二十九日目 雨
【中々いいじゃない。その後はどんな歌詞なの?】
「メロディはほぼ変わらずに歌詞だけが変わってくんだ」
途中で口笛が入ってくるのもいいよな。なんかしんみりするっていうか、なんていうか。
折角だから最後まで歌った。
【なんか憐れな歌ね】
「おい、それは言っちゃ駄目だ」
確かになんか可哀想だけど。
レイジュの毛繕いを見ながらただひたすらにボーッとする。暇だ。暇だぁぁぁあ!
マジでやることがない!
「あの」
「え?」
リリスをなんにもないけど無駄に点検してたら突然声をかけられた。おっさんだった。
「さっきの歌、もう一回歌ってもらっても?」
「へ? ………聞こえてました?」
「ええ。素晴らしい歌ですね」
はっず! めっちゃ恥ずかしい⁉ そんなにでかい声出した覚えはないぞ⁉ 本当にただ口ずさんだくらいの物だぞ⁉
まぁでも歌ってといわれて歌わないのも声楽家の名が廃る(声楽やってるだけだから正確には声楽家とは言わないけど)
羞恥に顔が熱くなるが、リクエストを受けたからには歌わなければ。
無駄な使命感を燃やして歌った。伴奏があればもっと良いのに今ここに楽器はない。ギターとか持ってこられても弾けんけど。
「ど、どうでしょう………ってぇえ⁉」
泣いとる! 泣いとるぞ⁉
「こ、こんなに素晴らしいものを私一人で聴いてしまってすみません………」
「そんなに上手くないと思うんですけど………」
俺なんかより上手い人はたくさんいる。俺はな、予選通過しても本選落ちする人なんだよ。所詮そのレベルなんだよ。
「これはほんの気持ちです。受け取ってください」
「金貨⁉ いや、受け取れませんよこんなの⁉」
一万だよ一万⁉ 俺の歌の価値なんて石貨でも多すぎるくらいだ。要するに聴く価値なんてないから。
「いえ、こんなものを聴いてなにもしないのは………」
「良いですって。そう言ってくれるだけで嬉しいですから」
一円の価値すらない俺の歌を絶賛してくれるなんて歌い手冥利に尽きる。現に今俺凄い照れてるし。
なんとか金貨を押し返した。あんなもの持ってこられて、あ。ありがとうございます~♪ なんて言えるほど自分の歌に自信はない。ある筈がない。
「そろそろ暗くなってきたな………」
レイジュに集めてもらった枯れ枝にルーンを放って火をつける。焚き火なんて初めてだ。
小学校と中学校の野外学習のキャンプファイアは別として。だってあれ焚き火って言う? 言わんでしょ。
火をつけたらまた別のルーンを幾つか書き、発動。
一瞬発動した場所の辺りがスパークし、空間に亀裂ができる。そこから出てきたのは黒髪を綺麗にセットしたTHE執事って感じの若い男。
「お呼びでしょうか、我が主」
「畏まりすぎだって」
こいつはライト。悪魔の中でも最上級と呼ばれる悪魔帝の一人。
なんで俺の使い魔してくれてるのか未だに謎なやつだ。あのインキュバスは何となくわかるけど。
俺は事の顛末を全て説明し、夜の見張りを頼んだら快くOKしてくれた。
「主」
「ん?」
「縮まれましたか」
「お前まで言うか。まぁ、縮んでるけど………」
チビの部類に入ってしまった。顔が男っぽくなったから余計に。元々女からしてみれば平均なんだけど男からしたらチビだよ今の俺。
あからさまに落ち込むと、
「い、いえ。その、よくお似合いですよ」
「チビがお似合いってどう言うこと」
「…………」
「……………」
「………………」
「…………………グスッ」
ちょっと泣きそう。ライトでもお世辞を言えないくらいのことなんだろう。
ライトもしまったって顔してるけど、もういいよ。余計悲しくなるからなにも言わんといてや…………。その困惑した赤い目こっちに向けないでくれ………。
「ええよもう……なんも言わんでええわ………」
【突然訛ったわね】
「俺の住んでるところ微妙に訛るんだよ………」
標準語覚えるの苦労したんだぞ。
「その、主。申し訳ございません」
「謝られると余計悲しくなるから止めて………」
俺だって好きでチビやってるんじゃないやい。誰だよ女の子は155センチが一番可愛いとか言ったやつ! 女ッ気がない俺はチビでいじられる方がよっぽど多いわ!
160いってないって割りとキツいんやぞ。
「もうこの話題止めよ………?」
「はい」
慰めてくれるのはいいけどそれは自分がチビだって認めてることに他ならないから嫌なの。
「夕食はどうなされますか?」
「夕飯? 多分ヒメノが送ってくれる」
「私が取りに参りましょうか?」
「あー、多分プレゼント系の機能は生きてたから大丈夫だと思う」
小枝がパキンと爆ぜた。新しい枝を放り込みながらヒメノが夕食を送ってくれるのを待つ。
こういうときレイジュってほんと最高。モッコモコのフッワフワだから暖かい。でかいからベッド代わりにもなるし。
「クルルルル」
「あ、腹へったよな。そこにあるやつ食べて良いぞ」
台車には肉だけ残して持ってきた。流石に食べ物は売らない方がいいし。
気付いたら周囲は真っ暗になっていて、ものすごい遠くにキャンプをしている人が数人見える。
何気なく空を見上げた瞬間、言葉を失った。
めちゃめちゃ曇ってる! 雨降りそう。やばい、屋根あるテント出さないとレイジュが濡れる。
直ぐ様ショップで屋根だけのテントを購入。一番でかいやつだったのにレイジュがギリギリ入る大きさだった。
雨が降り始めた。よかった、間に合った。
え、満天の星空が見えたから言葉を失ったと思ったって? うん。真っ暗だね。しかも雷までなってるよ。大丈夫かここ。
ライトがいる限り問題ないと思うけど。
「あ、きた」
ヒメノから届いた物を贈り物ボックス経由で受けとる。箱を開けてみるとホカホカの弁当が入っていた。フォークと飲み物もついている。
「いただきまーす」
…………うん。可もなく不可もなく、みたいな。
不味くはないんだけど、とりわけ美味しいって訳でもない。なんでやろ?
「あ、薄いのか」
味が薄いんだ。調味料がないのかもしれない。
微妙。その一言だ。まぁ、元々微妙って言葉はめっちゃいい感じって意味あいなんだから誉め言葉ともとれなくもないかも。いや、ないか。
「ライトも食べる?」
「いえ、食べなくとも生きていられますので」
「え? じゃあ栄養補給ってどうやってんの?」
まさか光合成? なわけないか。
「主食はMP……魔力でございます。食べ物は嗜好品の扱いですね」
「へぇ」
俺たちとは逆なのか。俺達は食事でMPを回復するもんな。時間たてば回復はするけど腹は減るし。
「ごちそうさまでした」
味は物足りないけどボリュームはあったな。レイジュは………
「ちょ、レイジュ⁉ どんだけ食ってんの⁉ もう全然ないじゃん⁉」
「クルルル?」
いや、クルルル? じゃなくて。あんだけあった肉がもう既にない。どうするんよ。食費が馬鹿にならんぞそれ。
「レイジュ。食べていいって言ったけど、これ明日のぶんとかも含まれてるんだぞ? お前明日からどうすんの?」
「ブルルルル」
「明日また獲ればいいと申しております」
「いや、実際そうなんだけど‼」
もういいや………あ、俺ちょっと汗臭いかも。
最低でも体拭きたい。お風呂にははいれなくても体洗いてぇ………。
「ん、いや。出来るかも」
ルーンを駆使すればいけるかも。あ、でも周りから丸見えだな。
んー………覆っちゃえばいいかな。よし、力業だけど。雨降ってるから下が水びたしでもばれないだろうし。
「ライト。俺ちょっと体洗いたいから人が来ないように見張っててくれるか?」
「はい。お背中お流ししましょうか?」
「いや、大丈夫だ。じゃあ頼むな」
地のルーンを使って丸い筒を周囲に作る。上からは丸見えだけど上から覗くやつなんていないだろうし、覗いても見られるもんないし。
樹のルーンを使ってすのこをつくり、火と水のルーンを組み合わせて温水のシャワーを作る。
いやぁ、魔法得意でよかったわぁ。
石鹸はお取り寄せしたけどシャンプーはないだろうな、って思ってたら。あった。シャンプーとリンス。
何故にこれがあって食べ物がない。と思ったけど、そういや美容師の職レベルアップでこれ使ったなと思いだした。
あのゲーム職業多すぎるんだよ。美容師とかいらんやろ。
まぁ、今はそれに助けられてる訳ですけどね。
「あー、気持ちよかった………」
温風で全身を乾かした。タオルって高いから魔法で全部済ませちゃえって思ったんだよな。
服はMPさえ流せば汚れが落ちる素敵仕様。これめっちゃ便利。洗濯要らずなんて最高やん。
この性能知らん人が見たらまたあの人同じ服着てるよってことになりそうだけど…………。




