二百八十一日目 成功させなければならない
大変なことを子どもに押し付けるのは気が引けるが、今回の件に俺が関わると寧ろ失敗する可能性が高い。
高位天使の『幻霧』が過激な性格とは聞かないが、穏やかだという情報も特にない。
そもそも悪魔と違って天使って契約してる人少ないんだよな……天使はプライド高いから。
人に仕えるなんてありえない、と考えてる天使も多いらしい。
その中でも珍しく人に手を貸してくれる可能性がある天使は、召喚師の中で情報共有されやすいから名前だけは広がってるって事は多いんだけど。
「幻霧と契約した人って話聞かないから、情報もあんまない……」
昔契約してた人がいたらしい、という曖昧すぎる情報しかない。
ただ呼びかけには答えてくれるとは聞くから、即座に襲いかかってくる脳筋タイプではないと思いたいけど。
たまにいるんだよね、相性が合わないと感じた瞬間に召喚主に襲いかかってくるやつが。
それじゃないだけまだマシか? 安心はできないけど。
「それでは、いってくるぞ! 吉報を待っていてくれ!」
「……いってらっしゃい……」
意気揚々とスベンさんを引き連れて町の外へ出ていった。スベンさんは途中までしか行けないから、レクス一人になってしまうのは変わらない。
昨日ゼインからレクスが行くって話聞いてから胃が痛いんです。誰か薬持ってきて。
……心配だ。
ーーーーーーーー《レクスサイド》
今回、ブラックの旅について来たのはこの為だと言っても過言ではない。と思う。
本当は父上も公国に来る事は反対だった。もちろんスベン達近衛騎士も猛反対だった。
ブラックは信用できるが、それとこれとは別だと何度も言われた。国を出てしばらく外で暮らすなど、褒められたものではないと。危険すぎると何度も何度も。
だが、母上が言ってくださった。
ブラックがいるのなら、どこより安全だと。それに「何かがあるかもしれない」と。
母上は危険を察知することに長けている。いや、長けていると言うよりも感覚が鋭くなったというべきだろうか。
弟達が生まれる前に襲撃を受けてから、その感覚がなんとなくわかるようになったらしい。その時はブラックに助けられたが、ブラックは母上と父上を守った結果足を無くした。
今は全く別の足がついているとかで、無いことは殆どわからない。
父上はそのことをずっと気にしている。ブラックは「気にするな」と言うが、それは無理だと思う。気にしないで生きていけるほど薄情では無い。
そう考えながら歩いていると森の入り口に着いた。ここから先は召喚の関係上、一人でしか行けない。
「スベン。ここから先は一人で行く。ここで待っていろ」
「……無礼を承知で言わせていただきます。お戻りください。あの者の為に、そこまでする必要はありません」
スベンは道中何度も言ってきた。止める理由もわかっているから、簡単に意見を無視することもできないが……
「これはブラックのためだが、他にも理由はある。天使と契約をすることができるのなら、我が国の未来にも繋がろう。何より、父上の恩人で余の婚約者だ。捨て置くことなどできない」
「しかし」
「わかっている。だが、何度言われようと考えは曲げない」
スベンを置いて森へ入った。地面はふかふかとした苔に覆われていて、少し歩きにくい。
それにしてもブラックは本当にただの平民としか見られていない。
というかスベンもそうだが、ブラックは結構……嫌われている。
特に貴族からは。もし何か怪しい動きをしたらすぐにブラックを追い出そうという動きもある。
ブラックに面と向かって「薄汚い平民」とか「身の程をわきまえろ」とか言っている姿もよく見る。
そんな時ブラックはあまり言い返さず少し歪な笑みを見せる。その表情に大抵の人なら何か恐ろしいものを感じて自分から去っていく。
その笑みはわざとでは無いらしい。以前ブラックに聞いてみたら「あの顔をしている人達には、いい思い出がない」と言っていた。
何かの苦い記憶があるのだろう。ブラックが自分から言いだすまで、詳しくは聞かないことにしている。
「……ここ、か」
少しひらけた場所に大きな木が生えている。木の幹は半透明で、陽の光をキラキラと反射している。氷魔法で作ったと言われても違和感はないだろう。
枝には葉は無く、冬の間の『春に向けて準備している木』に見えた。
触れてみると、少しひんやりしている。木の根も巨大で、何度か躓きそうになった。
「えっと、確か……これと、これだったか」
透明な木の根元でブラックの用意したメモ書きを見つつ供物を地面に並べていく。本当なら魔法陣を描く工程も必要になるところだが、ブラックが予め書いておいてくれた。
これで、できるはずだ。
習った通りの手順で天使を呼び出す。高位の天使の召喚には成功したことがない。うまくいくだろうか。
いや、なんとしてでも成功させなければならない。
「成功、しなければならない」
辺りがじんわりと寒くなってきて、霧がかかり始めた。




