手つきで関節部の滑りを良くする油を塗っていってくれる。細かい作業が得意みたいだ。
「器用ですね」
「作ることに関しては武器とかよりアクセサリーの方が得意なんです。力加減が苦手で……」
喋りながらも手つきが素晴らしい。俺がやるより早く終わったかもしれない。
「ありがとうございます。これでもう少し動ける」
「あの、触ってわかったんですけど……かなり劣化していますよ。パーツを交換した方がいいと思います」
「それはそうなんですが。この体を使う予定がなかったので予備のパーツはあまり持っていないんです。作るにしてもコストと時間がかかりすぎる」
たとえ多少壊れても騙し騙し使っていくしかない。
もう既に昼間、牛を止めた時に一部分は壊れてしまった。しかも予備のパーツがないところ。折れかけたネジを強引に溶接して繋ぎ無理にはめ込んでいる。
軋む音がするが、これはもうどうしようもない。
自壊する可能性が高いとはいえ、唯一の移動手段だ。この体を強化している時間もお金もないのだから、とにかく進めるうちに限界まで行くだけだ。
「あの、なんで旅を?」
「……今は遠くにいる家族に、会いに行きたいんです。それで、家を飛び出して碌に準備もしないで旅立ってしまった」
別に、後悔とかはない。あそこまでしてくれたスフィアさんに申し訳ない気持ちは、ちょっとだけあるけど。
俺の本体がどうなっているかは、さっぱりわからない。完全に感覚が切れてしまうからだ。
実は本体死んでたりして……。流石にそれはないかな。
「そう、ですか。家族……ですか」
そう言った女の子は少し寂しそうな顔をしていた。




