三百一日目 牛?
馬を売る店に馬がいなかった。
その代わりに、一頭の牛がいた。
「……なんで、こいつだけ?」
「つい最近大型の馬車ごと馬を十数頭購入したお客様がいまして」
「そうですか……」
なんてタイミング。どうしよ。
アニマルゴーレムに馬はいるんだけど、俺の本体の方にしまってあるから持ってくることはできない。
かと言って、牛は……というか……こいつただの牛じゃない。
目が三つあって、やたらと発達したツノが二本まっすぐ伸びている。真っ黒な毛並みの下にはしっかりと筋肉がついているのがわかる。
なんというか……闘牛? みたいな荒々しさが伝わってくる。
相当頑丈そうな檻に入れられているが、ほんのすこし檻が曲がってる。多分こいつの突進に耐えきれずに壊れ始めているんだろう。
牛はこっちを見てめちゃくちゃ唸ってる。威嚇がすごい。
「で、なんで一頭だけここにいるんです?」
「いやぁ、気性が荒すぎて売れ残っちゃって。ただ、危なすぎて野生に返したら人を襲いかねないし、かと言って飼える人も見つからないですし」
「………」
じゃあなんでこんな所にいるんだという疑問は湧くが、ここはあえて突っ込まないでおこう。
正直売りつけられでもすれば厄介だ。乗って進むより乗るための訓練に時間かかりそうだし。そもそもこいつ人を乗せないと思う。
「それで、お客さんどうします? こいつを引き取ってくれるのなら1ウルクでいいですよ」
「いや、俺急ぐために馬が欲しいんで……ちょっと牛は」
「多分足は速いですよ!」
「操れるとは思えないんですが……訓練してないですよね?」
「まぁ、そうですね」
あっさりと認めたぞこの人……売る気あるんだろうか。だが、馬がいないというのならこの店に用はない。
金があればどっかの貴族から金にものを言わせて買い取るとか色々方法はあるんだけど、2ウルクなくなれば一文無しだ。
そこそこの大金とはいえ、大陸を超える際に船を使わなきゃならないから、そこで500イルクは消費すると思って良い。つまりここで使えるのはどれだけ頑張っても1ウルクと500イルクまでだ。
貴族から買い取るのなら三ウルクは欲しい。普通に馬を買うのなら500イルクで十分すぎるほどではあるけど、ここにはいない。そもそも貴族が持ってる馬はそれ専用の高級馬だったりするから値段も張る。
馬を持っている平民からは更に買いづらい。彼らが馬を持っているのは必要だから持っているわけで、そこそこの値では手放そうとは思わない。貴族みたいに何頭もいるわけでもないしね。
「訓練なしで、しかもこの気性の荒さだと……」
「そうですか……」
そりゃそうだろ。
残念そうにしている店主だが、俺も金がない。こんなデカイの飼う余裕はない。しかも多分馬よりは足遅いし。
仕方ない、次の街までオーバーヒート覚悟で走るしかなさそうだ。俺、魔大陸にたどり着けるんだろうか?
歩き始めた瞬間、真横から凄まじい轟音が響いて何かが吹っ飛んできた。
「!?」
咄嗟に飛んできたものを掴んだら、太い鉄の棒だった。
先端が鋭く尖っていて、大きく曲がっている。
まさかと思って横を見たら、牛が檻を完全に破壊していた。こっちをロックオンしているのは見ないでもわかった。
飛んできた鉄の棒は折れて吹き飛んだ檻の一部らしい。こんな太いものを頭突きでへし折るなんて相当だぞ。
というか、なんで壊せる檻に入れてんの!? こいつ絶対やばいじゃん!
「檻、破壊されてますけど……?」
「これウチで一番頑丈な檻だったんで、大丈夫かなと思ってたんですけどね」
「案外冷静ですね」
おっと危ないな、こいつ。突進してきた牛の角を掴んで踏ん張る。店主は巻き込まれると死にそうなので壁際まで退避してもらった。
踏ん張っている足の下のタイルが板チョコみたいにバキバキ折れていくが、ちょっと弁償は無理です。檻代をケチった店主が悪い。自腹で直してくれ。
危ないとか言いつつも、こいつそんなに強くはない。強さ的にはレイジュと大差ないかレイジュよりちょい強いくらいか。
一般人ならどうにもできないだろうけど、王宮騎士レベルなら対処できるんじゃね? ってくらい。
今の俺の体は機械故に結構無茶がきく。だが、瞬間的なパワーはあっても持続力がない。数分この状態ならバッテリー切れだ。関節に結構熱籠ってるし、そのうち壊れても全然おかしくない。
「ごめんよっ」
軽く角を握りしめてグイッと捻る。捻られた牛の体が真横になって地面に転がった。
単純に横に倒しただけだが、こんだけガッチリした筋肉の牛だと起き上がるには少々時間がかかるだろう。
案の定牛は床でジタバタと足掻いている。俺が角を持ったままだから動けないというのもあると思うけど。
「すみません、こいつ拘束する紐とかないですか? このまま放置だとまた突っ込んできそうなんで」
「そんなもんないですよ……」
「じゃあどうするんです? 俺このまま帰って良いんですか?」
手を離したら大暴れするよ多分。
そもそもこいつ普通の店じゃ扱っちゃいけない類のやつでしょ。
「お客さん、もう500イルクでいいんで、そいつ買ってくれません?」
「いや、だから調教してる時間もないんですって」
「でもお客さんしか売れる人いない……」
「じゃあなんで取り扱ってんだよ、身の丈に合わない商売は身を滅ぼすぞ……」
「面目無い……」
まぁでも正直、これ放っておいて死人でも出たら寝覚めが悪い。さっさと魔大陸に行きたいんだけど、道中人に迷惑は極力かけたくないし……というかこれ俺のせいでもないんだけどね。
誰が悪いかといえば店主が悪い。二ウルクでも全然お買い得な牛さんが80パーセントオフだ。普通の馬と同じ値段で強い牛さんがゲット出来るのなら、まぁ……マイナスではない。
今回に限っては速さを重視したいから、牛はプラスでもないんだけど。
「しょうがない……こいつ買います。権利書ください」
「ありがとうございます!」
このまま押し問答してても時間がすぎるだけだ。ゆっくりだとしても、さっさと進んだ方がいい。
片手で角を掴んだままサインをし、金を払って鞍をつけて早々に街を出た。練習しようとして暴れたらマジで大事になる。
買われてからのこいつは意外と大人しかった。引っ張ったら付いてくる。
「さて、あんまり期待はしてないが……とにかく時間がない。乗せてくれ」
牛の背に飛び乗る。驚いた牛が明後日の方向に走っていこうとしたので、角を掴んで無理に軌道修正させた。
乱暴だけど、視線を向けた方に走ってくれるだろうし、これが一番楽だ。ちゃんと教える時間がない。
徐々に牛もわかってきたみたいで、街道沿いに走ってくれるようになった。こいつ結構頭いいのかも。
それと、嬉しい誤算があった。
「お前、めっちゃ速いじゃん!」
そこそこの馬と同じか、それ以上の速度が出ている。俺が走った方が断然速いのは当たり前だが、この速度で一時間ほど全くペースが落ちていないことを見れば、十分すぎるほどだ。
思っていた以上にタフで早かった。
だが、このペースでもまだ時間はかなりかかる。しかも夜になれば真っ暗になるから、どうしたって休憩する必要がある。今の俺とは違って牛が疲れ知らずってこともないだろうし。
太陽の位置からして、あと三時間ほどで日没だ。出来る限り進んでから今日は一旦野宿かな。




