三十日目 名作ミュージカルは異世界でも通用する
やっぱり毎日体は洗わないとね。
「ライト、見張りありがとう」
「いえ、誰も接近してこなかったので」
「そっか。それはよかった」
でもエコだよな。全部MPだけで済んじゃうんだもん。電気とか要らんな。
電気で思い出したけど、俺の部屋どうなってるんだろうか。唯一のルームキーは俺が持ったまま死んだし。貯金とかどうなってるんだろう。
ま、いいや。そのうち戻る予定だし。
「ライト。俺もう寝るわ。夜の番は頼んだぞ」
「御意」
ちょっと多目にMPを渡してからテントに入って寝袋に潜り込んだ。ああ、ぬくぬく。腰とかも痛くなるかなって思ったけどそうでもなさそうだ。
おやすみなさい………
「ん、ぅう………」
朝日で起こされるなんて何年ぶりだろう。俺の部屋基本シャッター閉まってるからこの感じは久しぶりだ。
寝袋をカプセルにしまって軽くストレッチ。この体は優秀なようで、あんなに動いたのは初めてなのに筋肉痛とかもない。
しかも凄い柔軟性だぞ。どんどん曲がる………あ、これ以上は開きようがない。
完全に開脚出来るようになるなんて幼稚園以来だ…………軽く感動。
立ち上がって床に手をつけてみる。お? あ、これ以上は背が足りんな。凄い、ここまでくにゃんって曲がってるのに全く痛くねぇ。どうなってんだ俺の筋肉。
テントから出るともう雨は止んでいて、ライトがお湯を沸かしていた。火の番もしてくれていたようでまだたきびの火も残っている。
「ライト、おはよ。見張りありがとな」
「主。ゆっくりお休みになれましたでしょうか」
「ああ。お陰さまで。なぁ、ひとつ聞いていいか」
「なんなりと」
「それ、なに?」
屋根だけのテントの一角に、積み上がっている。
「昨晩襲いかかってきましたので」
「ああ、そう………」
狼の群れだよなぁ、これ。流石ライト。しかもレイジュに食べさせる用に脳天をほんの少し穴開けて殺している。なんかのスナイパーかお前は。
ライトの得意な魔法は雷や電気系統のもの。だからライトなんだけど。それでピシュッとやったみたいだ。
ライトには静電気並の電力でも人を殺せる威力をもつ攻撃が打てる。正直、リリスの次に敵対したくない相手だよ。
無理だとは思うけど、と一匹魔石を壊してみたが無駄だった。
使い魔でも駄目か。やっぱり俺がやらないといけないみたいだ。
「なぁ、ライト。前々から思ってたんだけどなんでお前、俺の使い魔になってくれてんの? メリットあんまり無いんじゃ?」
正直なんで俺に着いてきてくれてるのか判らん。分かりやすく契約してくれるやつもいるが、ライトは最初から不明だ。
だって喚んだら来たんだもん。ランダム召喚ってのがあって、それで偶々来てくれたのがライトだった。
ランダムっていっても本当にこっちとあっちの意思を無視されるって訳じゃなくて、あっちがこっちに出向いてくれると同意した場合のみそれが成される。
お遊びでやった俺も俺だけど、それに答えてくれたライトもライトだ。普通、ランダム召喚は失敗するものだし。
「主に、勝てないと感じたからです」
「へ?」
俺の返しが意外だったのか少しだけライトが笑って、
「主はお強い。私は自画自賛になりますがそれなりに力の強い悪魔として低級悪魔を取り仕切っておりました。ですので、一度強い相手と戦ってみたいと思っていたのです」
「それでヒットしたのが俺だったと?」
「はい。最初はどんな面か拝んでやろう位のつもりだったのですが」
おぉう、割りと口が悪い。俺も人のこと言えたもんじゃないけど。
「対峙したとき、敗けを覚悟しました。どんな方法を使っても勝てないと悟ったのです」
「そんな状況だったか、あの時………?」
確かその場の勢いで酒場ん中で呼び出した気がする………
「ええ、まぁ。油断しきっているように見えましたが。どう襲っても勝てるビジョンが浮かびませんでした」
それでよく契約しようと思ったなぁ………。
話しているうちに昨日ヒメノに送ってもらったパンが焼き直せたので食べる。うん。これ乾パンじゃないよね?
俺乾パン好きだからいいけど、嫌いな人からしてみれば相当堅いと思う。俺は硬いの好きだけど。
もしゃもしゃと乾パンを頬張っていると誰かが歩いてくる気配がした。首にかけていたゴーグルをはめて確認してみると、男が二人こっちに向かってきているのがわかる。
そのうちの一人は昨日俺の歌を聴いてくれたおっさんだ。
「ライト」
「気付いております。いかがなさいますか?」
「とりあえず様子見で。仕掛けられるまでは手を出すなよ」
「御意」
こう言っておかないとライトは勝手に動いちゃうところがあるからな………
よし、乾パンも食べ終わったしお茶でも飲むか。
紅茶はヒメノがポットも一式送ってくれた。お湯も作れるしな。
「ライト、紅茶飲む?」
「宜しいので?」
「いいよ、どうせ俺の分いれるし」
「では、お願いします」
「りょーかい」
ライトは嗜好品だから別にいいとかいいながら食べることが好きだったりする。ティータイムに必ず参加するくらいには好きだ。
紅茶をいれながらゴーグルの光点を何度か確認する。片方の色は黄色、片方は緑。黄色は中立、緑は友好。赤が敵対。今のところ大丈夫だな。
少し俺の方には砂糖をいれる。別になくてもいいけどやっぱり甘い方が俺は好きだ。
「ライト。はい」
「ありがとうございます」
二人で紅茶を飲む。レイジュはまだグッスリだ。
「あの」
「はい? あ、昨日の」
気付いてたけど気付いていない振りをした。
「貴方がうちの主人を誑かした男ですか」
「誑かした?」
「音楽などという下賤なものを聞かせたのは貴方ですか」
「下賤…………」
音楽が、下賤?
この人、アホか? 音楽ってのは古来から貴族の嗜みの定番に君臨する程の由緒正しき芸術だぞ?
「まぁまぁ。お願いします。こいつにも一度、歌ってやってくださいませんか? こんな風に聞く耳を持たないのです」
「正直、自分はそこまで上手くはないです。が、ここまで音楽を虚仮にされて黙っていられるほど適当にやっているわけではないです」
久し振りに、本気で苛ついた。多分今の俺の笑顔は酷く引き攣っているだろう。
すぅ、と腹式呼吸をして歌い上げるはミュージカルのレ・ミゼラブルの挿入歌、『On My O○n』日本語の歌詞の方だけど。
これ、昔部活でやったんだよね。ティンパニだけど。
愛してると何度も最後に悲しげに。
呟くように言ってこの曲は終わっていく。この歌を歌う人はこれを歌い終わった後、撃たれて亡くなるんだけど、哀しくも必死に好きな人に振り向いてもらおうと奮闘する彼女は格好いいと思う。
このレ・ミゼラブルはフランス革命の時の話だからどうも戦いの歌みたいなのも多いんだけど、今の時代に生きる俺達でも共感できるような場面は沢山あって。
だから、これを選んだ。何十年も昔から歌い継がれてきた、悲しくも美しい曲を。
「「…………」」
え?
もしかして、外した? 俺としては割りと頑張って歌ったんだけど。
その瞬間、目の前の二人もそうだけど、ライトまで一斉に涙を流し始めた。いや、ライト。お前はなんで泣く。
「なんと切ない歌でしょうか………」
「なんでお前が泣いてるんだ」
悪魔でも共感できるのかレ・ミゼラブル。スゲェ。
「ふぅ、それで? これのどこが下賤なのでしょうか? 私の力量はまだまだ底辺ですのでなんとも言えませんが、音楽の力を舐められては悔しいんですよ。こちらもね」
男性はなにも言えなかった。
勝ったぜ‼




