二百七十八日目 頼んだ
キリカに連絡を取ってから数分後、魔族領に送る人の候補リストが早速届いた。
人の能力を見極めることに関してはキリカより優れている人を俺は知らない。
誰が何に適しているのか、苦手な分野の場合は誰と誰を引き合わせればカバーできるか。その判断は彼女の異常なまでに正確な『人を見る目』が備わっているからこそできるもので、俺には到底無理だ。
俺が把握できるのは精々十数人だ。キリカはひょっとするとエステレラ家内部の者であるのなら全員のデータを揃えているレベルだ。
俺も把握できてないけど、かなり末端まで加えれば数百……もしかしたら千は超えてるかもしれない人数が所属しているはずだ。その人たちの能力を完璧に把握し、常に更新している情報量は半端なものではない。
だから人事系のことは全部キリカに丸投げすることが多い。俺が選ぶより確実に良い人選するしね。
「この人選を数分で終わらせるとか、処理能力半端ないよな……絶対ウチより求められてる所もあるだろうに」
多分キリカは色々とあったせいで選択肢を自分から放棄してしまっている。どうせ俺への罪滅ぼしとか言うんだろうけど。
【まぁ、あのメイドは一応やるべきことをやっているわね。無理にでも貴方を連れて行かなきゃ殺されてたでしょうし】
あの時も俺、呪われてたしな。
術者が解除する気なかったからあのままだったら死んでたのは間違いない。それもあってキリカはうちのメイド長を続けているわけだし。
理由もなしに敵に寝返ってたら、俺が許してもソウル達がキリカを追い出しちゃうからな。
いや……ライトが居る時点で追い出す程度で済むかは、わからんけど。
【あの悪魔、かなり凶暴よね。隠してはいるけれど】
うん。結構やばい部類に入る。
実力もある上に、残虐性が強く出てる悪魔だからな……。丁寧な口調に騙されてはいけない。多分裏切ったりすることはないと思うけど、殺し合いを本気で楽しんじゃうタイプだ。
あー……リリスの方がその辺はヤバイか。
【あら、人間の尺度で私を図ろうとしても無駄よ?】
だろうね。リリスは色々な意味で規格外だし。
『ブランさん、聞こえますか?』
ん? ソウルから通信か?
「おお、聞こえてるよ」
『事の詳細は聞きましたけど、行くのは僕で良いんですか?』
「正直、ソウルとライトを送るのはこっちが手薄になるから避けたかったのは確かだが、向こうの状況はかなり危険かもしれない。瘴気も至る所で発生しているし、何より人以外の生物がかなり凶暴化しているらしい。いくつかの村もなくなったりしているし、それによって都に人が集まりすぎている。治療に関してはソウルは俺より上手いし、ライトなら護衛も任せられる」
魔獣の凶暴化や異常な進化は魔族領だけでなく、人族領でも確認されている。
しかも魔族領の方が魔力が濃いせいか、ベテランの冒険者が何十人と集まってなんとか倒せるくらいの強い魔獣が出現することも珍しくはない。
砂漠や荒野などの極端に水が少ない地域や火山灰が年中降り注ぐ地域など過酷な環境も多いから、人が逃げることができる場所も少ない。
その結果逃げられる場所に人が集中してしまう。今回の件が流行病に相当するものなのか、それとも水質汚染とかなのかはまだわからないが、人は分散させた方が安全だろう。
もし病気の類ではないとしても、免疫が下がれば他の病気に罹りやすくなってしまう。
『僕は大丈夫ですけど、ブランさんは……』
「俺のことは一旦置いておこう。今日明日で死ぬってものでもないだろうし、魔族領の方が余程深刻だ。エルヴィンもキリカもピネもいるし、ひとまず大丈夫だろう。何かあったらスフィアさんも頼れるし」
『絶対、頼ってくださいよ。何かあったら、じゃないです。何か起こりそうだったら、ですよ』
「わかったよ」
ソウルは納得していないみたいだけど、魔族領側がどれほど大変なことになっているかがわからない以上、そっちの調査を優先すべきだ。
ソウルも納得はしていないだけで、理解はできているしね。
「頼んだ。準備が整い次第、すぐに向かってくれると助かる。回復薬はこっちの拠点からは……カーバンクルに使う薬染の包帯以外はありったけ持っていけ。それ以降、追加の分は転送の魔法で送る」
『わかりました。無理はしないでくださいね』
「無理したらお前に怒られるから、するつもりもないさ」




