二百八十五日目 ありえない可能性
なんで俺の契約の話になるの?
「契約って、そんな話するほど会話してないですよね?」
「ええ、今のあなたはそうでしょうね。でも契約は契約。天使として果たさせてもらうわ」
幻霧が何を言いたいのか、さっぱりわからん。
ここにくるまでにレクスとそんな約束してたのか?
でも、そうだとしたら余計にわからない。普通、契約の話は本人じゃないとできない。
ゲームの頃のシステムがこっちにしっかり反映されているのなら、という前提が必要ではあるけど、多分これまでの経験上はそのシステムの影響下にあるのは間違いないと思う。
ゲームでは仕様上、他人に契約をさせるということは不可能だった。
特に天使は高額な供物を要求することもよくあるから、他のプレイヤーに無理に契約させて代償を支払わせるという嫌がらせが可能になってしまうから。
たかだかゲーム内でのアイテム消費だろ、と軽く考えている人もいたが、天使含め契約獣関連の召喚代償は結構重い。
ゲーム配信直後は物量戦で押し切って戦おうとした召喚士もいたみたいだけど、あまりの高コストに諦めたと聞く。
俺の場合召喚士の適性が低く、最大四枠までしか契約ができないが、アカウント作成の時に運が良いと百近くの契約枠を持つことができる人もいる。
召喚士として遊ぶなら四十枠くらいはあった方がいいとされている。
俺の適性が如何に低いかが窺える数字だ。ちなみに大体平均は二十五枠だ。
話が逸れたが、大量の枠を持っていたら別ではあるけど俺みたいに異常に枠が少ない人も稀にいる。
その場合勝手に契約されてしまえば元々契約していた契約獣との契約が強制解除になることもあるし、お金を貯めていないプレイヤーは財布が圧迫される。
召喚士って特に重課金者多めの職業だから、そこに配慮したのかもね。
そういうわけで、契約の話は本人抜きではできない筈だ。
……この世界がどうかは、詳しくは知らないけどね。こっちではできる可能性もある。経験上、多分できないだろうとは思うけど。
「契約、って一体……?」
「詳しくは話せない。それも契約の一部なの。……少し腹立たしいけれど」
「ぇえ……?」
さっきから幻霧が俺の方見て嫌な顔をするのって俺の魔力云々じゃなくて『契約』とやらの理由なの?
全然覚えがないんだが……いや、もしかして忘れてるだけ?
やばい有り得る。この世界に来て初期の頃とかに約束してたりしたら俺忘れてる可能性大きいぞ。
だとしたらどんな内容の契約をしたんだ俺は。なんか危険な代償とか必要なんだろうか。
約束してるってことはその時必要だと思ってしたんだと思うけど……。ダメだ思い出せん。
「手を出して」
「え、ああ……はい」
俺の手の上に幻霧が手をかざすと、ふわりと何かが入ってきた。え、この一瞬で仮契約したの?
今の感覚は、契約を終えた時と凄く似ている。訳のわからない状況にポカンとしていると、幻霧が何かを軽く投げてきた。
ストンと手の上に落とされたのは拳くらいの大きさの半透明な丸い石。中央が仄かに青白く光り、内部が液体に満たされているかの如く小さな空気の粒が光りを反射しつつ不規則に揺らめいている。
ひんやりと冷たく、結構ずっしりとした重みがあった。
「それが必要で呼び出したんでしょう? この時のために準備しておいたからこんなに早く渡せたけれど、普通なら作るのに二週間はかかるものなのよ。いつかの自分に感謝することね」
命の雫、思ったよりサラッと手に入ったのはとても嬉しい。だがそれ以上に幻霧の言葉が気になって仕方がない。
「いつかの自分って」
「言わない。さっきもそう言った筈」
俺、いつ命の雫を欲しがったんだ!?
ここ最近以外で欲しいと思ったことなかったと思うけど、いつの間に契約してたの!?
今回のことを見越して頼んでいたりしたら凄いな過去の俺。絶対未来見えてるでしょ。
「……訳はさっぱりだが、とりあえずありがとうございます。これで薬が作れる」
「契約は契約。払うべきものはもらってるし、礼は必要ないわ」
スッと幻霧が去っていった。多分レクスの所に行ったんだと思う。
若干呆然としつつ手の中の物を弄る。
鑑定の結果も『命の雫』で間違いない。なんだかよくわからんけど、とりあえず手に入ったことは良かった。
問題は、幻霧が何を考えているのかマジでわからないこと。もう対価は支払ってあるみたいな反応だったけど、とんでもない供物を求めてくる可能性もない訳じゃない。
魂よこせとか言われるんじゃないだろうか。ゲームではありがちだった気がする。
ちなみにゲームで魂持ってかれると装備品の一部を紛失するというデスペナルティに加え『一週間ログインできなくなる』という、廃人には殺してくれた方がマシと思えるペナルティがつく。
「この世界で魂持ってかれたらどうなるんだろ……」
ちょっと気になるが試したいとは全く思わない。
だが一先ずは目標が達成できた。ちょっと安心していると、エルヴィンが来た。
「カーバンクルは問題なさそうだ。それより、命の雫は手に入ったみたいだな。どうやって交渉した?」
「え、うん……わからん」
「わからん?」
ことの次第を説明。まぁ説明できるほど俺も理解できてないけど。
「そうか、いつの間にか契約していたと……」
「そんな話聞いたことないんだけど、エルヴィンはそんな事例とか聞いたことある?」
「いや、ないな」
エルヴィンでも知らないとなると、いよいよ俺がボケてた説が有力なのかな。
一旦リビングに戻ろうと歩き始めつつ軽く溜息をつくと、神妙な顔をしたエルヴィンが呼び止めてきた。
「……ない、とは言ったが。ブランにとっては有り得ない事を『そうであった』と仮定するなら、今回の件に沿う条件ならある」
「もっと噛み砕いて教えてくれ」
「一部の召喚獣では血縁者同士で契約を交換、譲渡できる場合があると聞く。有名なのはハーグレイズの竜だな」
ハーグレイズというのは北方にある小さな集落で、特殊な生活様式であることが有名だ。
中でも一番有名なのは歴代の長が従えるドラゴン。あまり強い種ではないとは聞くけど、血族で召喚獣を受け継いでいるというのは非常に珍しい。
普通召喚獣は召喚士から離れたら、もう二度と人とは暮らさないことを選ぶことが多い。人好きなら別だけど。
「でもあれは契約を一回解除して、それから新しい長が結び直してるんじゃないの?」
「あまり公にはなっていないが、先先代の長が契約を交わした時は齢二歳だったそうだ。そんな言葉も殆ど話せない幼児が契約の儀を行えると思うか?」
「……無理だと思う」
エルヴィンの話が本当なら、本人の意思なく契約を譲渡できることになる。
俺にこの状況が当てはまるのだとすれば、
「俺の血縁者が幻霧と契約していて、それを俺が今一時的に引き継いだ……ってことになるか?」
「それなら辻褄はあう」
……いや、それはない。俺の血縁者は魔法の存在しない日本にしかいない。しかもただの人間だ。
「結局、わからないままだな……調べても出てこないだろうし」
不思議なこともあるもんだと、今はとりあえず納得しておくしかなさそうだ。




