二百八十四日目 理不尽に嫌われる
幻霧は俺を疑り深い視線で眺め、深くため息をついた。
「……なんですか?」
「いいえ。ただ、気に食わないと思っただけ」
理不尽だ。俺本当に何にもしてないからな?
以前ピネやライトも言っていたが、魔力で体ができている彼らには『相手がどんな魔力の質をしているか』というのがとても大切な判断材料なんだそうだ。
相手が信用に足る人物か否か、それを決定付ける最たる要因。彼らにとっての第一印象そのものだという。
つまり俺の第一印象は幻霧にとっては最悪ってことが問題なんだよね。
【生意気ね、この羽虫。私に任せてくれれば今すぐにでも追い返してあげるわよ?】
まず間違いなく色々と問題が発生するから却下。
あと天使のことは嫌いでも羽虫って呼ぶのはやめなさい。見た目だけでいえば俺とそう変わらないだろ。
「なぜブラックを嫌うのか、お聞きしても?」
居た堪れない空気感を察してか、ゼインが幻霧にそう訊く。
「どうして、と言われても。なんとなくとしか答えられないわね。なんだか不快なの」
初対面の相手にここまで言われて悲しくならない人っています? 泣いていいですか?
「……あー、ブランは悪魔寄りの魔力質だからな。天使には耐えられないかもしれないな」
エルヴィンがフォローしてくれてるけど、実はなんの解決にもならないっていう……
どうすればこの天使の信用を得られるんでしょうか。誰か教えてくれ。俺結構苦手なんだよ。
幻霧に断られたら、いよいよ俺の体を治す方法が遠ざかる。やっと見つけた手がかりに「なんとなく不快だから」って理由で手が届かないのは悲しすぎる。
ただ、下手に俺が喋ったらまた嫌な顔されそうで……
【カーバンクル、起きたわよ】
リリスの言葉で漸く気付いた。遠く、カリカリと扉を引っ掻く音が聞こえる。多分あっちは俺の部屋だ。
ご飯あげないと。あと包帯も替えて、軽くマッサージしなきゃ。
「ちょっと失礼。カーバンクルの包帯替えてくる」
「起きたのか? 手伝おう」
「ああ、頼む。俺嫌われてるし、あんまり触るとストレスになりそうだから」
エルヴィンも来てくれるそうなので二人で向かう。
……つもりだったんだけど。後ろからなぜか幻霧が付いてくる。
めっちゃ監視されてる。
ぴったり後ろついてきてる。その後ろからゼイン達が付いてきているのを見ると、なぜか幻霧が勝手に動き出したというのが正しいんだろう。
「えっと、なんですか?」
「いいえ、何も?」
「そうですか……」
何もと言われてしまえばこっちもこれ以上追求ができない。
このままでいいかぁ……。正直俺もエルヴィンが包帯巻くとこ見てるだけになりそうだし。
そのまま俺の部屋に入ると、昨日より幾分か元気になったカーバンクルが部屋の端に走っていった。
もう走れるくらいまでは回復できたんだ。立ち上がることすらままならなかったのと比べればかなりの回復速度だ。
「俺、この子のご飯作ってくるよ。薬に浸けておいた包帯ならそっちの抽斗に入ってるから、取り替えてあげて。古いやつは捨ててくれればいい」
「かなりまだ薬は残っているみたいだが、使い回しできないのか?」
「できるけど、効果はやっぱり落ちるし、あんまり衛生的にもよろしくないしね。捨てちゃっていいよ」
ちなみに今使っている包帯は一本15イルク。日本円で一万五千円だ。それを軽々使い捨てにしてるってなれば、確かに勿体無く感じるよね。
カーバンクルの包帯は任せて、俺はご飯の準備をする。
牛乳でふやかしたパンに蜂蜜を塗って軽く焼く。
カーバンクルの子どもなら、多分これは食べるだろう。ゲーム内ではよく作ってたし。
火傷しないよう冷ましてから粉ミルクを振りかけて持っていく。手際のいいエルヴィンはもう包帯を替えてくれたみたいだ。
「さぁ、ご飯だよ」
「………」
……俺がいると食べないんだよな。
カーバンクルがチラチラと忙しなくこっちを確認してくる。
しかも幻霧ともたまに目が合うから微妙に気まずいんだが。
「あー、俺、部屋でてくわ……」
カーバンクルがご飯を食べないというのが一番良くないから、俺は庭に出た。ここまで離れればカーバンクルもご飯を食べてくれるでしょう。
無駄に広い庭を散策していたら、幻霧が一人でやってきた。
「どうしてカーバンクルを助けた?」
「どうしてって……拾った命は拾った方が責任持つもんだと思ってるからですね。俺が拾ってきたわけじゃないけど、本格的な保護を宣言したのは俺ですから」
幻霧は一度ちらっと家の方を確認して、こっちを見た。
「そう。……まぁ、いいわ。契約成立ね」
「なんの契約……?」
幻霧がふわりと笑う。
「もちろん、あなたとの約束よ」
「……え? 俺?」
レクスとの契約じゃなくて、俺との契約? なぜなのか全然わからないんだが……?




