二百九十八日目 そういえば忘れてた
閉じ込められてから30分。万策尽きた……
そもそも体力が戻りつつあるとはいえ、まだそんなに戦えるほどの体力はない。
魔法戦ならそこそこ戦えるだろうけど、消費が激しいから血のストックがないと長期戦は無理だ。
もしここを抜け出せたとして、スフィアさんに見つからずに魔大陸に行くなんて不可能だ。
スフィアさんの得意分野は攻撃魔法だが、探知系の魔法も普通の術師の領域を超えている。俺が敵うのは防御系の魔法くらいだ。
隠密に全力を注げばバレずに魔大陸まで行けるかもしれないが、ここから出るために色々頑張ったらそっちに割く余力はなくなる。
隠れるより正面から受けるのを選択する戦闘スタイルだから、隠密はそもそもあんまり得意じゃない。
【私を使って全力で壁を殴り続けたら多分出られるわよ】
「いや、そんなんしたらバレるどころか、俺も限界だよ」
確かに、古代の魔法といえどリリスの破壊力には勝てないだろう。
リリスには武器を破壊する特殊な能力がある。相手の武器の寿命を縮める薬品ならあるけど、リリスの能力とはまた別種のものだ。
薬品の方は掛けてから数時間くらいゆっくりかけて内部から腐食させるものだが、リリスの場合は新品だろうが防御系の魔法を掛けていようが数発殴れば内側から砕けてしまう。
だからリリス本体のメンテナンスは常に行わないと、こっちの武器もすぐダメになってしまう。加工のしやすさと長持ちする事で人気の高い神鋼であっても、数日に一回は手入れをしないと壊れてしまうんだ。
逆にいえば、それだけ周囲をぶっ壊す力があるという事だ。
破壊に特化しているリリスの能力を使えば、確かにこの部屋は壊せるかもしれないが。
リリスの場合、俺自身の消費も激しい。ただでさえ思い金属の塊を全力で振り続ける必要がある。
正直、武器としては扱いにくい部類に入る。というか、そもそもトンファーって武器じゃなくて防具だけどね。
俺が扱いやすい形状ってなると、盾とか籠手とかの防具寄りの装備になるから……唯一普通の武器で扱いやすいのが軽くて小回りのきく刀くらいだ。
他の武器も扱えはするけど、あまり得意ではない。特に長物は。槍とかね。
変な事考えてたら少し落ち着いてきた。起きてすぐの頃の混乱はかなり霧散したと言っていい。
「かと言って、ここに留まってるってのは精神衛生上全く良くない」
【貴方って猪突猛進だものね】
「俺だって考える時は考えるっての」
戦闘に関しては突っ込んでいくスタイルだけど。
植物を片端から腐らせていけば出口見えてこないかな……いや、それも無理か。俺の魔力が尽きる方が早い。
【じゃあ、手伝ってもらえばいいんじゃないの】
手伝ってもらうって、誰に?
【一応は召喚士でしょ。貴方】
召喚……
「あああ! その手があった!」
そうだ! ライトが送還されたのなら数日は呼び出せないはずだけど、あれから何日も経っているなら再召喚は可能なはずだ。でも、ライトは純粋な戦闘能力は高いけどこの空間を抜け出せる力はないと思う。
呼び出したところで事態は良くならないかも。
【そっちもそうだけど……忘れてない? 貴方、隠密特化型の悪魔と仮契約してたでしょ」
隠密特化型の悪魔? ………
「あああ! 銀雪!」
【同じリアクションをどうも。あの悪魔ならこの場所も抜けられるんじゃないの?】
確かに、できる可能性は高い。本気を出せば俺でも発見は困難になるほどの影の薄さを持っている悪魔だ。
単純な戦闘力に特化したライトとは違い、戦闘力はあまり高くはないものの隠れることに関しては俺を凌ぐ。
しかも壁をすり抜けられる特性があるから、大抵の障害物は障害にならない。
「それじゃあ早速」
悪魔を召喚する際には色々と準備が必要だ。だが、名前を知っている悪魔ならその準備をすっ飛ばして呼び出すことができる。
手の甲を噛んで血を出して供物の代わりにする。本来なら少し血が足りないが、あんまり血を出すと貧血が更に加速するから、足りない分は魔力を使って少々強引に銀雪を引き寄せる。
何かを掴んだ感触があり、それをそのまま引っ張った。
目の前に霧っぽいモヤモヤが現れる。通常形態でこれだから、そもそもこいつの姿とか知らん。
「……久方振りだ。まさか忘れていたわけではなかろうな」
「うん。ごめん。完全に忘れてた」
「………」
正直に謝ると不服そうな声が聞こえた。
表情どころか顔がどこにあるかすら全く分からないので会話のトーンで感情を聞き分けるしかない。
「それより、ここはどこだ? あまりにも遠い場所から呼ばれたもので、来るのが大変だったぞ」
「あー……確かに、日本からは相当離れてるのかもしれないな」
友里さん達元気かな……そういえばコタロウも呼んであげないと、拗ねちゃうな。
「詳しい話は全部落ち着いてからだ。銀雪、ここから出ることは可能か?」
「この空間からか? できると思うぞ」
「そうか。それなら、一つ頼まれてくれ。報酬の支払いは後で」
銀雪は俺の話を聞いて怪訝そうな声をあげた。
「それでいけるのか? かなり無茶に思えるが」
「これでいい。頼む」
「……まぁ、我々は主人には逆らえん。おとなしく従おう」
ふっと空気に溶け込むようにして姿が消えた。さすがは隠密特化の悪魔。去り際が鮮やかだ。
銀雪って誰? となった方。百六十五日目あたりを読み返してみてください。可哀想な悪魔が銀雪です。




