二百九十九日目 途中までは作った
銀雪が出て行ってから数分後、収納から一枚の紙を取り出した。
かなり前に実験的に作ったけど、安全性に難があったから一先ず作るのを保留にしていた魔法の一つ。
その発動に必要な魔法陣が描かれている。
大きく深呼吸して床に寝転んでから魔法陣を起動させる。鳩尾あたりに強い衝撃を感じてから数秒後、目の前の景色は変わっていた。
「……うまく、いったと言えるか?」
目の前にいた銀雪に聞いてみる。
「……中途半端だな」
「だってこれ試作品だし……」
手を握ったり開いたりすると、若干ぎこちなくはあるが確り反応する。
この魔法は意識のない人に乗り移るという悪魔の手法の一つを改良した【人じゃないもの】に意識を移すことができるというものだ。
簡単にいえば機械や人形の中に入って自由に動かせるSFチックな魔法。
ただこれ結構問題があって。
まず重量の関係で、あんまり大きな人形を作っても自重で動かない。意識を移してる間は本体は完全に無防備になる上に、もし殺されたとしても起きることはできない。移ってる時に死んだらどうなるのかってのは気になるけど、やって確かめたいとかは到底思えないから謎のままだ。
しかも最初にめっちゃ痛い。痛みに慣れている俺ですらかなり痛い。
これ常人ならショック死するかもね。
しかもこれに乗り移ってる時はスキルや魔法が一切使えない。使ってる体が全くの別物だからって理由なのはなんとなくわかるけど。
そんなわけで制作途中で放置されていたこの人形。金属むき出しの手足と妙にリアルに作った顔や胴体が明らかにミスマッチだ。
二足歩行である程度動けるゴーレムというのは意外と作るのが難しい。バランスを取るっていう作業が常に要求されるからコストがかかる。だから俺が作るアニマルゴーレムは四足歩行の動物が多い。
四足だとバランス取りやすいからね。
そんなわけで作るのも大変で、途中まで作ったまま飽きちゃったゴーレムが今俺が使っているこれだ。
ゴーレムは基本的に自律だからラジコンみたいに一々指示出さなくとも勝手に動いてくれる物なんだけど、この本体にはその機能つけてないから本当にただの人形だ。
もしこれが量産できたら警備員役これで代用できるじゃん! ってなんとなく思って作り始めたんだけど、二足歩行がかなり難しくて滅茶苦茶熱が籠ってすぐオーバーヒートしたり、警備をこれにするかもってボソッと言ったら仕事に誇りを持っているメイドたちに大反対されたり、本当に色々あったから凄く微妙な完成度のままの人形だけが残った。
それが今役に立っているのが不思議だ。
「体、重い……」
一歩一歩がうまくいかない。
体の全てのパーツが重いから動かすのも一苦労だ。何をするにもワンテンポ遅れそう。
こう考えると人の体ってすごいなって思うよ。
とりあえず関節部分に油をさして、可能な限り滑らかな動きになるよう調節する。
ある程度終わったら、軽く走ったりして調子を確かめる。十数分も動いたところで手首あたりにある測定器を見ると、計器の測定結果ではかなり熱が籠っていた。
肉体的な疲労を感じないから、調子に乗って動きすぎると負荷が大きくなって壊れてしまう。
定期的に休憩して放熱をする必要がある。あと、燃料も心もとない。
魔力と、氷みたいな冷たさを持つ特殊な鉱石で動かしているんだけど、魔力はともかく鉱石が足りない。
魔力で動かしつつ、その鉱石で出力を調節して冷却する構造だ。鉱石は使えば使うほどすり減ってしまう。
鉱石がなくなればこの体は十数秒で壊れてしまうだろう。
だが、ないものねだりをしても無駄だ。とにかくなんとかする方法は後でいい。
この体のクセも何となくわかったし、後は俺の本体が持つかどうかにかかっている。
実はここは公国から随分離れた場所にある拠点の地下だ。意識を移す魔法は距離が離れてても発動するので使えた方法だ。
銀雪に頼んでこの体の電源をつけてもらって、そこに俺が滑り込んだ形になる。
この体、電源つけないと動くこともできないんだよね。逆にいえば電源が弱点とも言える。
「手足があまりにもな……顔も良く見れば人じゃないってわかるし」
所詮試作品だ。しかも途中で作るのやめてるし、完璧とは程遠い。
当時の俺は顔と、ある程度胴体作ったところで満足してしまったらしい。
もっとちゃんと作っときゃ良かったなんて、今更考えたところで遅いし。
とりあえず近くにあった手頃な服を着て可能な限り肌を出す面積を小さくする。
その辺にあった手袋とブーツを履いて、マフラーで首もとを隠し、長袖に、長くゆったりしたスラックス。少し深めに帽子を被って眼鏡をかけた。
面白そうな骨董品とか収集しておいて良かった! 服装の統一感とかゼロだけど、金属むき出しで街中歩くよりずっといい。
「よし、とりあえずこれで行くぞ」
「……そうか……」
銀雪が微妙な顔をしていたが、気にしないでおこう。この格好がちょっとダサめだとか、考えたくない。




